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課題小説  作者: 桜椛
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4月 「幼児」

 常々疑問に思うことがある。


 人はいつ生まれ、いつ死ぬのか。

 何のために生まれ、何のために死ぬのか。

 自分とは何で他人とは何か。

 そしてそんなことを考える知能というのは何処から得、この自我というものの確立がするのか。

 

 私が何故そんな詮無いことを疑問に思っているのかというのを話すならば、それは実に手っ取り早い。

 しかしながらこの私の存在という疑問について一緒に考えてほしいという願いから言うと、突然事実を語るよりは、私の疑問というものをまず先に分かっていただいたほうが結果的に早いかもしれない。



 まず疑問というのはだが、自我というものから話そうか。

 

 一般的にこの自我の目覚めを、『物心がつく』という。

 この物心は幼児期につくものとされる。

 それは親の教育というのが一番で、真理を諭された結果それを理解し始めた時をそのようにいうだろう。

 これはやがて成長すると親だけでなく、家族という世界を飛び出して色々な世界を見ることにより、他人から教えてもらうだけでなく、自身の頭で考えるようになる。すなわちこれが自我というものと相違ない。

 私はこのこと自体に疑問を持っているのではないということを理解してほしい。

 次の疑問はここから出ずる。

 自我の目覚めには先ほど語ったことが必要だ。それは間違いない。

 だがそれでも疑問に思うのだ、真理を諭されなかった者に自我が目覚めるということはあり得るのだろうかということを。


 あり得ない。

 端的に述べるならばこの一言に尽きる。

 だが疑問に思えるだけの要素があるからこそ私は投げかけているのだ。

 そこで一つ真実を明かそう、これまでの疑問点を何故疑問として浮上したのかが分かるはずだ。



 私には自我が目覚めている。それも限りなく早い段階で。




 2ヶ月。



 この数字が語るものが全てだ。

 私には確かにこの2ヶ月というものが指し示す絶対的な事実と問題を理解している。

 

 私の誕生日は、2016年2月18日(木)午前3時33分だ。

 

 そう、この2ヶ月という数字は、私が生まれてからという意味を示す。



 お分かりだろうか? この私が疑問に思っていたことの意味が。


 生後2ヶ月、私はその赤子と呼ばれる、乳児期と呼ばれるものに中る。

 

 生後2か月といえば、親の腕の中で眠り、オムツの中に排泄をするそんな時期だ。

 皆一様にその頭の中はどうなっているのかすらわからない。分からないというのは、自身にそれを考えるだけの自我が目覚めていないからと言える。

 普通はそうなのだ。この時点で自我の確立などありえない。だからこそ私は疑問に思う。何故、と。

 いくら考えても、いくらこの小さい頭を悩ませようとも、その答えが出てくることはない。何なら考えれば考えるほど自身の存在があり得ないものだと認識して混乱を引き起こしそうになる。

 

 その時はその時で、この感情というものを上手いこと利用してやる。


 ん? どういうことかって? ちょっと待ってくれ、その前におっぱいの時間だ。




 …………失礼した。



 母のそれは実に臭い。というか酸っぱい。正直言って不味い。健康を疑うほど酷い。とてもじゃないが──え? そんなことが聞きたいんじゃないって? あぁ、すまない話を戻そう。



 自身の存在を考えるとき、常識がそれを否定してくる。その時私の心はかなり乱されているといってもいいだろう。

 だからこそ、私はその時の感情を利用して、泣き喚くのだ。



 私は生まれて2ヶ月。

 2ヶ月の子は、あうあうと笑顔を浮かべるし、食べ物も食べれず母の乳頼り。

 そういうものなのだ。

 だから私は仕方なく、泣きべそをかくし、無理に笑うし、迷惑をかける。


 排泄や歩行や睡眠等は、乳児の体そのものなのでどうすることもできない。

 中々に苦痛である。

 ここまでの自我を確立していながら、失禁をしてしまうことの屈辱感は筆舌に尽くし難い。



 とにかく、私はいかに『私』であろうと私であってはならない。

 それは誰も望んではいないからだ。

 考えても見てほしい、可愛い可愛い自分の息子が、生後2か月で自身の存在について語りだす姿を。


 最早心霊現象だ。


 下手したらショック死するレベルだろう。

 当然私としてはそんなことを望んではいない。

 生後2ヶ月、母親という存在は必要不可欠なのだ。

 その上で私は、生きていくためにも、そして一人の人間としても、そんなことは避けたいと思っている。


 

 だから私は、自身の存在というものを秘匿し続けている。

 


「まぁそれも喋れるようになればある程度は楽になってくるんだろうが」



「え──?」



 ん? 母が目を丸くして私のことを見ている。口があんぐり開いていて「面白い」



「ぁっ、え……い、ぁ……いやぁぁああああああああああああああ!!??」



 驚愕から恐怖へとその色を変える母。私のことを抱いて揺らしていたのだが、ソファへと放り投げて、リビングの扉からこちらを覗いている。

 

 というか待て、突然何だと思うわけだが、反応から鑑みるにもしかして最悪の事態が起きていないか?



「ま、まままままっさか、ねぇ……き、聞き間違いに決まってるわよね……?」



 ……まずった、どうやら私は無意識に言葉を発していたらしい。


 どうしたものか、このままにらみ合っていてもしょうがないし、ここは取り敢えず泣いておこうか。

 


 ……………………私も随分慣れたものである。


 母は自身の頭を疑いつつも、泣きじゃくる私へ駆け寄りその胸へと抱きかかえる。

 心音がトクントクンと聞こえてくるが、不安を感じているのかそれは何処となく不規則である。

 

 私としたことが自身の存在を脅かすことをしてしまうとはな。

 これからは気を引き締めて気を付けないとな。





「ねぇあなた……? 信じてもらえないかもしれないし私も信じたくはないんだけど……」

「なんだよ珍しくはっきりしないな」

「あ、あぁ~っと、自分の中でもあれは本当に起こったことなのかが信じられないし多分言っても馬鹿にされるかもしれないことをこれから言うってことなの」

「……よくわからんが、まぁ言ってみな」

「……息子が喋った」

「…………喜ばしいことじゃないか」

「はっ!? あなた何言ってるの、2ヶ月よ、2ヶ月! 喋れるわけがないの! しかもママとかパパじゃないんだから!!」

「はっはは、じゃぁ一体なんて言ったんだ?」

「『まぁそれも喋れるようになればある程度は楽になってくるんだろうが』」

「は?」

「一瞬あなたかと思ったけどお仕事で当然いないわけでしょ? だから自分の耳を疑ったの」

「そ、それは……流石に勘違いとか聞き間違いとかじゃないのか?」

「『面白い』とも言ってたわ」

「……本当かい?」

「……こんな嘘が思いつくほど器用でも酔狂でもないわよ」

「まぁそれはよく知ってるけど」

「ねぇ……病院に連れて行った方がいいかしら?」

「いや、普通に考えてもみなさい、僕たちが病院を勧められるよ」

「そ、それもそうね……」

「きっと疲れてるだけだよ、今日はゆっくり休むといい」

「うん……そうするわ」




 


 危ない時も多々あったが、自身の存在をひた隠すことにより、月日は流れ……私は年長さんとなった。



 ここまでくると幾分か楽である。言葉を話しても不思議がられることはないし、ある程度自由に体も動かせる。

 ただまぁ考えなければいけないのは、年相応というのを意識しなければいけないということだろうか。

 やはり幼児ということに違いはない。話せる言葉も知っている世界も狭くなきゃいけない。

 虫が好きで土で遊ぶのが好きで戦隊ものを好きでなければいけない。

 これらに興味を示さないと疑われる。

 幼稚園での教育も、なんとか周りに合わせてやり過ごすといった具合だ。

 ストレスではあるがこれも次第に無くなっていくだろう。

 直に成長してこの私が普通に出せるようになるはずだ。

 それまでの辛抱と考えよう。



 とは思うものの、やはり根本的にこの自我の目覚めというものは実に不思議である。



 私が物心ついた時は、生まれて2ヶ月も経った頃だ。

 逆にそれまでの記憶がいまいちない。

 でも私は物心がついたであろうその時には、既に()()()()()()()

 突然誰かが私に憑依したかのように、思考というものが明瞭に、頭脳というものが明晰になった。

 やはり何度考えてもあり得ない。

 現実として起こり得るはずがない。だが実際に起こっている。

 羊水の中で無意識に学習でもしていたのか?

 


 ……分からない、何度頭を悩ませても答えなんか出やしない。ただ唯一分かることは──



「母の料理は相変わらず不味いということだな」


「え──?」



 ん? 母が手からスプーンを落とし、口をあんぐりと開けている。だばーっと中からカレーが垂れていて「実に汚い」



「え、ちょっちょっとちょっと! い、今幼稚園児らしからぬ発言したわよね!? ねえ!!」



 ふぅうむ。私は何か母が騒ぎ立てるような発言をしただろうか? 全く思い当たる節がないわけだが。



「それ! その小首を傾げて唸るのも! おっさんじゃないんだからやめてよね!」



 なっ!? わた、私がおっさんだと!? これでもまだ二桁に満たない5歳なんだぞ!!

 


「5歳にしてわねぇ~貫禄がありすぎでしょうよ」


 

 母親にそんなことを言われる5歳男子の気持ちが誰が理解できよう。



「やっぱり昔からどこかおかしいと思っていたの。子供なのに子供じゃないみたいな……? 子供らしくあろうとしているみたいな」



 な──見透かされている……だとっ?



「母親だからね、分かるものよ。当然信じられるようなものでないから信じなかったけど」


「…………」


「あなたは誰? 本当に私たちの子供……?」



 遂に聞かれた。私が一番恐れていたことだ。

 私は自信を持って二人の子供だと言える。それは()()()()が生後2ヶ月の時点からだというのが一番の理由だ。

 

 だがまぁ……生まれる前の記憶は当然ないわけで、常々思う様にこの状態の説明はつかないわけで、自信を持って言えても、確信を持っては言えないというのが現状だ。

 だから恐れていたのだ。母や父だけでなく、私自身も分からないことだから。

 考えていても分からない。この5年近くの歳月、考えながら生きていたのだから。

 答えなど出てくるようなものじゃない。

 だから私はいつしか諦めていたのだ。

 このまま成長していけば、この状態が普通になるのだと。日常になるのだと。

 それまでの辛抱だ、と。

 

 しかしそれが私の中で一種の甘えになっていたのかもしれない。

 気の緩み、と言った方が分かりやすいか。

 以前と違い喋れるし動ける、このまま成長していけば謎ともおさらば。

 それが気の緩みとなり、私が恐れていた事態というものを招いてしまった。



「あぁあぁあぁあぁ! 全く何でこうなっちゃうかねぇ……穏便に生きたかったのになぁ」


「な、何? まさか化けの皮が剥げて子供に乗り移った魔王でもでてくるつもり?」


「展開が少年ジャンプか」


「最近そういうの見なくなったわよね~」


「古いしやり尽くされているからな」


「…………………」

「…………………」


「って何で5歳児がそんな事知ってるんだー!!」


「はうぁっ!?」



墓穴を、墓穴を掘ってしもうた。アカン、ワイの人生オシマイや~。



「あんた段々遊び始めてるでしょ」



あ、バレました?



「はぁ~全く、あんたねぇこれ私じゃなかったら大問題だよ?本当私に感謝して欲しいわ~」


「何のこったい」


「あんたの事は正直よく分からない。だけど、ここで私が取り乱してしまうものなら、揃って2人とも…3人とも人生台無しだわ、そうでしょ?」



違いない。今母の口からその言葉が出た時点で、私は感謝しなければいけない。

一番恐れていた事態、それを避けてくれた母。

未だ自身の存在は分からない、だけどもう深く考える必要は無いのだ。何せ母が認めてくれた。それだけで儲けもんだ。

後は父を説得するだけだが…まぁ案外早く打ち解けそうだ。




こうして私は、自身の存在の不可思議さに首を傾げつつ、それを肯定して生きていくことで、やがて忘れるようになった。

年齢を重ねる事に、周りが次第に私と話が通ずるようになったのだ。

それでもたまに喋りがおっさんくさいとか言われるが、そんなものは唯一つの個性として認識される。

だから私もそれが当たり前なのだと、疑問に思っていたことを疑問に思わなくなる。

母も父もそうだ。やはりおっさんくさいと言われるし、父とは話も合う。お前も成長したんだな、それで済む話だ。



私は更に成長し大人になった時、あの時の出来事を薄らぼらけにしか思い出せず、そして懐かしさを覚えるのだと思う。

疑問を笑い飛ばし、母と父と語り合っていたことの奇妙さに吹き出してしまうかもしれない。

だけどそれでいい。それが思い出となるのだから。

あの日考えていたことも、今思っていることも、未来の私からしたらかけがえの無い思い出だ。

恥ずるな、疑問に思うな、今を生きろ。

これは私が、嘗て生後2ヶ月にして『私』として確立したからこその言葉だ。



私はこれからの人生を、精一杯楽しんで生きようと思う。

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