慈善事業
オアシス、というだけのことあり、立派な建物が立っていて、中央には水が湧き出している噴水も存在し、左右には池みたいなものまで作られている。
観光ならば珍しいものとして、楽しむこともできたかもしれないが、今の俺は事情が違う。
そもそも、この国自体にも本来ならば、訪れる予定もなかったからな。
いかに予定を立てずに行き当たりばったりな旅を送ってるかが伺えるわ。
「着いたぞ」
「どうも。あんたも来るんだよな?」
「もちろんだ」
「せめて、可愛い女の子にしてくれよ」
「文句を言うな」
軽口にはあまり対応してくれないようだ。まあ、仕事だろうしそんなことに反応したところで何も利益は生み得ないな。
促されるように、開けられた部屋に入っていく。
中は、外からはとてもありそうには感じない事務室のような小さい部屋だった。
「連れてきました」
「ご苦労。君も腰をかけてくれ。ああ、君は仕事に戻ってくれ」
「し、しかし」
「大丈夫。私の腕を疑ってるわけでもあるまい」
「は、はい」
椅子に座っていた男に凄まれ、受付の担当は頭を下げて、部屋を後にした。
「……こんなところまでご苦労だな。勇者」
「セイバー・アーレンだな?」
「違う……とも言えんな。ここでは名前を変えているが、俺はセイバー・アーレンで間違いない」
「指名手配であることは知ってるだろ?こんなところで何をしてるんだ」
「俺が答える前に、お前が何を目的としてここまで来たのか聞こうか。何、俺の目的は大したことじゃない。もう後一ヶ月もすればここを発つ予定だしな」
「……一応、あんたの身柄を拘束するというのがクエスト内容で、表面上はそれで来ている。状態は問わないとのことだ。だけど、俺は別にあんたと戦いに来たわけじゃない」
「分かっている。戦意が感じられなかった。だから、こうして話し合いの場を設けたわけだ」
「俺が来ていると察知できたのか?」
「一度会っているからな」
「……ここに来たのは、最近幼い子供が連れ去られてるという事件がちらほらあるらしい。たった今、俺の目の前でもあったばかりだ。ただ、奇妙な点がいくつかあったから、ここに入る直前のお前を見て、こうして来た」
「見られていたか。極力姿は見えないようにしていたがな」
「お前がやっていたことだと認めるんだな?」
「ああ」
「その子たちはここにいるってことでいいんだな?」
「その通りだ」
「……なんでそんなことをする」
「……ついてこい」
セイバーは席を立ち、無機質な事務室から出て行く。俺もその後を追うように席を立った。
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歩いている回廊はどこか見たことのあるような雰囲気だ。
そりゃ大元は違うが、これは修道院に似通っている。
「どこに行くんだ?」
「来ればわかる」
他に特に会話をするのとなく、ただ足音だけが、回廊に響き渡っている。
「ここだ」
「……ずいぶん立派な扉なこって」
俺の言葉には耳を傾けていないのか、そのまま黙って扉を開く。
その中に広がっていた風景は、どこか寂しい空間だった。
「なんなんだ?ここは」
「見ればわかるだろう。子供達を集めている」
「なぜだ?」
「せんせー」
一人の子供がこちらに気づいて近寄ってくると、他の子供たちも雪崩のように一気に押し寄せてきた。
「よしよし。すまないな。今はちょっと相手ができない。少し待っててくれ」
「せっかくきたのにー」
「俺なら、ここでも構わない」
「少し、奥へと行こう。あんまり扉を開けておくものじゃない」
そう言って、扉は自動的に閉まっていく。そう軽々と開けたり閉めたりできるような大きさではないようだ。
「で、この子供達は?」
「元々、身寄りのない子たちだ。ある修道院に預けられていた……」
「なんか、腑に落ちない言い方だな」
「ああ。その修道院では子供達を売買していた」
「人身売買だと?」
「そうだ。だから、俺は首謀者であるそこの院長と上層部をこの手で手にかけた。後悔はしてない。売られるはずだった子供達を保護できたからな。残念ながら、すでに売られてしまった子もいたようだが」
神妙な顔持ちで告げる。確かに大問題だ。
本来救われるはずの子供が、きっと里親が現れたとか言いくるめて、金を受け取っていたのだろう。想像に難くない。
許されざる行為だ。人を救うための宗教ではなかったのか?自分たちが利益を得ればそれでよかったのか?
ただ、その問いに答えを返す人物はこの世にはすでにいないわけだが。
「あんたもここを発つんだろう?その後、この子たちはどうするつもりだ」
「大丈夫。次の指導者……という言い方は変だな。先生とでも言おうか」
「先生?」
「俺も、ここでは先生と呼ばれている。まあ、ここを孤児院と中はしながら、外面は観光地としてもう少し展開していこうと考えてる」
「ご苦労なことだな。候補者がいるならそれでいいんだが」
「多分、お前もよく知る人物だろう」
よく知る?
この国での知り合いなんて、一人しかいない。
「いや、あいつに任せるのは大概だと思う」
「だが、子供を使って商売しようなんて精神の持ち主ではないだろう」
「……待て。なんで、お前があいつのことを知っている。この国では英雄かもしれないが、お前自身がこの辺りに来たのは、そんなに日が経ってないだろう」
「接触はしている。彼女がここを避けていたのも、俺がここにいることが原因だろう」
「…………」
「まだ何かあるのか?」
「いや」
「なら、時間はあるか?」
「元々、捜索に当てるための時間だからな。こうも簡単に見つかって、真相も明らかになったとなっちゃ、俺は今暇だ」
「回りくどい言い回しだな。少し外に出よう」
「子供達はいいのかよ。先生」
「大丈夫だ。子供というのは俺たちが思っているよりも聡い。それに、ここでは出来ない話だ」
「わーったよ」
子供たちに手を振ってみたが、あっかんべーしたり、自分のケツ叩いて挑発してるのもいた。
教育がなってないぞ。これだからクソガ……ごほん、クソおぼっちゃまは……。
「あんまり直ってないぞ」
「俺は男のガキが一番嫌いなようだ」
「あまり目くじら立てるものでもあるまい。そんなんだから周りからガキ扱いされるんだ」
「いや、そこまでされてる覚えはないんだが……」
あそこまで分かりやすい挑発は俺はしない。
あえて、対象となる人物だけが気づくような挑発をしていくスタイルだ。
そこまで頭のいい言い回しができるほど俺は頭は良くないが。
「まあ、お前が年相応の扱いを受けているか、年相応の振る舞いをしているかどうかなんてことは俺にはどうでもいいことだが」
話してるうちに、建物の裏側に出てきた。
植物など育たないような場所かと思ったが、さすがはオアシスといったところか、観葉植物といったようなものが生えている。
別に景観に関心があるわけではないが、褒めるべきものではあるだろう。
セイバーは近くの木陰に座った。
「こんなところで何を話そうってんだ?」
「……時にお前のところの姫君は元気か?」
「誰のことを言っている」
「とぼけるか。それもいいだろう。かといって、選択肢としては一人しかいないのだからな」
姫君。アリスのことを指しているわけではないだろう。
俺たちがもっとも丁重に扱ってる存在。ロロちゃんのことだろう。
こいつがロロちゃんことを聞いてくるということは、薄々感づいてはいたが、これで確信に変わった。
「やっぱり、お前は魔王、ハデス・アークハルトだな?」
「そのとおりだ」
「魔王が人間の子供を保護する慈善事業か。自分の娘もほっといてか?」
「娘に合わせる顔がなくてな。それにお前たちのところで楽しくやっているのなら、それで構わん。俺のところにいても、結果的には辛い思いをさせるだけだ」
「会う気はないのか?」
「この姿も仮のものだ。今のこの姿で会っても、あの子は分からんだろう」
確かに今の姿はかなり若い。俺と同い年ぐらいだと言っても通じるぐらいだ。
初めて会った時は、それこそ魔王と形容するのにふさわしい、厳かな雰囲気をまとわせていた。
あの姿では、子供たちを先導することはできないだろう。
自分で分かってるあたりは、上位種族といったところか。
「まあ、あんたが会わないっていうなら俺は構わんよ。でも、その姿で会おうと子供って気づくもんだと思うけどな」
「そうだと願いたいものだ」
「……一つ聞きたい」
「なんだ?」
「今、あの城はどうなってるんだ?」
「もぬけの殻だ。現時点であそこにたどり着けるものもおらんし、ゲートも封鎖している」
「モンスターがこの世界に現れなくなったのは?」
「俺が強制的に撤退させた。一部上級モンスターを除いてな。それぐらいの力は残っていた。そもそも城を無理やり押し上げたぐらいだしな。その力を使えば、お前たちを倒せていたのかもしれんが」
「今更な話だろ。それにお前は戻る手立てはあるのか?」
「なければ、わざわざ降りてきたりはしとらん。……そうか、お前たちにはないのか」
「元々あんたの娘のロロちゃんを魔王城に連れていくための旅だったんだ。あんたが連れてってくれるってんなら、それでいいんだが」
「本音か?」
「そんなわけはねえだろ。いられるものなら、ずっと一緒にいたい。ただ、最善を考えるのなら、父親のあんたが一緒にいてやるべきだ。何年ほったらかしにしてんだよ。あの子は俺たちと会うまで、ずっと一人で生きてきたんだぞ」
「…………」
「何も言い返す気はねえのか。それでも父親か⁉︎」
「……そんな簡単なもんじゃねえよ」
「ああ?」
「てめぇのガキ一人も持ったことのねえ奴が、いっぱしに親を語ってんじゃねえつったんだよ‼︎」
立って話を聞いていた、俺の腹に拳を打ち込む。
俺はくの字に、折れ曲がり、その場に崩れ落ちた。
「ぐ……ああ……確かに……親になったことなんて……ねえよ。うちの親父もクソみてえなやつだったし……今でも恨んでる。だが、俺を見捨ててまでどこかへ行っちまうような奴じゃなかった」
息が少し整ったところで立ち上がる。
右手に握りこぶしを作り、力を込める。
「親なら、責任持って自分の子供の面倒ぐらい見ろって言ってんだよ‼︎」
魔王の顔面に一発拳を打ち込んだ。
少しのけぞったが、さすがに倒れるほどではなかったのだろう。
鋭い眼光が俺を睨みつける。
「何年だよ……あの子は何年、ああして一人でいたんだよ」
「今年で5年だ。あの子を外に逃がしてから。俺は……何もしてやれなかった。こちらにいても、俺たちは人間ではない。お前たちみたいなやつらとは限らない。どこかで迫害されるだろう。同じ人間だというのにあるぐらいだ。だが、魔界に帰ったところで結局、何もやることもなすべきこともない。あそこは空虚な世界だからな。俺たちが使う魔法だって、本当は娯楽の一環だった。だが、そんなものでいつまでも過ごせるわけでもない。だから、先代は人間界へと足を踏み入れたのだろうな。ここは何でもあった。望めば手に入るものがたくさんあった。だが、突如現れたのだから、俺たちは危険因子として、お前たち人間から攻撃をされた。そりゃ、黙って攻撃されてるわけにもいかないからな。抵抗をした。そして、いつのまにか魔族対人間という図式ができちまった。なんで今も絶えないと思う?」
「…………」
今度は俺が黙り込んだ。
魔族は悪。学校ではそういう教えだろう。
だが、俺は学校には行かず、親父から聞いてきた。親父は「俺はまた争ちまった。本当は歩み寄れるのかもしれなかったのにな。だから、お前はお前のやり方で、魔王と会った時になんとかして見ろ」
これだけは、なんとかして答えを探そうとした。
もっとも魔族の方も、人間は敵だと認識してしまってるから、歩み寄るチャンスが少なくなってるんだと思う。
だから、敵対関係は俺の……俺たちの手で終わらせたいと俺は願っている。
「どちらもどちらともお互いを敵だと認識しているからだ。姿、生活習慣、その他諸々、自分とは違うところがあれば、それを毛嫌って排他的に扱う。だから、いつまでも相容れない。娘もそうだ。俺の子供であるから、魔族でもよそよそしく扱われ、こちらの世界でも、俺の子供だから危険因子として襲われたことも何度かあった。聞いてるかもしれないが、だから、姿を擬態させる魔法を教え、魔王城の外へと逃した。結局、俺の近くにいては不幸にさせるだけだからな」
「ロロちゃんは……」
俺は一度、言葉を切る。うまく口に出せるかどうかわからないけど、俺の言葉で伝えよう。
「少なくともあんたを恨んでなんかいない。今でも、あんたところに戻りたいって願ってる。あんたがしたことが正解とも間違いとも言わない。それはあんた自身が決めることだしな。あと、俺は魔王であるあんたを倒そうとは考えてない。元々敵対する必要もないんだし、この世界には魔族以外にも人ならざる存在がたくさんあるし、共存してるところだってある。全員が全員受け入れてくれるわけじゃないけどさ、俺は歩み寄りたいって考えてる。ロロちゃんを見てたら、あんたが悪い奴じゃないって思えるんだ」
「本来、住む世界が違うんだ。俺たちは異物でしかない。少数が受け入れようとも、大多数が受け入れないだろう」
「なら、俺が、橋渡しになってやるから。俺は勇者だ。今は落ちた名だけど、俺が受け入れさせてやる」
「できるといいな……。そろそろタイムリミットだ。俺はまだここでやることがある。それと、礼だ」
ポケットから二つほど石を取りだし、俺に投げ渡した。
「ったく、せっかく分けてやったのに、放り出しやがって。話を聞かせてもらった選別だ。もっとも、奪ったのも俺だけどな」
「そういや、この辺りに悪魔は?」
「北のほうだな。そこに1人配置させてる。まあ、力を取り戻しつつあるのなら、そこまで大したやつでもねえよ」
「ハデス。あんたはこれからどうするんだ?」
「……三ヶ月だ。三ヶ月後、城の真下へと来い。城へと行く道を繋いでやろう。せめて、勇者と名乗るのなら、俺ぐらいはしっかり倒してみろ。ここであったことは娘には黙っておいてくれ。じゃあな」
俺の質問に答える形ではなかったが、目的は果たせたような気がする。
三ヶ月。俺たちのタイムリミットだな。
その三ヶ月が過ぎたらどうなるかわからないが、明確な目標があるのは、モチベーションに繋がる。
今日のところは、子供たちの現場の報告と宗教が何をしていたかのを言わせてもらおう。




