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物繰りの魔女  作者: あずきりこ
第一章 リリティアと魔法使いマグニの家
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お待たせいたしました



 マグニさんのお世話になり始めて一か月がたった。慣れないことが多いけどなんとか暮らしている私はリリティア。ただのリリティアだ。

 というのも伯爵家とマグニさんの家での生活環境があまりにも差が激しいからだ。主に生活水準的な意味で。伯爵家では朝日が昇ってから沈むまでほぼぶっ通しで働き、途中暇を見つけてご飯を口に叩き込むような状況だったのが、今では日が昇ってから起きてマグニさんと一緒に家事をし、決まった時間にご飯を食べてお昼ご飯の後は勉強、夕ご飯を食べてからは家事をしつつまったりして、マグニさんに挨拶をしてから就寝というデータさんの知識でのザ・健康優良児模範児童のような生活。正直始めはカルチャーショックというか、衝撃が大きくてついていける気がしなかったが、人間とは慣れる生き物で――私が子供というのもあるかもしれない――最近はこの状況に慣れ始めている。同時に、この生活のありがたみと幸せをかみしめているところだ。マグニさん万歳。

 勉強も順調に進んでいる。文字、数字は割と早めに覚えることが出来て、今は絵本を読んで簡単な文章に慣れているところだ。自分で文章を書けるようになれば次のステップ、とマグニさんは言っていた。現在データさんの知恵を得つつ――効率的な覚え方とかコツなど――、いろんな本を読んで学んでいる。数字は足し算引き算が終わったところで、今は掛け算と割り算に取り掛かっている。伯爵家に出入りしていた行商人が持っていたものがそろばんという計算器具であることもついこの間知り、今度使い方を教えてもらえることになっている。

 魔術に関しては、二週間前から座学と実践の両方が始まった。どちらもまだ基礎を固めていくところで、マグニさん曰く「基礎こそ奥義の基盤」ということ。基礎が盤石じゃなければ、大掛かりな魔術が打てるわけもない、という話だ。今はひたすら体内の魔力を循環させることと、魔力の放出と魔術の構成を繰り返し行っている。魔力を扱う精度を高めることで、魔術の精度も同時に高めていくということらしい。

 そして今私は、家の外にある切り株に座って魔力の循環を行っている。

 マグニさんの家は森の中にあった。それほど深くはないが、そんなに見通しの良くない森には道が一本だけ奥に続いている。その先には町があるそうだが、私はまだ行ったことがない。時折出かけていくマグニさんを見送り、出迎えるくらいが今の私の行動範囲だ。私はまだまだ町に出せないくらい勉強不足のようである。

 閑話休題。

 魔力の循環は体内の保有魔力の意識から。目を閉じて動きを止め、私はただ呼吸するだけの『体』になる。耳を澄まして、森の音の奥の奥、葉擦れの音をも聞き取るような感覚に飛び込んでいく。

 始め、魔力の循環の話を聞いたときはよくわからなかった。自分の中に魔力があると言われても、私が実際に魔力の存在を感じたのはあの魔力光の景色だけで、あまり実感がわかなかったのだ。というか正直視界の暴力が強すぎてその辺の感覚はそんなに残っていない。

 マグニさんは「体の中にある温かいものを感じ取ること。魔力は体の真ん中あたりを核にして体全身に回っている」と言った。そのとき私の脳裏をよぎったのは、データさんのデジャヴ。「それ血管じゃね?」と。

 血管とは血液を体の隅々まで行き渡らせるための通路で、それはもう爪の先の先まで通っていると聞いて驚いた。「こっちでも同じ感じなんだね」と妙な納得が込められた念が送られてきたが、それより私はそんなことまで知っているデータさんにびっくりだよ。……え? 常識だったって? データさんの世界の常識にびっくりだよ!

 これまたビックスケールなカルチャーショックに見舞われつつも、データさんのくれた血管の知識は魔力の意識にすごく役に立った。心臓あたりから血液が全身に隈なく回っていくイメージを意識し、そこを探っていったら血液とは違う温かな流れを感じることが出来た。これが体を循環する魔力だった。

 体内を循環する魔力は常に無意識の中で動いている。それを意識の下において操作するのは中々難しいことだった。血液を自分で止めたり流したりするほど理不尽に難しいことではないが、「ずっと両手両足同じ方を揃えて歩け」というのと同じぐらいには難しい。マグニさんは「最終的に呼吸するのと同じくらい自然にできればいいね」と言っていた。とてもいい笑顔だった。鬼か。

 私は魔力の循環の流れを変えるのではなく、流れる量を増やしていくことにした。流れを変えると血液が逆流するみたいであっという間に気分が悪くなるし、正直できる気がしなかったところ、マグニさんがそう提案してくれた。マグニさん曰く私の持つ保有魔力はかなりのものらしく、訓練程度の酷使では枯渇しないとのことなので、気兼ねなく量を増やしている。ここで難しかったのは増量した魔力を滞りなく体中に回していくことで、ちょっとでも意識が逸れるとどこかで魔力が詰まり体調を崩してしまうのだ。眩暈、吐き気、立ちくらみ、最初コントロールが下手だったときは意識がぶっ飛びそうになったこともあった。ちょっと流れをいじっただけで強烈な眩暈と違和感が生じる循環の流れを変える動きよりはいいが……なるほど魔力は体の体調管理も担っているという訳である。

 少しずつ、蛇口をゆっくり捻るように流れる魔力の量を増やしていく。体の中に魔力が満ち満ちてもう一杯だというところまで増やして、そこからは逆に流れる魔力の量を減らしていく。気分が悪くなるすれすれまで減らしたら、また増やしていく―――最近はこの繰り返しだが、だんだんこの増減の幅が広くなってきた気がする。耐性がついたからかなんなのか、体に流し込める量が心なしか増えた気がするし、気分が悪くなるタイミングが前よりも遅い。前にマグニさんが修行次第で上達はするといっていたのはこのことか。

 千里の道も一歩から。塵も積もれば山と成る。うん、データさんは良いことを言うね! 座右の銘にしよう!


「……ふう」


 ようし、午前の実践はここまでにしよう。お腹の具合からしてもうお昼になりそうだ。今日はマグニさんが一日出かけているから、作り置きしてくれているおかずを鍋で温めて、あとはパンを焼いてお昼ご飯にしよう。昨日森でとってきた果物を剥いてデザートにするのもいいな。……一か月前まではこんなこと考える余裕もなかったというのに。私はそれなりにはこの生活に慣れてきているらしい。

 切り株から立ち上がり玄関のドアノブに手をかけ―――すばやく体をドアとの隙間に滑り込ませた。ドアがぴったりと閉まったのを確認して、のぞき穴から森の小道の様子をうかがう。


(誰か、くる?)


 魔力の勉強や実践を始めてから、いつの間にか私は周囲の魔力を感じ取ることが出来るようになっていた。魔力に体を浸すような実践を繰り返したからだろうか、まだ『視る』ことはできなくて眼鏡を外すことはできないが、魔力をもった「モノ」が自分の周囲にどれだけあるかだとか、どれぐらい離れているかとか、「モノ」の持つ魔力がどんなものであるかなどを大まかに知ることはできるようになったのだ。マグニさん曰く生まれ持った魔力の質とセンスが良かったからだろうと言っていて、データさんは「レーダーみたいだね」と言っていた。探知機というもので、探しものに便利らしい。ん? ちょっと違う? ……ううん、時々データさんの言うことがわからなくなる。けど物の名前ではあるらしいので、私はデータさんの言葉を借りて魔力を広く感知する方法を『レーダー』と呼ぶことにした。

 レーダーが察知したのはたった一つの魔力。形と性質からして、人であると思う。植物はもっと穏やかでそもそも歩かないから動かないし、逆に動物の魔力はもっと荒ぶっている。データさんは「思慮とかそういうのが人より少なくて、本能のまま動いているから」と推論してくれた。距離はおよそマグニさんの家が二個分くらい離れている。さてそろそろ姿が道の向こうに見える頃―――、


『え、その距離の表し方ってどうなの』


 データさんちょっと黙ってて! 数字については勉強中なの!

 ……はたして現れたのは一人の女性。若草色のワンピースを着たその人は手に籠を携えて、ゆっくりとこちらに向かってくる。あたりを見回す様子がなく、ここに来ることに慣れているような印象を受けた。

 ―――そう、女性はまっすぐにこっちに向かって、ってちょっと待って待って待ってタンマストップ怖い怖い怖い!


(いかんだめだこれなんかよくわからないけど怖い! 待って、ノックするの? このドアこんこんしちゃうの!? いやあああああ待ってやだ応答しなきゃいけないでしょやだよ怖いよ、でもマグニさんに迷惑がかかるのが一番嫌だけどいやでも待ってお願いノックしないでええええ!!)


 こんこん


「はひぃ!」

「こんにちは。マグニはいらっしゃるかしら?」


 にっこりほほ笑んだ女性は、のぞき穴越しに緋色の瞳でこちらを見ていた。




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