力の消失
一人で歩いていると、見たことのあるモンスターが湧いて来た。
さすがに地面から出てくるような気持ち悪いことはないけどな。魔法陣とか、召喚術式とかねえし。
あれ、当の本人がいないと呼び出すことは不可能だ。
そして、呼び出したモンスターは呼び寄せた本人が半径50メートル以内にいないと自然消滅する。
ウィナから聞いた知識だが。
以上を踏まえて、今目の前にいるモンスターは魔王が送り出したものだろう。確か、名前はフットピッグ。名の示すとおり、豚型の雑魚モンスター。王様の勘が正しいのか、魔王が遊んでるのか、それともまだ試験段階なのかは分からない。
でも、これなら弱くなった俺でも、倒すことは可能だろう。
俺は、王様から頂戴した鍬を構える。
「って、何でだよ!ここは普通剣を構えるところだっつーの!何が悲しくて鍬を構えてんだ俺は!」
銃もあるが、俺には適性がないみたく、全く当たりません。大体、銃に適性のないやつは他の分野に特化してて、銃が扱いにくくなってるのだ。
まあ、銃だと弾切れだとか、リロードの手間だとかを嫌って使わない人もいるけど。
それでも、やはり遠距離で戦いたい時にはあると便利だ。魔法もあるが、制限もあるし、無限に使えるものではない。
ケースバイケースで使い分ければ一番いいのだが、魔法も銃も特化できるような人はそうはいない。
今回の戦闘に関しては、突っ込んで来るだけの脳筋野郎だから、軽くいなしながら、攻撃を加えていけばいいのだが。
「鍬ってどうやって戦うんだ?」
剣みたいに振り回すのだろうか。確かに耕すところで、相手に攻撃を加えられれば大ダメージを与えれそうだけど。
「ふん!」
向こうもバカではないので、そう射程距離には入ってこない。しかもこれ当たらなかったら、引っこ抜くのに時間かかる。
その隙をつかれて、脇腹に突進される。
「ぐおっ」
「ぶるるる」
俺を吹っ飛ばして、少し離れてブレーキをかける。突進をするとしばらく止まれなくなり、ブレーキした後に隙ができる。ここが狙い所なんだが。
「鍬抜けね〜……っとぉ!」
鍬のなんかギザギザしてる部分と連結していた木の棒が外れた。
「本当にゲームの主人公かよ……」
徐々にレベルアップしてくしかないのか?
まあ、鍬よりこの方がまだ使いやすい。少し軽くなったし。それよりも……
「あれが抜けないって、俺、相当力落ちてんのか?」
変な風に刺さったとはいえ、普通は耕すためなんだから、簡単に抜けるはずなのに。
「もしくはこれ、あのギザギザの部分外すためのイベントか?」
なんて無駄なイベントだ。王様も不良品渡しやがったな?やっぱり、この旅で俺を貶めようってか?
「王様よ。あんたの思惑通りにはさせねえぜ。戦闘は力だけじゃねえんだよ!」
ぺち。
モンスターにショボイ音が当たる。
モンスターキレて突進。
「こんな装備で勝てるか!」
結局、装備のせいにする俺は勇者としてクズかもしれないが、こればっかりは勘弁してもらいたい。いくらなんでもこれはない。
だが、存外、エプロンが溶接とかに使うアレなので頑丈なのは幸いした。王様は俺に何をさせたいんだ。
「ブグアアア」
「な、なんだ?」
突進して遠ざかった豚が焼かれている。あれ食ったら美味そうだな。
「って、そうじゃない」
見ている間にモンスターは力尽きて消滅した。
俺は炎が飛んで来た方向を見る。
「まったく、見てらんないよ。これじゃどこかにたどり着くまでに行き倒れるよ」
肩にまで伸ばした水色の髪を、なびかせてウィナはそう言った。
「あれ、ロロちゃんはどうした?」
「う〜ん。心配だけど、50年もこの世界でいるなら勝手は分かると思うし、ついて来たいなら一緒に行こうって言ったんだけどね」
「ああ言った手前、戻りにくいか」
「10年単位で成長するなら、ちょうど思春期だもんね。で、どうします?」
「一人で残しておくのも可哀想だしな。でも、向こうから来てくれなくちゃ、俺から行っても無意味だろ」
「だろうね」
「……今日はここで野宿だな。近くに川もある」
「まだ日は高いよ?」
「今見てたろ。あれじゃ、下級モンスターにも後れを取る一方だ。少しでも体ならしておく」
「素直じゃないんだから。一日だけ待つって言えばいいのに。囃し立てたりするほど、私は子供じゃないよ」
「誰もんなこと言ってないだろ。ちょっと付き合ってくれ」
「はいはい」
まだ言うとおり日は高い。そう距離も離れていないから、追いつくなら今のうちだ。
べ、別にあの子ためなんかじゃないんだからねっ!
なんて、俺が言っても可愛かないな。
「というわけでウィナ、言ってみて」
「何を?」
「『べ、別にあんたのためじゃないんだからね!あの子のためなんだから!』って」
「いや、私が今言っても脈絡なさすぎて、何言ってんのこの子状態だよ。それに、私そんなキャラじゃないし。むしろ、ロロちゃんのほうがそのキャラ近いよ」
「うーん。人選間違えたか」
「あんたはこの旅をなんだと心得る?」
「新たなハーレムを創造する旅」
「いっぺん死んでこい!」
「あっ、そんな!ウィナ様!ご慈悲を!今のはちょっと欲望が漏れただけなんです!」
「そんな欲望を考えてる時点で勇者失格じゃ!」
こんな会話から特訓開始。魔法を回避しながら、棒切れを振り回す。
「寸止めじゃ、狙い丸わかりだよ〜」
「ニート生活がたたって……辛い……」
「えっ、もうへたったの?」
よく考えれば、挨拶回り終わってから、運動のうの字もしてない。ひたすら、道具屋のレジで座ってたような気がする。
体力だけは自信があったのに、二年でこうも衰えるか。
「やっぱ体動かさねえとダメだな〜。王子の剣術修行もすぐ終わっちまったし」
「王子の近況は?」
「修道院へ修行に行ったきり音信不通だと」
「ふ〜ん。そうなんだ」
「なんだよ、気になんのか?」
「そりゃあ、ソードよりイケメンだし。何より玉の輿だし」
「浅はかだぞ、人を顔で判別してはいけない!」
「とは言うけど、結局のところは顔がいい人が生き残る社会なのですよ。世知辛いね、世の中は」
「お前はいいよな。可愛いし」
「褒めてもなんにも出ませんよ」
「期待してねえよ」
「こうもあっさり否定されるとなんか複雑」
「どうしてほしいんだよ」
「定番のあれをやりますか。コント『夫が仕事から帰ってきた時の夫婦』」
コントつったか?
「ほら、夫役」
「あ、ああ。ただいま〜帰って来たぞ〜」
「おかえり〜。ご飯にする?お風呂にする?それともワ・タ・シ?」
「飯で」
「結婚しようとかいうくせに興味ないんかい!」
「コントって言ったから、お前が面白ネタ振りでもするかと思ったんだが」
「む〜。じゃ、ご期待に添えて、もう一度やってみますか。御付き合いよろしくお願いします」
「じゃあやるぞ。ただいま〜。帰ったぞ〜」
「おかえり〜。ふふふ、突然だけど、あなたに秘密を打ち明けなければならない。あなたは既に死んでいるのよ。私がキョンシーとして生かしておいたに過ぎない。というわけで、私が飽きたので今一度死んでもらおう。ズバシュッ!」
「ぐはっ!……って、なんだこのわけの分からんコントは!せめて選択肢ぐらい与えろ!いきなり、秘密明かされて、いきなり殺されるってどんなコントだよ!」
「ワガママね〜。はい、休憩終わり。特訓再開」
「マジで、飯食いたいんだが……」
「あれ本音だったの?仕方ない、ご飯にしよっか。水汲んできて」
「あいよ」
川辺に水を汲みに出る。夕刻ではあるが、まだ時期もあって日は傾いてすらいない。まだ、日は伸びんだろうな。夜行性の俺にはきつい季節だ。
「ここでいっか」
川の水はなぜか知らないが、旅してきた範囲で見れば、綺麗なところばかりだった。誰かが管理してるのか、汚染するようなものがないのか。
水をすくって、ウィナのところへ戻ろうとする。だけど、視界の先に一匹の猫が映った。
あれは……
「近づいても逃げねえのな」
「…………」
猫は返事をしない。鳴くこともしない。ただ、川の向こう。いや、その向こうの空へ視線を向けている。
「今から飯なんだ。一緒に食べないか?」
煙を上げて、人の姿になる。
「私、勇者のこと嫌いって言ったのに……」
「そんなことでお前を嫌うほど、俺はお前を知っちゃいないし年を食ってはいないんだよ。飯ぐらい一緒に食べようぜ。そしたら、一緒に来るか決めればいいじゃないか」
「私、お腹減ってないもん」
ぐう〜。
「お腹は正直だな」
「う、う〜」
「一緒に食べようぜ。まだ食べてないんだろ?」
「う、うん」
頭に手を乗せて撫でてやる。
「よし、行くか。立てるか?」
「………ここに持ってきて」
「一緒に食べなきゃ意味ないだろ」
「…………」
動きそうにない。
「足、どっか怪我してんのか?」
「勇者には関係ないもん」
「ったく、強情だな。ほら」
「何?」
「背中貸してやるから」
「いらないもん」
「遠慮すんな。よっと」
「わっ、ちょっと下ろしてよー!」
「暴れんな。余計に痛めるぞ」
「力を失った勇者のくせに」
「女の子一人背負えるぐらいの力は残ってるっての。それに、俺の名前はソード・ブレイバーだ。勇者はただの役職」
「ソード?」
「ああ」
ロロを背負って、ウィナのところへ向かう。小さいし、細いからすごく軽い。
足は痛いのかなるべく動かさないようにしている。俺も、なるべく揺れないように運んでやることにした。
軽く火が点いて、火の粉が舞い上がっていた。野生の本能か火のあるところにモンスターは近づいてこない。例外もあるが、ここでならその心配も無いはずだ。
「おかえり。水汲んできてくれた?」
「あっ、持ってくんの忘れた」
「何しに行ってたの?」
「まあ、そう言うなよ。この子連れてきたから。寝ちゃってるから、見てやってくれ」
「あ、ロロちゃん。どこにいたの?」
「川辺にな。足、怪我してるみたいだから、それの治療もしてやってな。じゃ、俺は取り行って来るわ」
「早く戻ってきてね」
「寂しいのか?」
「な、わけあるか!モンスター来たら、一人じゃ大変だから早よ戻って来いって言ってんの!」
「かっかすんなって。ふわ〜。俺も眠いな。寝ていい?」
「せめて、水持って来てからにしてくれない?」
明朝に起きたせいか、今眠気が襲って来た。すでにテント張ってるし、このままテントに潜り込みたい。
だが、この程度のこともこなさないで、旅が続けられるとも思えない。せめて、言われたことだけでもやっておかないとな。
今日の記録つけておくか。
俺、今日は魔王の娘を捕獲。
……捕獲だと、響きが悪いな。
俺、魔王の娘を保護。
勇者なのに、魔王の娘を保護してんのかよ。王様に知られたら、また報酬から遠ざかりそうだな。
まあ、俺を旅に送り出した王様が悪い。俺の好きなようにやらせてもらう。
川辺にたどり着き、俺はひとつ伸びをした。
ロロが目を向けていた空へ俺も見上げる。
城が視界に入る。行き方さえ分からない、その城。俺はたどり着けるだろうか。
見えぬ道筋に目を背けて、踵を返した。