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課題小説  作者: 桜椛
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5月 「魔法使い」

 魔法、それは科学では証明できない神秘的で超常的な現象のことを言う。

 そしてそれを行使する者を、魔法使いと呼んだ。



 今でこそ魔法は廃れ、想像の世界だけのものとなった。

 だからこそだろうか、魔法というものへの期待と想像は膨らむばかりだ。

 現代における『魔法』は、とてもちんけで使い物にならないというのに。



 というのも、実はこの俺がその魔法使いだから言える話だ。

 

 魔法使いと言えば、ありとあらゆる高度で難解な魔法式を理解しそれを組み立てることで、多種多様な魔法を使いをこなす。

 同じ系統の魔法であってもその規模なども調整ができる。

 しかし、この俺はそうではない。

 魔法式なんか1ミリも知らないし、そういった本を買ったところで理解には到底及ばなかった。

 俺はこれを魔法と呼んではいるが、実際超能力の方が近いんじゃないかと思うほどだ。

 そう、頭で理解していることはただ一つ、純粋なる事実の認識。

 こうなったのだからこう、という極めてシンプルな構造の上で俺の魔法は成り立っている。

 君は運がいい。俺の魔法が一体どういうものか、丁度いい頃合だからお見せしよう。



 目の前には黒板。バーコード頭の教師が気持ちの悪い絵の下に、『徴生物』と書いた所だ。

 

 馬鹿が、『徴』ではなく『微』だろうが。



 俺は心の中で悪態を吐きながら、片目を閉じて、人差し指の平でそれをなぞった。

 するとどうだろうか、『徴生物』と書かれた部分が、綺麗さっぱり消えたのだ。



 ふっ突然の出来事に驚きを隠せないようだな、それもそのはず、まさにこれが俺の魔法なのだから。

 


 って、また『徴生物』って書いてるし。

 

 くそっこうなったらこうだ!



 『徴』の字の、下の『王』の部分だけを消して見せた。

 なかなか繊細で神経を使うんだぞ。周りから見たら右手が疼くのを必死に鎮めようとしている厨二病君だ。

 まぁそんなことは置いといてだ(果たしていいのだろうか)

 やっと自分の間違いに気付いたハゲは、『微生物』と書き終えて次のセンテンスへと移った。



 少し余計な手間があったが、概ね俺の魔法とはこういうものだ。

 どうだ? ちんけでつまらないだろう? しかも俺はこれ以外に魔法と呼べる代物を扱えない。

 まぁおよそこれが魔法と呼べる代物かどうかも怪しいがな。

 更にこれ何って恐ろしいことに、この魔法、学校……教室の、黒板にしか使えないのだ。


 前に移動教室だった時に試したことがある。

 移動教室先では、黒板ではなくホワイトボードを使った授業なのだ。

 そこで俺はホワイトボードでも同様に文字を消せるのかどうか試してみた。

 結果は全くの無反応だ。

 その日調子が悪かっただけかと思ったが、別の日、別の天候、別の時間と試したが結果は同じだった。


 それと、黒板の文字を消せるとはいえ、それは飽くまで白のチョークだけらしい。

 赤や青などの色付きのチョークは消せない。

 使い勝手が悪いとかそういうレベルではないぞ。

 だから魔法なんてものは、皆が幻想を抱くほど面白いものでもなんともないわけだ。


 

 そんな俺は現代の魔法使いとして内心ドヤ顔を決めているところだが、それらのことから逆に恥ずかしい気持ちであったのだ。




 俺はこの魔法使いというものが、この世にたった一人だという認識でいた。

 よくよく考えたらこんなちんけな魔法なのに、唯一無二なわけがなかった。


 そう、俺はこの日初めて別の魔法使いと出会ったのだ。


 それは学期末テストのこと。

 黒板には教科のタイムスケジュールが書かれており、今日は四教科をやることに。

 皆は出席番号順に席を変え座っていて、次の教科に備えて付け焼刃の知識を身に付けようとしているところだ。

 俺は真ん中の列の一番後ろという場所で、早くテスト終わらねえかなと思いながら欠伸を漏らすのであった。

 いざテストが始まり、紙にペンを走らせていく。

 つまらない。なぜこんなことをテストにするのだろうか。ただの記憶力を試すテストでしかない。

 と、その調子でその日最後のテストを受けている途中、俺は信じられないものを見た。



 右隣の席の男、消しゴムを落としたのか困っている模様。

 大人しく手を挙げ試験監督に取ってもらうのが普通だ。

 当然こいつもそうするだろうと思ったその時、消しゴムが地からゆっくりと離れ、宙に浮いていたのだ。


 俺はそれを横目に見つつ、内心かなり動揺していた。

 消しゴムが宙に浮いている? 手も使う素振りを見せていないぞ。

 一人でに浮いたとでもいうのか? いやそんなのはあり得ない。超常的な何かが起こらない限りあり得るはずがない。


 ──そう、超常的な何かが起こらない限り。



 まさか! こ、こいつも魔法使いか!?

 現代に生ける魔法使いとしてドヤ顔を決めていた俺が恥ずかしい!!

 なんだこれ! 魔法使いいんじゃん! 俺だけじゃないじゃん! しかも消しゴム浮かせるとか俺より全然いいじゃん!


 って、ん? 消しゴムが机の脚の中程まで浮いたところで、その動きを止めたのだ。それ以上上昇を見せる気配がない。

 いや、上昇しようとはしている。ピコピコ上へ伸びようと頑張っているような気がしなくもない。

 だがそこから上はどう頑張っても昇れない。

 空中でふよふよ消しゴムが浮いているという奇妙な絵面が構築された。

 

 流石に諦めたのか、男は手を伸ばして宙に浮く消しゴムを手に取った。

 そして何事もなかったかのようにテストへと戻っている。

 


 ……気になる。最高に気になる。おい、どういうことだよ、教えてくれよ。



 気になる気になる気になるキニナル気になる気になる木になる気になる気にナル気になる気になる。



 ハッ! そうだ、俺も魔法使いだというアピールをすればいいんじゃないか!?

 そうすればあいつも俺のことが気になって仕方がないはずだ。そうだ、そうに違いない。

 ふ、ふふふふふ。そうと決まれば早速使わせてもらおう、この俺の魔法を!!


 片眼を閉じる。黒板を視界に捉える。そして指で以て文字を消してい──あ、教師の頭で隠れた部分が消せねえ。

 それに気付かず消してしまったため、黒板には不自然に残された文字だけが残っている。

 まずい、皆テストに集中しているとはいえ、この状況の黒板を見られるのは流石に不自然すぎる!

 

 俺は教師の頭で隠れて見えない部分を、必死になんとかして消そうと試みるのだった。

 少し体を前のめりにさせたり横にずれたりと色々試しながら消そうとしていたのだ。

 だからだろう、隣から熱烈すぎる視線を感じている。

 

 ちょ、っと待て。待ってくれ、確かにアピールをして気にしてくれればいいとは思ったが、これはあまりにも……あまりにも怪しすぎやしないか?

 ほら、テスト中だというのに構わず俺のことをガン見しているぞ。いや確かに俺だって逆の立場だったなら同じことをするだろう。

 とはいえ、とはいえだ。これは怪しい上に非常に恥ずかしい。

 とそこで、変に体を乗り出している俺と、それをガン見する彼の行動を不審がったか、教師が様子を伺う様に立ち上がった。

 

 今だッッッッ!!!!


 立ち上がったのを見計らい、不自然に残った文字を消す。そして何事もなかったかのようにテストへ戻る。

 ふふ、完璧だ。我ながら今のは完璧だ。テストを普通に受けていれば教師は文句を言えまい。

 未だ熱視線を感じるが、それもすぐになくなることだろう。


 

 それからというのも、変な視線をちょこちょこ感じながらテストが終わる瞬間を待った。

 いざ終わって帰り支度を始めると、隣の奴はもうすでにいなかった。

 

 と思いきや、下駄箱で靴を履き替え帰ろうとしたとき、校門へ背を持たれ掛けかっこつけている男がいた。

 消しゴムの奴だ……。


 何となく関わりたくない気分になったが、またとないチャンスと言えるだろう、話しかけてみるか。



「あ、あのさ──」

「貴様も!! 神に見初められしものか」


「は?」



 なんか突然わけのわからんことを言い出し始めた。



「ふふ、この俺の双眸の前では全てお見通しだ。貴様はいつからだ?」



 言葉が若干おかしいが、言いたいことはまぁ分かる。



「気づいたのは高1の秋。たまたま発見した。お前は?」


「我は高1の夏だ。同様に偶然……いや、これも必然だったのかもしれないな……ふふ」



 うん、どうやらこいつは悦に浸るタイプらしい。大した魔法でも何でもないのにな。

 


「あーっと、お前は()()についてどう考えているんだ?」


「神から賜った選ばれしものの能力」



 うん、こいつアホだ。

 どうしよう、テスト期間だから他のクラスも帰る時間が同じため、今は非常に通行が多い。

 そのため、校門で話していると、自然と人の視線を集める。

 その内容がまた内容なだけに非常に恥ずかしい。

 だがまぁ俺以外にも魔法を使える人間がいたというだけでも今日は収穫日だといえるんだろうか。

 


「我以外にも認識している者が七人いる。貴様で八人目だ」


「え……? ま、待て待て今なんていった!?」


 七人……? 俺で八人目? この学校には他にも魔法使いがいるというのか?



「神に選ばれしものじゃなかったのか?」


「まぁ少数精鋭という言葉があるしな」


 

 これで納得できるこいつってすげえ。



「兎に角! 君も選ばれしものとして、これから宜しくしようじゃないか、黒白の記憶の消失者(イレイサーメモリーズ)よ」


「何その恥ずかしい上にダサい名前!? やめて!?」


 

 中二病こじらせすぎだよ!! 高二にもなってなんだ!? 痛いよ!! ほら、そんな大声出すから変な視線集めてんじゃん!! 何か女子が一人こっちに来ちゃったよ!?



「あ、あのぉ~……もしかして、貴方達も……能力持ちですか?」



 大人しめだが極めて普通といった感じの女子、決して中二病なぞ関りがないようなその子は、伺う様にそう尋ねてきた。

 え、もしかしてだけど……君も?



「ふ、そうとも言うしそうじゃないかもしれない。その答えは俺だけが知っている……」


「あ、そうです」


「貴様いとも簡単に白状してくれたな!?」



 愉快かよこいつ。

 女子はそれを聞いて、嬉しそうに顔を綻ばせた。



「え! えぇ~! そうなんですね! 実はあそこにいる子たちも能力持ちなんですよー! え、男の人もいたんですね!」



 あそこにいる子たちと言われた先にいた子達、五人の趣味が合わなそうな組み合わせの女子たちがいた。

 


「え、もしかしてですけど、他にも知ってる人いますか?」


「あぁ、我々を除いた七人を知っている」


「え! そうなんですね! 多分ですけど、もっといるような気がするんですよね、丁度いい機会だし呼びかけてみましょうか?」



 前言撤回。大人しめ? とんでもない、行動派もいいところだ。

 

 目を爛々と輝かせている女子は、息を大きく吸い込んだかと思うと。



「生徒の皆さぁーーん!! ちっぽけだけでありえない、超常的な能力を持った人いませんかぁーー!!」



 なっ──こいつ、恥ずかしげもなく何を──



「能力……?」

「あ、それってもしかして……」

「え、あの人たちも?」

「嘘、だろ……?」

「サイキックパワー……」

「この力……」

「私だけじゃない?」

「マジカルグランドスペシャルハイパーフライハイウィンドパワー……」

「独りじゃ、……ない……!!」



 その女子の一言で、校門前には生徒たちが押し寄せる形となった。

 皆嬉々とした顔を浮かべわらわらと集まってくる。

 人の波が、笑顔の波が押し寄せる。

 私の能力は、僕の力はこうだというのが聞こえてくる。

 しかしそれは四方八方から様々な音として発せられるため、最早誰も意味を聞き取れるものなぞいなかった。

 ただひとつ言えることは、自分が気づかなかっただけで、割と世の中には魔法使いが溢れているいるということ。

 それは一人一人全く違う能力だろう。だがその性能は皆同様にちんけなものでしかないはずだ。

 日常に溶けこんだ魔法。害も悪意もないそれは、ほんのちっぽけだけど、確かに起こりえない超常的なもの。

 昔とは全く形を変えているけど、現代でも、魔法はこんなにも溢れている。



「だがまぁ、彼女の言葉の方が、よっぽど立派な魔法だよな」

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