魔王の娘は何を思う
月が頭上に見え始め、歩みを止める。
「今日はこの辺りで野宿だな」
「ええ~また~?」
「不服か?」
「まだ前見えるよ。もう少し進もうよ」
「ロロちゃん。旅の基本はね、無理をしないが鉄則なの」
「なんで?多少は無理しないといつ侵略されるか分かったもんじゃないでしょ?」
なんで、魔王側の相手に人間界が侵略される心配をされているんだ?
この子はこの子で、人間界を好んでいるのだろうか。それとも、自分の主観による一般論で言っているのか。
ウィナはロロちゃんを諭すように語りかける。
「人間は基本的に日中に行動する生き物なの。だから夜に寝て体力を回復するんだけど、ギリギリまで動いてたら回復する時間もなくなっちゃうでしょ?」
「ウィナが回復魔法使えばいいじゃん」
「あれは、傷は癒えても、体力が回復したりするものじゃないから。それに私にだって、魔法を使える限度はあるからね」
ここだけの話だが、旅の途中でこいつの魔力が底つきたのは見たことがない。魔法使いの家なだけあって、昔から魔法については他より群を抜いていた。だからこそ、二年前も大人たちを差し置いて旅に出たわけだ。
そして、何故か知らんが初旅の際には15~18の人間を二人行かせることとなっている。若い芽が育たんといかんからとかそういう理由だろうか。大体4~5人のパーティを組むことになっていて、あとの2~3人は男女混合で旅の経験があるものとしている。こちらの理由としては15~18のほうに女の子がいた場合のことを考慮してのことらしい。だから、下手をすると男5人とかむさ苦しいパーティを組むこともある。
俺の時は幸いにもウィナがいたので、もう一人女性の方がいらっしやったのですが……。
いや、正直あの人のことは思い出したくない。
俺は大きくため息をついた。
「ほら、ソードも疲れてるみたいだし」
「疲れてるんじゃなくて、思い出したらため息をつきたくなったんだ」
「セドさんのこと?」
「あのオッさんは今はどうでもいいや」
どうでもよくないけど。防具返せよちくしょー。がんばって揃えて、お気に入りのやつだったんだぞ。性能は防御力は弾丸をも跳ね返し、ウィナレベルの魔法でも傷がつかないという大変高性能なものだ。
それがなんだ?俺、立派な農家になれるぜ。農家の人disるわけじゃないけど、勇者としてこれはいただけない。
「じゃあもう一人のほう?」
「ああその通りだ」
「そう……」
ウィナもそれ以上は語らない。ウィナには優しかったが、それ以外が非常にアレだったので、察してはくれるんだろう。
「もう一人って?それにセドって誰?」
「ああ。俺たちは以前にも旅をしてたことは知ってるな?その時に一緒に旅した人だ」
ぶっちゃけあの人選はどうだったのか
と疑いたくなる。
「へぇー。どんな人だったの?」
「いや、二人ともめちゃくちゃだったわ」
「うん。めちゃくちゃだった……」
俺たちはロロちゃんから目を背けて、虚ろになる。
二人とも血の気が多く、互いに意見を違わせては派手に喧嘩しあっていた。それは日の出になっても終わらないこともしばしばでどちらかが飽きるか、ウィナが仲裁に入るまで殴り合いだからな。俺は行っても、簡単に弾き飛ばされるのでウィナに仲裁に入ることを咎められた。俺が主人公!と言ったが、主人公でも二人より弱いことが確かだったので、おとなしく引き下がった。
セドのほうは料理人とか言ったが、戦闘に関しては僧侶だ。補助魔法を得意とするはずだが、何故か自らが攻撃することの多い謎のオッさん。歳は現在26かな?俺の防具を剥ぎ取って、どこかで修行を積むことにしたらしい。返せ。
もう一人はエド・ウォーカー。女性。年齢不詳。でもそこまでいってるようではなかったから多分セドのオッさんと同じ歳ぐらいだと思われる。職業は格闘家。体格はゴツいわけではなく、機能美に優れた体型だったが、破壊力が段違いだった。特にウィナのことは可愛がっていて、心酔していたようだが、反面俺たち二人には厳しい、厳しいアンド厳しいのコンボだった。旅に出る前から瀕死の状態にされかけるし、口答えしたら、鳩尾に鉄拳食らうしで、あの人に対しては「はい」、「分かりました」と頷く機械になっていた。恐怖って刻まれるものだね。
戦闘に関しては前述の通りベラボーに強かったので、近接戦闘についてはよく教わった。あの時のあの人の目は輝いていたが、その輝きがボクには怖かったです(震え声)。
「と、まあ2人についてはこんな感じだ」
「うん。とても怖い人だってことだけは伝わってきたよ。ソードに至ってはよく生きてたね。……そのまま亡き人になっててもよかったけど」
何つった今?俺は聞き逃さなかったぞ。最近よくありがちな難聴主人公じゃないからな!耳掃除だって毎日ちゃんとやってるぞ!
「ロロちゃん。人に向かって死ねとは言っちゃダメだよ。ソードがロクでもない穀潰しだとしても」
最後の一言余計じゃないですかね?しかも、ロロちゃんのほうは、猫で1日見てただけだから、俺のことそこまで知らないはずだから、変な評価植え付けないでくださいませんかね?
「勇者は魔王族の敵!でも、今私も弱いから強くなってから!マクラを高くして寝られると思わないでよね!」
「へいへい。せいぜい強くなってください」
「ムキー!バカにしないでよー!」
ロロちゃんが強くなる頃には、俺も強くなっているということをこの子は見落としてるからな。
それにしても、俺の力は消失してしまったのか、魔王に奪われたのか。
そして、俺が修行を積んで強くなることが出来るのか。今回の旅は今までのようなボスモンスターもいない。いや、もしかしたらいるかもしれないけど、現状はいないと見たほうがいいだろう。強くなる手っ取り早い方法は、自分より少し上の相手と戦い、勝利することだ。
ウィナに手伝ってもらってはいるが、現状では実力が離れてしまっている。それもそのはずで、ウィナのほうは旅が終わってからも学校で魔法の修練に取り組み、かたや俺は旅が終わったのをいいことに自分を高めることもせずだらだらと過ごしてしまった。
これは、俺に対する罰だろう。装備も、力を失ったのも。
「ソード。難しい顔してどうしたの?」
「ん?いや、ロロちゃんも強くならなきゃ俺ごときも倒せないぞ」
「頑張っちゃうもんね。パパにソードの首をプレゼントするんだからな」
「そりゃ怖いな」
魔王族と和平交渉はできないのだろうか。
「でも……せっかく仲良く慣れたのに、失うのもやだな……」
それは小さく、か細い声だった。
いつも気張ってる子だ。ここは聞かなかったことにしてやろう。茶化したところで噛みつかれるだけだ。
「私ね、魔王の娘だからね、こうして対等に扱ってるくれる人がいなかったんだ」
何を思ったのか、ロロちゃんは語り出す。
「魔界は魔王族と一部の魔族しか話せないし意思の疎通が測れないから、当然なんだけどね。だから、私たちはここに来た。私はパパが何をしようとしてるのか分からなかった。ここは私たちにとって天敵がいるんだから。意思の疎通を測るにもまず、その交渉すら成り立たない。いつも勇者が立ちはだかるんだ。攻撃されたら、こっちも攻撃するしかない。先祖はいつしか、人間界を征服して自分たちがやりたかったことやってやる、というのを信念としたんだ。そんなのだから、いつまでも征服はできないし、私も誰にも構ってもらえなかった」
晩御飯を作るためにつけた火が消えかかっている。これが消えたら、俺たちは寝ることにしている。
風が吹いて、その火を揺らした。
「唯一ね。変身はすることができた。魔王族である証明のこの角を隠すためにはそうするしかなかった。生きてくために。こっちにきてからはずっと、ソードに会った姿で過ごしてきた」
さすがに四六時中は辛いから数日に一度は人目につかないところで戻ってたけどね、と照れて笑う。
「猫の姿である間は可愛がってもらえたし、ご飯にもありつけた。寝床もあったし、でも、それでも対等に扱ってはくれなかった。そうだよね。所詮は家畜なんだから。愛でるだけの愛玩用のものなんだから」
ウィナも俺も黙って、ロロちゃんの顔を見つめている。ロロちゃんは視線を落としていて、俺たちの顔は視界に入っていないように見える。彼女は誰にも届いてない独白を続けているようだった。
「何度かばれちゃったりもしたんだ。その度に逃げて、逃げ回って、また新しい居場所を求めて。それでたどり着いたのがソードたちのいる街だった。ちょうど、凱旋パレードでもしてたのかな。街全体が活気付いてて、みんなキラキラしてて、薄汚れた猫になんて見向きもしなかった」
確か、会った時は毛並みは揃っていたが、誰かにそのあと拾われたのだろうか。
「優しい人はどこにでもいるんだね。身なりは偉い人みたいだったけど、私を懐に隠して家まで連れて行ってくれた。鳴いたら気づかれることも知ってたから、出来る限り鳴かないようにして、お世話してもらった。その時にソードのことも知ったんだ。その時はお兄ちゃんって呼ばれてたけど」
身なりが偉い人で、俺をお兄ちゃんって呼ぶ人?って、心当たりは一人しかいないが。
「姫か……!」
「そうそう。お姫様。学校行ってたみたいだけど、お兄ちゃんが行かないから私も行かないとか言って引きこもっちゃったけど、今大丈夫かな?私も出てきちゃったし」
「猫好きなんだ〜って、言ってたしな。しかも滅多に鳴かないなら王様も気づきようないし」
それに姫自身も王様から距離をとってたみたいだし。これが原因なのか、単に学校に行ってないという事実を知られたくなかったのか。保護者だし連絡いってると思うけど。
本当にどうしましょうか姫様。
「一度、会いに行ってみる?なんか本格的に心配だよ」
「明日にでも行ってみるか。転移魔法使えるか?」
「まあ、私の転移魔法は最後に印をつけた場所にしか転移できませんが」
「それってどこ?」
「うちの店の前」
「今日帰りましょうか」
「そんなこと言わんでも、野宿を楽しみなさかい」
どこの生まれだお前は。語尾が変だぞ。
「仕方ねえな。明日戻るからな」
「あっ、私の転移魔法は定員二名なので、ソードは徒歩で帰ってきてください。モンスター出ないし、いいでしょ?」
「イジメか!ここまで2日かけて歩いてんだぞ⁉︎」
「あ、あのさ。私、猫に変身できるし重量が問題なら……」
「大丈夫だよ。ロロちゃん、心配しなくてもちゃんと一緒に帰るから。私なりのジョークです」
笑えないジョークでしたが?マジで一人で寂しくノコノコ帰るかと思いましたよ?
「ロロちゃん、今までは一人だったかもしれないけど、魔王の娘だからって、私は遠ざけたり、退けたりしないよ。だって、友達でしょ?」
「ともだち……」
慣れない言葉なのか、うわ言のように、その言葉を何度も繰り返す。
「その……迷惑かな?人間だし」
「う、ううん。友達!ウィナ大好き!」
「私も好きだよ」
胸に飛び込んできたロロちゃんをウィナは優しく受け止める。
仲良きことは美しきかな。
「ソードは違うから勘違いしないでね」
「ええ⁉︎お兄さん衝撃の事実!」
マスオさん風に言ってみました。やってみると楽しいよ。マスオさんの『ええ⁉︎』って。
俺も友達の輪に入れてよ。俺、友達って呼べるの、ウィナと王子と姫しかいないんだよ。機から聞いたら、すごいラインナップである。勇者って便利な役職。
「えへへ。なんか楽しいな。ずっと、続けば……いいのに……」
言葉が尻すぼみに小さくなっていく、どうやら眠ってしまったようだ。それにならうように、火も消えた。
「俺たちも寝るか」
「川の字で寝る?」
「いいのか?」
「いいじゃんいいじゃん偶にはさ。昨日だって、見張りだったんだし、あまり寝れてないでしょ?」
「でもな……」
「そんなに、私と寝たくないの……?」
上目遣いでそう尋ねられる。断れるわけがない。でも、断らないと理性も何もあったもんじゃない。
俺が我慢すればいいだけだと、心に言い聞かせ、ロロちゃんを真ん中に川の字で寝ることにした。
俺、耐えられるかな……。
モンスターの攻撃よりもきつい夜だった。