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0.プロローグ

ないもの-ねだり【無いもの強請り】

 ない物を欲しがること。実現できないことを無理に望むこと。




「ふぅ…やっと終わった」

 近頃鳴き始めたセミの声をBGMに卒業論文との睨めっこを開始し、途中で何度も挫折と己への鼓舞を挟みながら、なんとか最低限の進捗を確保する事に成功した。これであの鬼教授にとやかく言われることはないだろう。進捗状況に関しては、であるが。

 一息ついて時計に目をやると、16時前。なんだかんだと言いつつ、5時間近く卒論と相対していたようだ。

「…とりあえず休もう」

 心身共に疲れた自分を癒すため、明日に控えた研究室の進捗報告会から目を逸らすため、俺は素早い動作でテレビゲームの電源を付け、セーブデータをロードする。


 何度も繰り返し見た画面、

 懐かしさを感じる平面マップ、

 主人公の軌跡を辿る2頭身の仲間達、

 そして言葉を発しない主人公。


 そう、このゲームは、3Dやら美麗やら自由度が高いやら、そんな謳い文句の代物ではない。数十年前に発売された古き良き8bitゲームそのものである。攫われた姫を助けだして諸悪の根源である魔王を倒すという、良く言えば王道、悪く言えばありがちなストーリーではあるが、だからこそ面白いと、俺は思っている。

 そして俺は、このゲームを何回もクリアしている。様々な武器・防具で挑み、様々なジョブで挑み、時には縛りを加えたりして。多様な条件下で魔王を倒し、その度に束の間の悦に浸る。なんと幸せな時間であろうか。

 しかし気付くと、普通にレベルを上げ、普通にジョブを選択し、普通に魔王へと挑むスタイルに戻っているのは、王道ストーリー故なのか。それとも、


「平凡な俺は、ゲームの中ですら平凡なのか」

 



 -Game Over-



 

 らしくない事を考えていた所為か、対して強くもない雑魚モンスターに倒されてしまった。画面が暗くなり、強制的に前回セーブした時点まで戻される。

 『おお あきら!

  しんでしまうとは なさけない…。』

 何度も聞いた、王様の台詞。しかし聞きなれているはずのそれは、どこかセンチメンタルな今の俺にちくりと刺さった。

「………あーもう、やめだやめだ!俺らしくもない」

 らしくない大声で独り言をまき散らし、らしくない思考と胸の痛みを放り捨て、ついでにゲームの電源を落とした。そのままの勢いでベッドにダイブする。

 ぼすっ…と心地よい音をたて、身体が沈む。目を瞑ってみると、存外疲労していたようで、程なくして睡魔が襲ってきた。抵抗する必要もないので、そのままゆっくりと微睡みの中へ意識を飛ばしていく。


 せめて良い夢が見れますように、と。




***




「………な…い…………めざ…な…い…」

 夢か、現か。仄暗く遠い意識の遥か彼方から、微かに女性の声が聞こえる。静寂に一滴の雫が落ちて波紋が広がるような、凛として美しい声だ。じんわりと頭に響くように聞こえてくるそれは徐々に近づき、次第にはっきりと聞こえるようになっていった。そして、


「目覚めなさい、レイバートよ」


 僕の名を呼ぶ声が、はっきりと、間近で聞こえた。声の主の姿は、見えないけれど。その声に引き寄せられ、遠くにあった意識が自然と自分の中へ戻り、意識を形成していく。声の主は、僕の意識が形を成したことを理解したのか、ゆっくりと諭すように語り始めた。


「私の声が聞こえますね、心優しきレイバート…。貴方は此度、勇者として選ばれました。

…魔王と呼ばれる強大な存在が、世界を、人類を、脅かしていることは知っていますね。魔王は日々邪悪な力を蓄え、魔物の軍勢を率いて、徐々にその支配を広げています。貴方には、勇者として魔王を打ち負かし、世界に平和をもたらしてほしいのです」


 “魔王”。姿形を見た者はおらず、その出自すら不明である。が、その存在と脅威は、誰もがよく知っている。

 最も堅固な守りを誇ると言われる城塞都市“アグノリア”を半日足らずで攻め落とし、その跡地に魔王の根城となる邪悪な城を建てたのだ。後にも先にも、魔物が隊列を組んで自ら侵攻してきたのはこの時、たった一度きりである。しかしそのたった一度きりの侵攻は、魔王やその支配下にある魔物の力の強大さを世界に知らしめ、震え上がらせるには十分であった。

 幸いにも、アグノリア王や民の大半は攻め落とされる直前に脱出し、近隣の街に身を寄せている。それでも、多くの兵や一部の民は魔物の餌食になってしまった。


 しかし、そんなことはどうだっていい。今はとにかく、謎の声の主に言いたいことが山ほどある。


 ただの村人でしかない、魔物と戦ったこともない僕が勇者?

 魔物と戦ったこともない僕が、魔王を倒す?

 木で出来た剣ですら握ったこともないのに?


 心の中に多くの反論と疑問が浮かぶ。しかしどれも、言葉として発せられることはなかた。いや、出来なかったと言った方が正しい。

 声の主は、僕の心中を知ってか知らずか、相変わらずの声音で言葉を紡ぎ続ける。


「何故貴方が勇者に選ばれたのか、それは貴方に資質があるからです。力の強さや経験は関係ありません。戦いの中に身を投じるだけでは培う事の出来ないものを、貴方は秘めています。それは必ずや魔王を打ち倒す力となり、世界を平和へ導くでしょう。

 さぁ、行きなさい。道はおのずと開かれます」


 声の主がそう言うな否や、どこまでも仄暗かった眼前が、徐々に明るさを帯びてくる。それは陽の光のように温かく、気付けば目がくらむ程に強いものとなっていた。

 目が覚める、と直感的に思った。同時に、声の主が遠のいていくような気配を感じた。


 待ってくれ。まだ納得しちゃいないんだ。言いたいことがたくさんあるんだ。


 そう強く思っても、またしても僕の口から言葉が紡がれることはなかった。

 何も出来ないまま、光は更に強さを増していき、


「頼みましたよ、心優しきレイバート。女神の加護を、貴方に―――」


 その言葉を最後に、僕の意識は途切れた。

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