旅の原点
「ここからが俺のターンだ!」
「うるさいよ。夜になったら急に起き出して……」
「むしろ、夜に起きてなかったら昼死んでるし、動く時ねえぞ?」
「夜に騒ぎ立てるから昼起きてられないんでしょ?学習しなよ」
「そう言われてもな……」
すっかり慣れてしまった生活習慣はいきなり直そうとするとかえって体に悪い。徐々にならせばいいのだが。
「まだ、11時だぜ。オールナイトいけるぜ」
「もうノリが進路先決まった三年生だよ。その先に地獄を見るとも知らずに、騒ぎ立てて現実に引き戻された瞬間に理想とのギャップに己の無力さを感じるんだよ」
「やけに具体的だが、どこ情報?というか、高等部は3年までだったな」
「私も今年、卒業だったんですけどね」
「年齢で言えば俺はすでに卒業してどこかしらに就職なり、研究なりしててもおかしくないんだが」
「卒業は疎か、マトモに学校に行ってない人が就職も研究もできると思うな」
「就職はともかく研究ぐらいならいいだろ」
「何を研究するの?」
「新しいブラック企業の育て方」
「どこも支援出さないどころか、どこかで摘発されるような気がする。てか、ブラック企業ってなに?」
「これだから。世間知らずのお嬢ちゃんは。説明してやろう」
ブラック企業。要するに、超過多で働きすぎのはずなのに、低賃金な企業を指します。サービス残業当たり前。サービスだから当然その分の給料は出ません。週休どころか、月休1ということも。最近は週一で休みがあれば優しいと思う人も出始めて、ブラック企業に汚染されてることが伺えるね。これと、正反対の言葉でホワイト企業がある。こちらは基本週休二日で、残業手当もしっかり出ます。就職するみんな、行く企業がブラックかホワイトかはしっかり見極めようね。お兄さんとの約束だぞ。
「半分ニートに言われても説得力に欠けるな〜」
「でも、就職飢餓だから、選り好みできないのも現実だぜ」
「ソードの場合選り好みじゃなく、選択肢がないの間違いでしょ」
「専業主夫になろうかな……今更学歴取れねえよ。王様、俺を飢え死にさせようとしてるだろ。ウィナのところで雇ってくれるか養ってくれるかしてくれよ」
「なんでその二択しかないのか判断に苦しむんだけど」
「学歴ってなんなの?」
「そっちには学歴はないのか?」
「だって、王位継承制だし、ちゃんと言葉話せるのが、魔王の一族ぐらいだもん。だから、魔王一族以外は手駒にしかできないんだよ。私たちがさせてるんじゃなくて、そうせざるを得ないの」
会話は成立するけど、自分の考えで動かないということか。そもそも、そういう思考を持っていないと言った方が正しいかもしれない。ちょっと魔界のほうに興味が出て来た。
「まあ学歴っていうのはな、学校つうところに通って、ちゃんとそれだけの知識がありますよって証明するものだな」
「学校ね。必要なことはパパが教えてくれたから。そもそも魔界に学校というシステムがないし」
考える頭を持ってるのが魔王一族だけっていうのも考えもんだな。あとのやつらは経験則かなにかで学ぶのか?本能の従うままに動くのか。
それなら、必要なものを買ったりするのとかどうするんだろう。経営者とかいないじゃん。
「ロロちゃん。魔界でいいのか?そっちは通貨とかあるのか?」
「通貨?」
「お金だお金」
「あ〜お金ね。こっちの世界の人はうまいこと考えたよね。お金という、全世界の人が認めた価値のないものを価値のあるものとして使うなんて」
ものすげえ偏見だ。お金はきっとあれだと思う。働いても形とならないものを形として渡してくれてんだと思う。
「こっちは同等の価値になるように物物交換だよ。まあ、大体みんな自給自足だから等価交換なんてこと自体が発生することが少ないんだけど」
「そっちだと、どういうものが需要があるんだ?」
「なに?こっちで商売でも始める気?」
「気になるだけだ」
あわよくば、魔界に行って荒稼ぎしてもいいかも。向こうに何があるか知らないけど。でも、向こうで価値があっても、こっちで価値があるものとは限らないしな。逆もまたあるかもしれないが。
一番の問題点は向こうには金の概念がないみたいだから、下手すると形として残らないかもしれない。
「困ったな……」
「本気でやる気だったの?」
「いっそのこと勇者という役職を放棄したくなってきた。なんだよ勇者って。履歴書なんて勇者(笑)だぞ」
「仮にも世界救ってるならそんな扱いにはならないと思うけど……」
「お前はちゃんと学校に通ってるし、このまま行かなくても王様が卒業ぐらいはさせてくれんだろ」
「それはそれでちょっと引っかかるんだけど……」
「ねえねえ。なんで、ソードは勇者やってるの?」
「聞きたいか?ロクでもない親のせいだけどな」
「あわよくば勇者の弱点がわかるかも」
「聞こえてるぞ。弱点も何も、弱体化してる時点で、今なら誰にでも倒せるぞ」
せめて、防具はいいから剣が欲しい。攻撃こそ最大の防御だぜ。反対で防御こそ最大の攻撃みたいなのはあるかもしれないけど、攻撃力低かったらモンスター倒すのに時間かかってかなり面倒だと思う。
「いいから、どうして勇者になったのか教えてよ」
「しょうがないな。てか、ロロちゃんは眠くないのか?」
「夜の方が元気」
「魔界に住むのってやっぱり夜行性なんだろうか……」
妙に親近感が湧いてきた。俺、もしかして魔族ですかね?
「どう思う?」
「いや、私が知ることじゃないし、魔王一族もどこかの分岐点で人と結婚したとかいうのもあるし、辿ってけば、血が混じってるって可能性もあるんじゃない?」
「だてに120年生きてないな。なりはちっこいけど」
「ちっこい言うな!そして話をそらすな!」
「ああ、俺が勇者になるきっかけね」
何から話したものか。
そもそも、俺が勇者になったのってそういう血筋だからとしかいえんのだが。親父が急に覚醒して、勇者やりだしたらしい。勇者の定義も曖昧だし、王様が認めればそれで勇者となるらしい。大体10〜15年周期で世代交代をしていく。先代に子供がいれば、受け継ぐ意思があれば、そのままその子供が勇者となり、いなければ、学校に通っている子供で能力の高く、実戦経験があるものが王様から指名を受けるというものだ。
俺の場合は、親父が先代勇者だったせいで、引退するまで連れ回されて、戦闘のノウハウを叩き込まれ、ひたすら修行に明け暮れた。実のところ10〜15年周期だから、俺の前にもう一人、勇者がいたらしいのだが、消息不明。魔王にやられたとみんな推測している。
魔王も魔王で、なんか新しい勇者が就任するたびに狙いすましたかのように侵略を開始する。
誰かの誰かによる余興なんじゃねえのか?魔王がどこからかこっちの世界を見て、来ているのかもしれないが。
だから、俺はなるならない以前にやる意外に選択肢が与えられてなかったのだ。ママン、あったかいご飯が食べたいよ。よくあんなクソ親父と結婚する気になれましたね。
「まあ、そういうことだ」
「最後のただのグチじゃん。勇者のパパは何やってるの?」
「えっちらこっちら農作業をしてるぜ。もしかして、あの鍬、親父が使ってたもんじゃねえだろうな」
そのまま流用して、壊れかけのものを渡したとか、元々壊れてたのを偽装して使えるように見せかけてたとか。
「今更だけど、おじさんの装備使えばよかったんじゃない?」
「あいつ全部納品して、金に変えやがったからな。王様が管理してると思うが、たぶん王子が使ってんじゃね?丈にあってねえかもだから、使ってない可能性もあるけど」
「いや、装備も全身覆う必要はないし、守りたい部分を覆えてればいいんだから、そんなに大きくないと思うけど」
「なんだって、ゲームの装備はピンポイントでサイズが合うものを拾えるのか謎だぜ」
「ゲームだから拾って装備できませんじゃ意味ないからでしょ」
ゲームじゃ大概、街で買えるものより、拾い物の方が強い。さらに言えばイベントで手に入るものは強い。課金制のゲームは除きます。
「何?課金制って?」
「最近の子供のブームだと。タッチパネル式でゲーム内でしか使えないコインを使って、強くなっていくんだと」
「それはゲームをやってれば手に入るものなの?」
「いや、現実の金を換金して買うみたいだ。不可逆だからな。換金した金を現実に戻すことは不可能だ」
「それ、何か得るものがあるの?」
「いやないな」
「なぜ買うのか……」
ゲーム会社がうまいことやってるんでしょうね。お金は自分のものを使って、自己破産しないように気をつけましょう。
「え、意味ないの……?」
「ロロちゃん、もしや……」
「だって、世界侵略できるアプリがあったからこれを制覇すれば、この世界も侵略できるものだと……」
そんな怖いアプリがあってたまるか。
「しかも、私お金あんまり持ってないから侵略できないし、お金使えば侵略できるよってあったからパパが休んでる間働いてお金貯めたんだ」
「それ使ったのいつ?」
「つ、つい最近ちょっとだけ……私のお金だしいいよね?」
そりゃ、文句言う人はいないけどいたいけな子供が騙されるからあれはやっぱり悪徳商法だと思う。
「って、最近?そういや、モンスターが現れ始めたのも最近だよな」
「いや、でもそんなの前からあるものみたいだし、ロロちゃんがやる前に侵略を押し進めた人もいるでしょ」
「偶然か?ロロちゃん、そのアプリ作った人分かるか?」
「えっと、はい」
タッチパネル式のゲーム機。電話機能は一切省かれたぜ。だからスマートフォンではない。ここまで技術発展して車を作らない理由が分からない。
そっちはいいとして、アプリ作成者……と、『魔王様☆』。
喧嘩売ってんのか。しかも個人作成かよ。その割りにやたらと最先端感が満載だぜ。
「分かった?」
「うん……たぶん、ロロちゃんのお父さんだー」
下手したら、ロロちゃんしかやってないかもしれない。
しかも、ちょっとステータス見たら、初級のこう言っちゃなんだが雑魚モンスターしか手持ちにいなかった。たぶん、進めれないと思って金を使うまで放置してたんだろう。それを証拠にほとんど進んでいない。
「これ始めたのいつ?」
「城が上に浮いてからだから……一年は前かな。最近また始めた」
「このゲーム機はいつ頃から使ってる?」
「それも最近。アプリは最初から入ってた。なんかお届けものでーすって」
宅配なのかよ。意外に庶民的だな魔王。人間じゃなくて、魔界の使いとかだろうけど。
「きっと、またモンスターが出始めたのもそれが原因だ」
「断定しちゃうんだ」
「王様に報告してもいいけど、まさかここまで簡単に分かるとは思わんかったな」
「王様?報告?なんのこと?」
「ああ。別に今回はモンスターが最近発生してる原因を突き止めろってもんだから、俺たちは魔王がまた送り出してるものだと思って魔王を倒すって言ってただけなんだ。もっとも原因もそれだからそれ壊せばたぶん解決だが……」
「だ、ダメ!パパがせっかくくれたんだもん!」
いい子だな〜。120歳だけど。人間ならヨボヨボなんだが。いつまでもお父さん大事にしてあげてね。慕われてるってことはいいお父さんなんだな。魔王だけど。
「ん〜じゃあ、アプリのアンインストールは?」
「アンインストール?」
「データを消すこと」
「え〜せっかく、お金使ったのに」
「そのまま進めるとたぶんこの世界滅ぶんだが」
「私は本望だよ」
ですよね。この世界を侵略するためにこの世界に来てるんだし。和平交渉はうまくいかない。
やっぱうまいこと誘導せなあかんな。
「ロロちゃん。それを進めるためにはお金が必要だ。では使ったお金はどこに還元される?」
「そりゃ、制作したパパのところじゃ……」
「そう。ロロちゃんが頑張って貯めたお金をロロちゃんのお父さんが楽して搾取してるんだ。これを君はどう思う?」
「パパ……私を騙したの?」
「パパのためだと思うか、自分が頑張ったものを横から取られると思うかはロロちゃん次第だが」
「私のお金返せーーーーーーー!」
絶叫。ここまで叫べば聞こえるじゃないかな?まあ、無理だろうけど。
「でも、使いようはあるんじゃないかな。モンスターだけその場に召喚させるとか」
「どうするんだよ?」
「ソード、力を失ってるから練習相手に」
「なる。でも、召喚したモンスターって何度も出現するのか?」
「ロロちゃん分かる?」
「くぅ、くぅ」
「寝たみたいだな。夜の方が元気とか言ったのに」
「私たちも寝よっか。起きてから聞けばいいでしょ」
すでに眠かったのだろう、ウィナは口に手を当てて小さく欠伸をした。
そして、そのまま吸い込まれるように眠りに入った。
俺も寝るか。一緒にいるのに話し相手もいないんじゃつまらんしな。
ロロちゃんから借りたゲーム機を元に戻し、眠りについた。