拝み屋の女によれば
平成33年春、日本は深刻な不況に陥っていた。前年行われたオリンピックなど遠い昔になっていた。景気は悪化し企業も大幅に業績を悪化させていた。
それは地方都市K県M市にある回転寿司チェーン「風雅寿司」を展開する株式会社風雅寿司も同じだった。徹底的なコストダウンを行った結果、深刻な客離れを引き起こしていた。大手チェーン店に太刀打ちできないとして独自の経営を貫いた結果だった。店舗の閉鎖や食材費の削減などに加え更なるコストダウンが必要と判断した。そう、リストラだ。もっとも、昔から次々とクビにしてきたのでいまさらであったが、これ以上のリストラは危険だと思われた。そこで風雅寿司社長の六本木健斗殿が選んだのはリストラ候補を神頼みで選ぼうとしていた。もう何を削減すればいいのか分からなくなったのだ。
「これは社員の名簿です。ここには写真と個人情報があります」
六本木社長はそういって渡そうとしたが、自分と経理担当の妻と教育担当の愛人の分を抜いてから渡しなおした。
「ほんとうにいいか? 下手すれば全員を選びかねんぞ?」
依頼された拝み屋の女は全身黒ずくめ衣装の中から声がした。顔なんか分からなかった。
「いいです! 先生だけが頼みです! お願い!」
そういって室内に飾られた数々のお札や仏像、そして様々なラッキーアイテムにすがっていた。この六本木社長は所謂二代目社長で、偉大な父が築き上げた「風雅寿司」を発展させるところか存亡の淵に追いやるしか能がなかったが、その分人任せだけでなく神頼みすることが多かった。社員をリストラすればアルバイトを雇えばいい、いくらなんでもこの不況なら安い給料でも応募はあるだろうからと簡単に思っていた。
「わかった、では何を基準とするか? リストラする社員を決めるのは?」
拝み屋の女は即座に分かった事があった。リストラすべきなのは目の前の男だと。人の功績は自分のもの、人の責任は人がとる。自分の失敗は部下が悪い、ただ運が悪いだけ! なんて社長が経営している会社に未来なんて見えてこなかった。でも、ここはビジネスライクに徹することにした。
「それじゃあ、神仏に反する力を持っているのを! いるだけで会社の運気を下げるような妖怪の血を引いているようなのを」
そういって六本木社長は胸にしていたロザリオをかざしていた。拝み屋の女はなんて節操のない男なんだと呆れていた。もし許されるならお前だといいたかったが、渡された社員名簿に依頼者はいなかった。それで仕方なく選ぶことにした。
拝み屋は念じ始めた。これって全員をリストラするといった方が良いんじゃないかと思ったが、適当にすることはやめた。数分間向き合っていた時、ある一人の名簿に強い何かを感じ始めた。それは、数万人に一人いるかどうかという強うものだった。それは・・・残した方がよかっただろうけど、妖怪の血を引いているという基準なので選ぶしかなかった。そして、勝手にこんな会社にいる方が可哀そうな社員を数人選んだ。
「これでいいか? 十人だぞ!」
拝み屋の女は渡したが社長は不満顔だった。
「こいつか? わたしの麻雀友達で・・・S地区マネージャーだし、いてもらわないと」
そういっていたが、数人をはいはいと選んでいた。そして最後に残っていた社員のぶんをみると満面の笑みを浮かべていた。
「憲太じゃないか! こいつはわたしからすればなっていない奴なんだ。でもお客さんの受けがいいし、なんとなく売り上げに貢献していたが・・・やったぜ! ありがとう! こいつと縁を切れるぜ! これで風雅寿司も安泰だ!」
社長は喜んでいたが、それは拝み屋の女も同じだった。こんなに貴種な血筋の人間に出会えるなんて幸せなことだと。それが山村健太であった。彼の人生が今大きく開かれようとしていた。