アイス・ブレーカー/異世界BARに、ようこそ
ー異世界BAR。いつからかこの店はそう呼ばれていた。
私がつけた名前では無いが、誰がつけたかも忘れてしまった。そのくらい長い時間この店をやっている。
紹介が遅れました。私、この異世界BARのマスターです。マスターとお呼びください。
BARと言っても、お酒しかない訳ではございません。お客様のご要望にそった物をお出ししております。……おっと、早速お客様がいらしたようですね。
「マスターさん、お久しぶりです」
「いらっしゃいませ、レイジ様。お飲み物は?」
「コーラをお願いします」
銀髪を揃えており、紫色の瞳が特徴的な彼はレイジ様。賢者で沢山の魔法が使えるそうです。
「どうですか、そちらの世界は」
「この間魔王を倒して、今は世界中を旅してます。今度写真を持ってきますね」
「ありがとうございます。ご注文のコーラです」
レイジ様は未成年なのでお酒は飲めませんが、世界を救うという大役をやってのけています。最近の世界は凄いですね。
「あれ?こんな所にBARなんてあったか?」
おや?この方は初めての来店でしょうか?歳は40歳の人間……珍しい、世界番号4760のお客様ですね。
「いらっしゃいませ。初めて来店される方ですね?どうぞ、お座りくださいませ」
「お、おう」
お客様が席についたことを確認してレイジ様にコーラのおかわりを提供して……あ、ご注文を訊かなくては。
「何をお飲みになります?何でもどうぞ」
「じゃあお奨めのカクテル1つ」
ふむ……ならアイス・ブレーカーにしましょうか。打ち解けられるように……
「いい店だな。マスターは何時からこの店をやってんだ?」
「そうですね……六世紀以降は数えてませんねぇ……」
「冗談が下手だなぁ、ここのマスターは」
やはり信じられませんかね。まあ世界番号4000番台は疑い深いですからね。
「マスターさん、六世紀とは何ですか?」
おっと、レイジ様は分かりませんね。
「此方のお客様がお住まいの世界の言葉で300オルクのことです」
「成る程……トーキョーとかがある世界の言葉ですか?」
「あんた面白いこというな、東京がある世界なんてよ」
ふむ……冗談だと思っていますね。では1つお見せしましょうかね。
「見逃さないでくださいね?」
テキーラとホワイトキュラソー、グレープフルーツジュースにグレナディアンシロップとシェーカー……氷の入ったタンブラー。よし、材料は完璧。
あとはこれを放り投げるだけですね。ほいっとな!
「な……!?」
「あ、あれですか」
驚くお客様とショーを観るような目をしたレイジ様の視線を受けた材料達は空を舞い……
「よっと」
空中でカクテルになっていく。念力で操られたように正確に、人の手でやるように優しく、不器用に。
「私は人間では有りません。マスターという種族でありマスターという名の存在です。そんな私とこの店には様々な能力があります。これはその1つ、[万物を操る]力です」
あとはこれをタンブラーに注げば完成です。
「今日の今この瞬間が貴方の常識を崩すときになりますように……アイス・ブレーカーです」
アイス・ブレーカーをお出しした時から、あのお客様は黙ってしまいましたが、帰り際に「夢にしては美味しいカクテルだった」とおっしゃったので、「ではまた夢の中でお会いしましょう」と申して見送りました。
さて、遅れ馳せながらいらっしゃいませ。ここはありとあらゆる世界の方々の憩いの場。
ー異世界BARに、ようこそ。