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物繰りの魔女  作者: あずきりこ
第一章 リリティアと魔法使いマグニの家
12/23

4




 次のお茶をポットに準備してリビングに戻ったちょうどそのときに、話は終わったようだった。


「ああ、リリィ、お茶ありがとう」

「ありがとうリリティアさん」


 二人はにっこりと笑って私からポットを受け取り、ソファーに座らせる。……本当はお茶をカップに入れるまでやりたかったのだけれど、マグニさんの笑顔が有無を言わせない感じで逆らえなかった。

 私がソファーに座り、自分の黒猫カップを手に取ってからも二人の表情は変わらなかった。マグニさんはかすかに口の端をあげ、ウリベルさんは微笑み、そのまま会話をすることなくお茶を飲んでいる。そこにあるのは硬直した空気。間に挟まれた私はまったくもって居心地が悪い雰囲気だ。

 どういうことなんだろう?


『リリィ、これ間違っても恋人同士が出す空気じゃないから。敵同士かそりが合わない人同士によくある空気だから』


 疑問に思っていたらデータさんに念を押された。うん、わかったよデータさん。じゃあこれ一体どういうことなんだろう?


『……なんだろうね?』


 聞かないでデータさん! データさんにわからないことを私がわかるわけないじゃないか!


「相変わらず、口が減らないようだねウリベル」


 先に口を開いたのはマグニさんだった。はっ、またあの怒涛のマシンガントークが来る!? と身構えるも、マグニさんの表情はなぜだか先ほどより安らいでいるように見える。凝り固まっていた何かがほぐれたというか、なんというか。

 するとウリベルさんの方も、ほうっとため息をついて困ったように笑った。その表情についさっきまでの緊張感はない。

 あれ? どういうこと?


「それはこちらの台詞ですわ。まさかリリティアさんがいる場所で吹っかけてくるとは思いませんでしたもの」

「つい口に出てしまったのだよ。リリィもすまないね。驚いただろう?」

「は? え?」


 マグニさんはおかしそうにふっと笑った。


「あれは私とウリベルの言葉遊びのようなものさ。喧嘩のように見えたかもしれないが、喧嘩じゃないよ。じゃれあい、とでもいえばいいか」

「ご自分でそれをおっしゃるのは少々気持ちが悪いと何度も申し上げておりますが」

「このウリベルの反応は照れ隠しさ」

「マグニ!」


 ウリベルさんの頬が赤く染まっていく。きっと睨みつけたその視線の先には、飄々としたマグニさん。肩を竦めただけで、堪えた様子はない。


「彼女は照れ隠しでよく毒を吐くからね。それに私が言葉で応酬する。この流れは、昔からずっとやってきたことだったから今更やめられないんだ」

「いい加減になさいませ!」

「はいはい」


 んんん? なんだこの空気。さっきまでとはまるで違う、優しくてふんわりしているのだけどさっきのよりさらに居たたまれなくなるこの感じ……。


『これが恋人たちの「いちゃいちゃ」ってやつよ』


 なるほど。これが恋人たちの普通の接し方、ということなのか。それにしてもデータさん、なんだかやさぐれているように聞こえるのだけど、気のせい?


『恋路の邪魔をする奴は馬に蹴られる、ってね』


 ううん? ……つまり邪魔をしたら痛い目に遭う、ってことなんだろうけど……データさん、どうしたんだろう? もう答える気はないみたいで、返事が返ってこないのだけど。もしくは自分で考えろってことなんだろうか。


(うーん……)


 データさんの反応からして、マグニさんとウリベルさんの関係、というかあの掛け合いは普通ではないのだろう。さっきデータさんは二人の空気感に違和感を覚えていたようだし、データさんから不可解そうな感情が伝わってきていた。つまり、マグニさんとウリベルさんのあの「じゃれあい」は二人独特のものであるということだ。そして恋人であることも事実。データさんも、そこは肯定していたし。やさぐれていたけど。


「……」


 私の目の前で、二人は楽しそうに談笑している。マグニさんが笑い、ウリベルさんが顔を赤くして答えを返す。口調は咎めるようだけど本気の様子はなくて、言い方も柔らかい。二人の様子にいくつか疑問があるけど――なぜウリベルさんは顔が赤いのかとか――、仲が悪そうな雰囲気は今のところ感じ取れなかった。


(ううむ……)


 人間関係って、難しい。


   *


 時刻はいつの間にか夕方になり、ウリベルさんはこの家に一泊することになった。マグニさんは「万が一にでも彼女が襲われ大事になることはないだろうが、まあ念のため」と言ってウリベルさんに小突かれていた。あれは少々本気の入った一撃だったと思われる。マグニさんは苦笑いだった。……ちょっと痛かったらしい。

 ご飯も食べ終えて、私は一番風呂をもらった。最初は存在すらしらなかった代物だが、今となっては欠かせない習慣である。お風呂万歳。ちなみにウリベルさんには一緒にどうかと誘われたが、全力でお断りさせていただいた。少ない時間の中で彼女と話すことに慣れたのかはわからないが、かなりしっかりと断れたと思う。断れずにウリベルさんと同じお風呂に入って、服の上からも輝いているのがわかるあの肌を間近に見ていたら……、私の中のなにかが決壊して羞恥に悶えていたに違いない。グッジョブ私、よく頑張った私!

 で、そんな私は風呂上りにリビングで本を読みふけっていた。いつもこの時間はマグニさんに勧められた本を読んでいるのだがウリベルさんがいるので遠慮しようとしたところ、マグニさんから構わなくていいとの返答を貰ったので、こうしていつも通り読んでいるのだ。


「お茶をどうぞ、リリィ」

「あっ、ありがとうございます」


 いつの間にか隣にマグニさんが座っていて、私にお茶を出してくれていた。本に夢中になっているうちに二番風呂のマグニさんは上がっていたらしい。首にタオルを引っかけ、水気で艶やかさが増した黒髪を見るに上がってからそんなには経っていないらしい。


「今読んでいるのは、『ビーストさんとエルフさん』か」

「はい! お、面白くて、つい何度も……」

「そうかそうか、それは良かったよ! 読んでいるとき、文章で躓いたことはなかったかい?」

「えっと、まだ述語とかが、ちょっと。ことわざとかも、あまりよくわからないところが……」

「そうかい。じゃあそのページを見せてごらん」

「は、はい。えっとこの辺の……」


 マグニさんに本を読ませてもらってから、私は本というものが大好きになった。文章を読んだり書いたりするための訓練、という目的もあるけれど、何より内容が面白い。本の世界に入り込んで、登場人物と一緒にドキドキしたり、わくわくしたり、時にはびっくりして怒って……、今まで感じたことのなかった感情を本の中で体験しているように感じるのだ。それは本のなかだけの話で、現実の私が実際に体験できるとは到底考えられないのだが、それでも本の中の物語に憧れを感じないわけではない。ただ世の中の人は、こうして感情を露わにしたり抱いたりするのだということを学べたのだ。

 一方で勉強にも役立ってくれているのもすごいところ。マグニさんは渡す本に書かれている文章の難易度を徐々にあげていき私の力になるようにしてくれているのだ。始めは簡単な文章や短いものばかりだったのが、今では独特の言い回しや遠回しな表現、ことわざなどが出て来る本を渡されている。そしてわからないところが出たら風呂上りの読書時間を使って、マグニさんにわからないところを教えてもらっているのである。


『わからないところはわからないと言いなさい。そこで教えてもらって、君がどう考えて自分のものにするか。それが君の力になるよ』


 マグニさんはいつもの雑な撫でをしながら、笑っていた。


「よしよし、中々読めるようになってきているね。これなら辞書片手に読んでも大丈夫かな?」

「じしょ? ですか?」

「うん、今私がリリィに教えている述語やことわざの意味がたくさん載っている本の事さ。ま、それは今度にするとして、リリィ、他にわからないところはあるかい?」

「他は……」


 そうだ。そういえば読んでいてわからない単語が一個あったのだった。

 するとそのとき、後ろで「ごとん」と何かの物音が。


「…………」

「うん? ああウリベル、もう上がったのかい」

「……ウリベルさん?」


 私とマグニさんが座るソファーの後ろにウリベルさんは立っていた。手から落としたのか彼女の足元にマグカップが転がっている。割れていないところを見ると怪我はしていないと思うのだが、なぜかウリベルさんは驚いたような顔をしている。


「辞書……辞書、ですか」

「ああ今の話聞いていたのかい? そうだよ、リリィは結構飲みこみが早くてね」

「い、いや、いやいやいやいや! もはやそういう問題ではないのでは!?」

「どうした? ウリベル。そんなに慌てて」

「……ああ、なんといいましょうか、この親にしてこの子ありと言いましょうか……」


 ? 私はマグニさんの子供ではないのだけれど……。


「言葉の綾というやつですわ、リリティアさん」

「!?」


 また心の声を読まれた。そんなに私はわかりやすいのだろうか。自分の表情筋はそんなに動いていないと思うのだけれど。

 不思議に思ってぐにぐにと自分のほっぺたをこねていたら、いつの間にかウリベルさんはマグニさんを部屋の隅に引っ張っていっていた。そして隅でぼそぼそと話をしていると思ったら、ウリベルさんは突然壁に背を向けていたマグニさんの顔の横に手を叩きつけ、先程よりさらに小さな声で話をし始めている。

 なんだろう、あれ。あの行動も恋人同士特有の行動なのだろうか。それにしてはマグニさんの顔が引きつっているようだけど。

 ねえ、データさん?


『あれは壁ドンというもの。女性がときめく行為』


 データさんから返ってきた答えはこうだ。しかしあの壁ドンとやらをやられているのは男性であるマグニさんで、やっているのはウリベルさんだから、壁ドンとは違うのでは?


『例外もある』


 ふむ。じゃあマグニさんとウリベルさんは例外の壁ドンをしたのか。掛け合いのことといい、あの二人は結構不思議な関係なんだろうか。

 考え事をしながらじっと見つめていると、二人ははっとした様子で勢いよく体を離した。


「―――ごめんあそばせリリティアさん、気にしないでくださいませ」


 私でもわかる見事に露骨な誤魔化し方ですウリベルさん。その笑顔は何もかもがどうでもよくなるくらいに綺麗なものですが、背後のマグニさんはなぜかほっとしているようすですよウリベルさん。

 だけどこれは、訳を聞いても教えてくれなさそうな気がする。勘だけれども。

 だから私はゆっくりと頷くだけに留めた。


「そ、そうそうリリティアさん! お話を少し聞かせていただいたのですが、本が好きなのでしょう? 今度わたくしと王都に参りませんこと?」


 誤魔化すように話し始めたウリベルさんの話題は、お出かけの御誘いだった。


「おうと?」

「ああ、ウリベル。まだリリィにはこの国について詳しくは話してないんだ」

「そうですの、ではご説明いたしましょう」

「ついでに地理関係の勉強についてもしてしまおうか」

「いや、マグニ? それはいくらなんでも……」

「大丈夫だ。リリィならこれくらいすぐ覚える」

「……」


 リビングにあるチェストから一枚の紙を取り出すマグニさんの背中を、ウリベルさんは大変複雑そうな顔で見つめていた。




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