八話 『敵に回せば厄介で、味方になっても変わらない』 -7
性転換注意。ホモオーク注意報継続。
【『聖女が仲間になったなら』 -738-α 】
「ですわ。貴女もそう思いませんこと? マリーさん」
「えっと……」
「ミザリーちゃんね、気に入らないんですわ、ロゼンジさんのこと」
「名前も、キャロット……キャット! 同じパーティで名前が被った上っ、同じ魔法職っ! ロリ顔巨乳の私に対抗するあの胸囲! あの牛乳女! 根暗な黒魔術師の癖に、このパーティ入ってから生意気にもファンが付いたんです! とてもじゃないです許せません! 」
二年前のある時……ミザリーは、私を校舎裏に呼び出した。事の発端は、自分の人気が僅かでも侵されるのは嫌だという馬鹿みたいな話。
「あんなダサくてもっさい黒マントの根暗魔女に、数人とは言え私のファンが取られたのは私の沽券に関わる大問題! 名家の出である貴女なら、私のこの気持ち……痛いほど解って頂けますでしょう? 」
全く、全然……これっぽっちも解らない。私は唯々狼狽えて、目を白黒させていた。
「私達、友達ですわよね? 」
「あの……」
ミザリーに、がっしりと握られた私の手。ファンに向けてのファッション用に、猫魔獣と同化した普段の姿……それでもそのツメは人外の物。私の手の甲に容易く食い込み、傷付ける。
「だーかーら! ミザリーちゃんはぁ、さっさとあの女の弱点教えろって言ってんです! 」
「ロットちゃんは……弱点なんか、ありません」
言い切る私の目を睨む、肉食獣の女の目。だけど負けずに私も睨み返した。
「あったとしても、それを克服しようとするでしょう。忘れたんですか? 」
ミザリーは、召喚した者と同化し様々な能力を得る。それは万能に等しいが、個々の弱点は存在する。詠唱時の妨害や、切り替えのタイミングが僅かでも遅れれば、格下にだって倒される。現に彼女は、ロットちゃんに助けられたことがある。
「それが許せないって言ってるの! このミザリー様を、あんな女が助けるなんてっ! 私を助けて良いのは、格好良くて優しくてイケメンで身分もあって大金持ちで年収何億って美青年と美少年だけ! 」
「ロットちゃんは、パーティのために自分の好きな魔法を捨てた! このパーティで自分の力をどう生かすか、それを考えてます! 前衛も後衛もどちらもこなせるように、大好きだった火力より……バランスを選んだ! 」
「うるさい! 私の火力に恐れをなして、違う所で目立とうとした●ッチよあんな奴っ! 」
「怖かったのは、貴女でしょうミザリー!? 彼女がこのままレベルを上げて、貴女より強火力の魔法を使えるようになる気がしてっ! 」
仲間のために覚えた魔法、高等魔法の習得期間の短さと彼女の独学。同室の私は彼女の苦労を知っている。
「パーティのために、自分の得意分野、好きな物を捨てる!? そんな人間どうして信じられるって!? 安心して背中預けられる? 私には出来ないっ! 」
「なるほどなるほど……よぉく解ったよ、ミザリー」
私とミザリーの口論に、割って入った少年。その当時の二つ名は……【死戦神】のマリス。パーティ解散の発端、陰で全てを操り幾つもの騒動を引きを越したのはこの男!
「あっ♥ マリス様ぁん! 」
当時からマリスに気があったミザリーは、全てを見られていたというのに、彼の前では途端に甘える声を出す。
「【黒の聖女】、つまりお前が弱点。そういうことか。君の情報、調べさせて貰ったよ。偉大な君の兄君は、許されないことをしてしまったんだったね? 」
「!? 」
それは、簡単に調べて出てくる話ではない。表には出ないよう、隠蔽された事だもの。
「しかし彼には、大事な役目があって動けない。……よって、修道院に預けられていた妾腹の娘。つまりは君だ……マリーちゃん? 」
「えええ!? マリス様ぁ! この女、貴族じゃなくて……まさか!? 」
私の身分を知り、慌てて手を引くミザリー。彼女に直接答えを教えないまま、マリスは私の姿を曝いて行く。あの頃からもう、影使いでもあったのだろう。身動き一つ出来ない私に、ジリジリ彼は近付いて……
「次期国王の贖罪のため、跡継ぎとして意味の無い君が身代わりとなり、勇者となって世界の平和を守る義務を科せられた。要するに、捨て駒って訳だ」
私に世界が救えるなんて、誰も期待していない。生きて果たしたら……褒めてはくれるかも。だけど、私が死んでも構わない。私の命で王家は、最低限の役目を果たしたことになる。
「有望なパーティに拾って貰えた。アリュエット、ミザリー……彼女たちは強いよね? 近い内、必ず有名な勇者になる。ここに居られれば、君は君の使命を果たせる。そうなれば……君は本当の家族として、王家に迎えられるかもしれない。一番の足手纏いは、君なんだよ? だけど君が出て行かないなら……次の足手纏いが消えるべきだ。そうは思わない? 」
「手を……放して」
「男避けには強い彼氏が必要だと思うけど? あんな根暗女が君を守ってくれるかな? 」
ミザリーに傷付けられた私の手。マリスはそれを掴んでベロリと舐める。見知らぬ男に血を啜られる恐怖に私は我に返った。
「わ、私に触れるなっ! 無礼者っ! 」
思いきり振り払った手は、彼の顔を打ち……彼の長い前髪がふわりと風に舞って。私は彼の両目を見た。
「馬鹿な奴ほど手が早い。僕は違うよ? あはははは! 可愛い子はたっぷり時間をかけて追い詰め、追い落とし……貶めるのが最高だ! 」
「……ロットちゃんに、何かしたら許さない」
「気をつけるのは君の方だよ。妾腹だって、王家の娘。お近づきになりたい男はいっぱいいるんだ。精々楽しい学園生活を送ってね、マリーちゃん? 」
脅しのような捨て台詞で、私から……彼は離れてい行った。マリスが髪に隠した片目は赤目。血の色を思わせるほど、深い色。とても不気味な輝きは、私の友達の目とは似ても似つかない。
「……私のマリス様に、あんなことっ! 王女だかなんだか知らないけど、絶対に許さないから覚悟しろっ! 」
ミザリーの、直接的な敵意と悪意とも違う。もっと深くて恐ろしい……闇を彼の目の中に見た。どちらにせよ私の学園生活は……あの男との出会いにより、どん底まで落とされたのだ。
*
【『敵に回せば厄介で、味方になっても変わらない』 -7 】
「ロットちゃん! 」
「うわぁっ! どしたのマリー? 」
何となく寝付けず、窓際で本を読んでいた。とっくに眠ったと思っていたマリーに突然飛びつかれ、私は慌てて本を閉じる。この様子、ただ事ではなさそうだ。
「私、レー君のリボンに目印魔法仕掛けたんです。最近ちっちゃい子の誘拐事件多いし! 」
それは純粋に犯罪だけど、この二人だとそういうプレイなんだなとも思えて判断に困る。正直、レインの方は若干嬉しそうなのだ。
「それで、それがどこで途切れたの? 」
「元・第二級ダンジョン《淫蕩竜区》。今は特級ダンジョンに変えられた所」
「……途切れるってことは、高等魔術師が結界張ってたってことね」
ドラゴモラ……あそこは、一年前に私が行方不明になった忌むべきダンジョン。そこにあの二人が行くって事は……コントとレインの思惑を知り、私は慌てて杖を箒に変形させる。
「あの馬鹿っ! 」
少し考えるって、そんなの私に直接聞けば良いじゃ無い。私と上手く話にならないなら手紙でだって良い。
「行くわよマリー! 飛ばすからしっかり掴まんなさい! ……いや無理か。じゃあんたが前乗って! 早く!! 」
「グォッ! ぐぉっ! 」
マリーを抱えて箒に飛び乗る私を、引き留めるのは子オーク。この子には生活サポート命令を下していた。
「オチ……? あんた、自動召喚されたの? 」
自動召喚とは、召喚者の危機を察知し……召喚獣が自主的に姿を現すこと。滅多なことでは起こらない。それとも眠れなかった彼の気まぐれ……? 子オークは手に恋文のような派手な便せんを持っている。彼からコント辺りへのラブレターかと思ったが、宛名は私の偽名……ダイヤになっている。
(夜の十時……)
時計を確認すれば、とっくに郵便魔獣局も営業終了した時刻。それ以降の自動受信は、速達以外、直接使役召喚獣が受け取りに行くしか方法がない。メール受信の自動連絡魔法を感知して、彼が運んでくれたのだ。オチの酷く焦った様子から、状況のやばさは最高レベル。
「そう……ありがとう。留守は任せたわ! お願いねオチっ! 」
「ロットちゃん……? オチ君は何て? 」
「……勇者になりに行けって。そんだけよっ! 」
マリーにはそう返し、私は魔力を箒に叩き込む! 消費は馬鹿でかいけど、間に合わせるにはこれしかない。懐から出した本のページを破って燃やし、進行方向へ投げれば浮かぶ魔方陣。マリーが吹っ飛ばされないよう抱き締めながら、私は全速力で突っ込んだ!
「これ、移動魔法!? 」
「異界の門繋げて帰ったキャロット様が、国内のダンジョン一つ飛べないなんて言えねーのよマリー! 」
失敗したら、何処へ行くか解らない。だけどマリーは何も言わない。私を信じてくれたんだ。
(……あんたはいつも、そう)
どうしてとかなんでなんて私は聞かない。恥ずかしいし。私にそんな価値があるかは解らない。だけどここまでされたんだ。応えなきゃ女が廃る!
入り口までなら簡単だ。しかしダンジョンのどこに居るかも解らない相手の所に繋げるのは至難の業。飛び込んだ次元の狭間、真っ暗闇の中……キラキラ光る無数の光。それら全てが何処かに繋がる情報群。肌で感じる情報群。その中から光を探すよう、微かな糸を辿るよう……選んだ手がかりはオチが届けてくれた、あの手紙。それと最も近い魔力を感じる場所へと、私は出口を選び、本から魔方陣を浮き上がらせる。この本は、予め本に記した魔方陣を詠唱無しで使える優れもの。私が素材集めから製本まで手がけた愛用の品であり、緊急事態に備え常に数冊持っている。
「ここよっ! 」
箒で潜った先は……謎のおピンク空間だった。しかしなかなか良い趣味してる。壁には豪華なカーテン、床には高価そうな絨毯が敷き詰められ……部屋の一角には天蓋付の乙女チックなダブルベッドまで置いてある。かと思いきや、可愛らしいぬいぐるみがかなり際どい体位で飾られていたり、荒縄で縛られ天井から吊されていたりする。
「ろ、ロットちゃん……? 」
「ありゃ……またイケブクロに来ちゃったか? 」
これは間違えたかなぁ。頭をボリボリ掻いたところで、私は顔見知りの姿を見つける。オチには感謝しないといけないな。本当に絶体絶命だった。
「ファンレター、受け取ったわよミザリー! 」
「お、お前は……! 」
「クオイーゲチガ族。確かに魅力的な種族よ。だけど一言言わせて貰うわ……ホモでやる必然性ねーだろ! 女騎士モノで満足しとけ変態っ! 男×男でやる以上、解る!? わかんないでしょーね! 男同士だからっていう心の壁! 社会での立場の弱さ……心で体で結びついても、時代に法に引き裂かれるかもしれない悲劇性! そこが良いのよ! ぐっと来るのよ! 男性妊娠設定における世界観の構築能力や、評価したいし確かに最近オメガ物とか流行ってきたけど、私はここは譲れないわね」
ベラベラとまくし立てる私の言葉、その意味の大半は伝わっていないだろう。でも良いんだ。これは詠唱秘匿のための口上。私は既に、召喚獣を喚んでいる。彼らの移動がバレないように、私が注目を集めているのだ。全てが配置に就いたことを確認し、私はさも今詠唱を始めたようにはったりをかます。短時間詠唱で、ここまで沢山出せるのだと装うために。
「《召喚招集・クオモッホ》! 」
地の利は其方にあるだろう。だけど奇襲攻撃と、召喚数は私の勝利。数に物を言わせていたクオイーゲチガ族を、その倍の数での不意打ちで圧倒させる!
「クーオ……お前まで」
「ぐおっ! 」
昼間の一戦で、戦友らしき感情が芽生えたのか、コントを救ったのは試合相手のオーガレスラー・クーオ! コントに覆い被さっていたオーク達を吹き飛ばす。
「差出人住所がなくてもね、オークの匂いがべったり付いてた。私のオチの嗅覚を、舐めんじゃないわよ! 」
オチは、クオイーゲチガ族の匂いを魔術言語で私に伝えてくれたのだ。国内にはいない種族だから、近場で一番その気配が強い場所を感知しそこへ移動すれば良い。入り口に飛んで駆けつけたなら、今頃二人は掘られていた。正直ちょっと萌えるけど、流石にそれは目覚めが悪い。
「くっ……ミザリーちゃんの敬愛するダイヤ先生が、お前だったなんて! 」
「さ、その子を離しなさい! でなきゃ今度は、雌しかいないが雌同士繁殖可能なクッオリーユ族であんたを襲うわよ? 」
「そ、そんなのものまで居るのか? 」
「そこの乳騎士、顔赤らめるの止めてよ、人の谷間見ながら」
「み、見てなどいないっ! たまたま視界に貴様が現れたのだ! 」
酷い目に遭いながら、タフな男だ。コントはすっかりいつもの調子に戻っている。ヘタレではあるが、この芯の強さは一級品。少し、見直した。
「……さて」
残りはミザリーと、族長一匹。どう攻略するべきか。
クオイーゲチガ族……こんなもん喚び出すなんて、ミザリーの召喚術は恐ろしい。召喚にはいくつもの条件が連なる特級レベルのモンスター。だが、ハイクラスだからって穴がない……完璧だとは限らない。
現に、クオイーゲチガ族は繁殖能力に優れているが、戦闘面ではそこまででもない。その方がモテるからと言う卑しい理由で、ファッション筋肉が多い種だ。クオイーゲチガ族に比べれて体格には恵まれないが、技を磨いた戦闘民族クオモッホ。倒されたクオイーゲチガ族にも手を差し伸べて、共に洞窟の分かれ道へと消えていく。
「うーん……これはもしかすると、クオモッホ族滅びから救われるかも? 」
「なんか……負けた方のオーク達……クオモッホ族に惚れ込んでたな」
潔く、負けた方が女役。男の沽券を賭けた恋の戦い、これぞオークレスリングの奥深さ。多分オークレスリングの本番が始まるのだ。
「ねーちゃん……助けっ……」
「ゥグオオオオオオォオオオオアッー! 」
「くっ……腐っても族長。一筋縄では行かないか! 」
囚われのレインを盾にした族長。レインのスカートをヒラヒラ捲る振りをしたり、尻を触ったり等セクハラを繰り返す。
「レインっ! 」
「駄目よコントっ! これ以上近付くと、今すぐこいつを開拓するとか言ってるわ」
「だ、駄目ですそんなの! 絶対駄目です! 」
両目を手で覆いながら、それでもちょっと隙間を残して叫んだマリー。良心と芽生えた萌えの間で戦っている。若干見たくはありそうだ。正直言うと、実は私も。
「流石族長を名乗るだけあるわ。イチモツだけで一マリーくらいある……」
「ロットちゃん……私を単位にしないで下さい。本当、私の身長くらいだけど」
全長合わせて四マリーは難いだろうか? ちなみに一マリーは凡そ一五〇㎝を意味し、クオモッホ族は一,八から二マリーだ。
「くっ……この長時間あれを臨戦態勢のまま保つとは……何たる猛者だ。ミザリーに、召喚解除をさせるしかないか? 」
「大人しく聞くような女だったら苦労しないわよ。しかし普段余裕綽々のレインがああいう表情って結構下半身に来るわね」
「変なことを言うな腐れ魔法使い! 」
「顔赤いわよ? 」
「二人とも! レー君助ける気あるんですか!? レー君が可哀想です! 」
レインの感情感度能力的に、多分私達の下心全部ダダ漏れだ。族長の欲望を目の当たりにし本気で怖がっている様に私とマリーが興奮気味なのも、コントがたぶん幼少時代一緒に入浴した祖母の裸辺りを思い出しながら、下半身の精神統一を図っているのもバレて居る。それもあっての涙目だ。目からは希望とハイライトが消え、絶望に沈んだ顔がどうにもそそられる。
「にーちゃん……ねーちゃん達、酷い」
「止めなさいレイン! 正直そのレ●プ目可愛いのよあんた! 族長の鼻息やばいわ! 」
私達だって、レインを本気で見捨てたいわけではないが、ミザリーの恐ろしさはこんな物ではない。此方が迂闊に動けないのはそのためだ。
「ふ、ふふふふふ! ニンジン女! お前は私を嵌めたつもりかもしれないけどぉ……っ! 罠に掛かったのはお前の方ですわっ! 」
【魔獣術師】の本領発揮、ミザリーが己と合体させたのは、巨大なクオイーゲチガ族族長!
「う、うわあああ! 」
「レー君っ! 」
体は族長メインで息子さんもお元気そうで。しかしミザリーのフリフリ衣装と猫耳ツインテールが族長にプラスされた異形の姿。族長がロリータ女装したみたいで、これだけで破壊力のある絵面。
「おーおー……目的のために手段は選ばないその精神。そこだけは評価してやるわ」
「甘い! 甘いデスわよォ! 族長ワァ……クオイーゲチガ族とクオズーロ族のハーフ! 」
族長の低音ボイスのままミザリーは、新たな種族を口にした。
「く、くおずーろ族? 」
「ハーツ、諦めろ。この世には俺達の知らない世界が無数にありすぎる」
「クオズーロ族ね。聞いたことあるわ」
神妙に頷く私へと、コントとマリーの目が向いた。
「何っ!? というか一般人の知らない場所で、男色オーク量産されまくりだろう!? 本当にこいつ等滅亡の危機に瀕しているのか!? 細胞分裂で増えているのか!? 」
「ちなみに私は海洋性一角獣型の古代オーク族も可愛いと思うの。頭の角を生殖器として用いるユニオークラバ族っていうのも居てね彼らも基本的にホ……」
「これ以上妙な物を持ち込むな! 結局あいつはなんなんだ! 」
脱線しかけた私に剣を向けながら、コントが吠える。私は彼らに伝えるべき情報のみ抜き取って、要約をした。ミザリー自身まだ攻撃を仕掛けてこないのは、自身の強さをしっかり説明させたいからだろう。今のように相手種族を強調した同化モードでは、流暢に喋ることが難しいのだ。
「クオズーロ族は、花のように可憐で見目麗しいオーク族。体格も掌サイズで飼うにも最適。乱獲されて個体数を減らしたけど、特筆すべき特徴は……交わった種族の能力を強化出来ると言うこと。代々続いていくことで強いオークを生み出せる」
「……犯罪ではないか? 」
「……し、自然界はハードモードね」
あの四マリーもある体躯の種族に……しかも襲われたの間違いなく雄。出産後、彼の命は無事だったのかなんて勝手に心配までしてしまう。
「い、いや! そんなことよりよ! クオズーロ族の特性はそれだけじゃない! 小さな体を守るため体内に強力な毒を持ってるの! 」
「それを早く言え馬鹿者がっ! 」
私の説明が終わるのを見て、ミザリーが猛毒の息を吐き散らす! 回避は間に合わないと私が慌ててシールドを張るけれど……
「くそっ……」
移動で消耗しすぎた。毒に浸かった私の防御壁は次第に後退……押されていく。
「ハーツっ! 」
「は、はい! 」
コントの指示に、マリーは私とコントへ強化魔法をかける。これで凌げる時間は増えるけど……私が防御に回る際、此方は攻撃手段が潰される。レインの遠距離攻撃が使えない。
「ちっ……こうなりゃ最終兵器よ」
「あれを、使うのか? しかしここで崩れたら……! 一度にこの人数は守れない! 」
コントのとっておき、その許可を私が求めたという勘違い。私はそれを否定して、大きく胸を張り笑う。胸の谷間から取り出すわ……今度は財布ではなく小さな小瓶。
「違うわよ。私の最終兵器を使うのよ」
「貴様の……最終兵器? 」
魔法以外にそんなものがあったのか? 惚けた顔で私を見つめているコント。
「マリー! 私が隙を作るわ。後は……任せたわよ? 」
私の言葉に彼女は「何を? 」と言わない。私の手の内が読めなくても、信じたなら信じた分だけ応えてくれる。
「うんっ! 」
「よっしゃ! 良い返事! 」
私は隣立つマリーの頭を乱暴に撫で、もっと後ろへ下がらせる。そして防御壁を前方へ押しやりながら、族長ミザリーとの距離を詰めていく!
「コントっ! 」
「なんだ!? 」
「この後の作戦、耳貸しなさい」
大人しく近付いて来る彼を見ながら、私は小瓶を飲み干した。
「キャロット!? 」
私がそれを飲み干すと同時に、張ったシールドが破られる。集中力と、魔力が尽きた。私を振り向こうとするコントに、自分の持ち場を守るよう私は伝える。
「前向いてて。私を信じてくれるなら」
ミザリーは再び息を吸い込む。また毒を此方に降らせるために。猶予はあと何秒ある? 解らない。でも、やるんだ!
(教えてやるわ、クソミザリー! これがあんた達が捨てた物の力! )
咽が焼けるように熱い。体もだ。痛みと熱さで気が遠くなりそうだけど、私は必死に耐える。これも作戦、勝利、仲間のためだ。自分にそう言い聞かせ……前を真っ直ぐ見ているコントの顔へ手を伸ばし……私の方へと振り向かせた。今は背伸びする必要も無い。首の痛みを訴える目を、一瞬で驚愕に変える作業をするだけだ。軽く触れた唇の音。多分、私達以外に聞こえない。彼も理解できなかった? 離した頃にようやく赤面し、混乱に陥った。
「き、ききき、きさささ貴様っ! 何事だ! 」
「こ、この位で照れるなんて情けない男だな」
「こ、この大事な場面で何を遊んでいる! だ、大体軽々しくこんな真似っ」
「こんな時? 大事な場面だからでしょ? 」
私の真剣な目を受け、コントは我に返り私の真意を探るよう……じっと私を見つめ返した。その真ん前で……レインを片手に握りながら次の攻撃を企んでいたミザリーが、悲鳴とも歓声とも付かない大絶叫! やはり視力は人間のままにしておいたか! そうよねぇ? あんたは私が苦しみ藻掻く姿、見たかったんでしょ? 見なきゃいけなかったもの。族長の、退化した目では目的を果たせない。
「ギ、ギヤアアアアアアアアアアッッッ! 」
「掛かったな、ミザリー! 」
してやったりとほくそ笑む私。そんな私をまじまじと見て、コントがガクガク震え出す。
「キャロット、……いきなり声が低く……あああああ!? 」
私の胸がなくなっていることに、彼はようやく気がついたのだ。
「どうよ腐れ初心者! 野郎同士のキスの刺激は? 結構イケてるだろ、男の私も! 」
今のミザリーは、族長との同化によって嗅覚が研ぎ澄まされている。男と女の体臭の違いだって手に取るように解るだろう。オーク×美青年、オーク×女装少年、騎士×女装少年の概念を得たミザリーも、まだ美青年×美青年は見たことが無かったのだ。この新ジャンルの到来に、戦闘どころではないだろう。
「狼狽えているな。よし、もう一回やるぞコント! 」
「だ、誰がやるかっ! 大体その口調は何だ! 」
「この声で女言葉やれって? マニアねあんた」
「や、やっぱりその口調は止めろ! 寒気がしてきた! 」
「我が儘な奴! 敵には効果大なんだから、ちゃちゃか戦闘不能にさせましょうよ。レインが捕まってる以上此方には男があんたしか居ない。そうなりゃもう、私が薬で男になるしかないじゃない! これは腐川さんから教わった、スキル《男体化》! 」
高かったけど、速達で注文した甲斐があった。次は錬金術師から箱で注文しよう。
「き、貴様はもう少し自分を大事にしろっ! 」
「はいはい、こっちこっち。お誂え向きにいいベッドがあるじゃない」
「うわっ! 」
私はコントの手を引いて、フリフリの天蓋ベットへ雪崩れ込む。彼が私の上に乗りかかるよう、上手く。そこでコントの手を私の胸に這わせて、照れる振り。
「えっと……これが攻撃の型 ヘタレ。んでもってこれが守りの型 襲い」
そこから形勢逆転、コントをベッドに転がして、彼の腹の上に私が跨がる。絶句しながら顔を真っ赤にしているコントに何度かキスする内に、ミザリーは集中力を失った。
「ぐ、グォオオオオオオオオオオオオオオ」
「ぞ、族長が!? 」
族長ミザリーがその場に倒れ込んだ衝撃で、コントが言葉を取り戻す。同化魔法で一つになっていた二人の体が、魔獣術師ミザリーと族長に分かれて弾け飛ぶ。
「勝負……あったようね、ミザリー! 」
精神ダメージにより族長との同化が解除されたミザリーは、無傷とはいえその場から立ち上がれないほどの衝撃を受けている。体のダメージを召喚獣に押しつけて、使い捨ての着せ替えで戦闘を行う彼女であっても、心に受けたダメージは召喚獣に背負わせられない。
「そ、そんな……このミザリー様が……魔法勝負ですらなく、こんなことって」
「何言ってんのよ。最小限の代償で最大限の効果を得る。これが魔術、魔法の基本。これぞ私が異界で学びし《腐術》! 強大な敵であれ、心の隙を突けば倒すことは不可能ではない! 」
「わ、私がこんなことでっ……」
ミザリーは鼻を押さえてその場に蹲っている。鼻血を止められなくて困っているようだ。
「ふっ、鼻血で出血多量。完全犯罪ね」
「確かに貴様は手を汚していないが、俺は人として大事な何かを失った気がする……最大限の犠牲を支払った。こんなものが異界の高等魔法なのか……? 」
「ちょっとコント! 勝手に落ち込んでさほど多くもないMP削るの止めてよ! 」
「ち、調子に乗りやがって! こっちにはまだ人質がっ! 」
防御壁の外にいた、レインは毒を浴びている。それを思い出したミザリーは、途端に勢いを取り戻す。
「クオズーロ族の毒は特殊よ! 簡単に解毒できるものじゃない! 解毒の出来る召喚獣を使って欲しければニンジン女! 今すぐここで」
「その件なんですが……」
倒れた族長の体の陰から、震える腕にレインを抱きかかえるマリーが現れた。
「本当にお世話になりました、ミザリーさん? 」
据わった目に、感情の宿らない声色。ミザリーは、彼女の逆鱗に触れていた。
「ま、マリー!? 」
ミザリーは、マリーがいつ後衛から移動したか見えていなかった。私とコントの時間稼ぎは意味があったのだ。ミザリーから剥がれた族長は、しばらく無力化されている。同化解除された召喚獣が命令を聞けるようになるまで数分が掛かる。例え傷を受けていなくても、体力の消耗は其方持ち。回復のため、同化解除時に召喚獣は気絶するよう式が組まれている。だからテンポ良く、解除した召喚獣はさっさと戻し、別の召喚獣を喚び同化! これが彼女の戦闘スタイル。元は同じパーティ……ミザリーの隙のでかさはマリーも熟知していた。だから解除さえ出来れば……族長の手からレインを救出できるとも理解していた。
総合的に、マリーは優れた勇者ではないのかもしれない。たった一点のみを彼女は追い続けたから。それでもマリーの白魔法は一級品。
「『Twin Belote』は、全員が回復魔法を扱える。だからヒーラーを必要としない。そう言ってあんたらが一番最初に切ったのが彼女。……あんたが散々虐めてくれたあの、マリー。彼女が私をここに導いた」
マリーがレインを気にしていなければ、私が見過ごしていた事件。
「やることはちょっとストーカースレスレかも知れないけど、マリーの優しさと仲間への愛は本物よ! 」
「そうだね、ねーちゃん……俺もそう思う」
一言、レインの声がした後に……続けざまに矢が飛び交った。それはミザリーの肌から僅か数ミリを残して打ち出され、彼女をその場に縫いつける。その気になれば、殺せるけど……わざと見逃してやっている。余裕と恐怖を植え付けるような攻撃だ。
「ひっ! 」
ミザリーが召喚獣に頼らなければ解毒できない毒さえも、マリーはきっちり解毒した。扱える攻撃魔法は一つも無いが……その分回復魔法の習得を、学園の誰より時間をかけてやって来た何よりの証。
(逆を言えば……ミザリーは召喚獣がいなければ何も出来ない小娘)
その集中力を絶ってしまえば丸腰だ。腐術に精神を乱された彼女に、集中力など残っていない。私達を圧倒する召喚獣を呼ぶなんて出来やしない。
「猛毒食らった俺が、もういつもみたいに攻撃出来る。マリーねーちゃんの魔法は凄いよ」
散々な目に遭ったレインは、マリー同様ブチ切れていた。私ももしかしたら此方に数本飛んでくるのではと思ったくらい。
「ねーちゃん、俺格好いい? 」
レインから、唐突にもたらされたその言葉。ご機嫌取りを求めるようにも思えない。私はなるべく思った通りの答えを口にした。
「コントの八倍、格好いい」
「そっか。……じゃ、これでチャラな! 」
それは、私が囚われのレインに萌えていたことだろうか? そう内心脅えたけれど、私の返事にレインは名に反し、晴れやかな笑顔を取り戻していた。
「一年前、本当は俺が気付かなきゃいけなかった。ねーちゃんの異変に、俺が一番最初に」
「レイン……」
「捕まってて解ったよ。間近でこの女の魔法を見てた」
呑み込まれたのは一瞬。それでも私の心はここに残ったはずだ。レインはそんな風に言う。
「《助けて》ってねーちゃんの声……まだここから消えてない。凄く悲しくて、すごく苦しい。聞いてて……辛くなるような声。ごめんなさい……俺は、傍に居たのに」
一年前は、気付けなかった。語尾になるほど小さくなっていくレインの声。
「……あんたのせいじゃないでしょ、馬鹿ね」
普段より遠くなった彼へと私は屈み、泣き出したレインをぎゅっと抱き締める。
「あんま、柔らかくない」
「あら、ごめん。元に戻ったらもう一回やったげる」
「いいよ、ねーちゃんはねーちゃんだ」
「狡いです狡いです! 私もレー君……あっ」
「はいはい、あんたも偉かった。偉かった! 面倒臭いから二人ともまとめてこうよ! 」
私からレインを奪い返して抱き締めるマリーを、私が後ろからぎゅっとする。コントは一人、微妙な顔つきでこちらを見ていた。
「あまりふざけるな。敵を退けたと言え目的はまだ……俺達はここに遊びに来たわけじゃ無い」
「あ、そうだった! そうだよにーちゃん! 犯人そいつだ! 」
マリーの腕を逃れたレインは、床に縫いつけられたミザリーを指差して……
「まだ微かに残ってる、凄く凄く嫌な感じ。それと一緒に獣の臭い。一年前、あのゲートを開いたのは、こいつだ」
「んー、それは半分正解だな坊や」
レインが突きつけた指を、黒い手が撫でるように触れる。黒い手から次第に影が伸びゆくように、一人の男の姿を作り出す。
「これでも僕らもパーティなんでね。僕らの不都合になるようなことを、僕らの仲間はしやしない。逆を言えば、僕らの得になることなら……僕らがやらない理由はない」