勇者は主人公となる日を夢見る
互いに背中を預けて、マモンに対峙する。
俺の背中は、ウィナにとって頼り甲斐のあるものだろうか。
俺からすれば、ウィナが俺の背中を守ってくれるのはとても心強く、安心の出来るものだ。
今の俺では、それは叶わないのかもしれない。だけど、今、こうして背中を合わせている以上は、こいつの背中を守る義務が俺にはある。
「行ける?」
俺の緊張が伝わってしまったのか、ウィナの声は柔らかく、そして優しい。
「大丈夫だ。お前と一緒ならな」
「そうこなくっちゃ」
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すでに、ウィナが与えたダメージで致命傷だったこともあり、決着はあっけないものだった。
最後には、氷でコーティングした模造刀をマモンの胸へと突き刺した。
流石にここまでやれば、消えるもんだと思ったが、存外タフらしく、その後も少しの間喋っていたが。
「チッ、こんなやつに負けるなんてな。あと、そこの女。せめて、氷溶かしてくれないか?戻ってまで凍傷だなんて嫌でね」
「戻る?」
「人間界にいる体力がなくなったってことだ。元々、悪魔は魔界に存在してたわけでもない。もっと上に……いや、下だな」
「地獄ってやつか?」
「ああ。人間が信じてるかどうかは知らんが、ちゃんと存在するんだぜ。ま、せいぜい悪いことをしないこったな。苦労するぜ、地獄は」
ウィナが溶かし終えると同時に、マモンの身体は消滅した。その代わり、光の欠片が俺の手元に残る。
「これが、俺の力の欠片なのか?」
「違ったら、じゃあなんだ?って話になるよね」
空中にその光の欠片をかざして、回転させながら確認をしてみる。
そうしていると、なんらかの文字が目に入る。
「スピード?」
「なになに?」
ウィナが俺の肩に乗っかるように、その欠片を目にする。
「ああ、なんかわざわざこちらの文字でスピードって書かれてる。誰に当てて分かりやすくしてんのか謎だな」
「まあ、気にすることないんじゃない?」
「それはそうと、これはどうしたら俺に戻るんだ?」
「私に聞かれても……マモンは消えちゃったし」
「せめて、他の悪魔がどこにいるか聞いておきゃよかったな」
サタンは、旅立ちこそあの街にいたが、今もそこにいるかどうかは不明だし、こちらから連絡の取りようはない。
選択肢としては……
「とりあえず、院長のところかな」
「先にスター君を起こして、みんなのところに戻ろ?心配してるよ」
「ああ」
そういや、王子はいったいどこへ?
視界の端っこに、残像の如きスピードで王子が回収されていったが……
「アリスかな?」
「アリスがそこまで早く動けるか?入れ違いならロロちゃんも違うだろうし、そもそもアリスなら一緒に来るはずだろ」
「それもそうだ」
「ここで考えてもしょうがない。王子の部屋に行こう。話はそれからだ」
欠片はポケットの中へと突っ込んで、少し重い体を動かした。
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「勇者の凱旋ですよ~」
「せめて、旅を終えてからにしてほしいよ」
「おかえり、お兄ちゃん」
「おか~」
アリスとロロちゃんが迎え入れてくれた。
カインとアベルはまだ眠りに着いたままのようだ。
「起きないのか?」
「これでも、さっきまでうなされてたんだよ?呼吸も整ってるし、もうしばらくすれば、起きると思う」
多分、まだマモンがいた時は多少なりともその後遺症が残っていたのだろう。起きた時に、それが残ってないといいが。
「そうだ。王子は?」
「兄様ですか?いえ、来てないですが……そもそも、お兄ちゃんは兄様と戦ってたんじゃなかったんですか?」
どうやら、ロロちゃんはアリスにことの顛末は話していなかったようだ。
ロロちゃんを目で制すると、「てへっ」と舌を出した。
ああ、可愛い許しちゃう。
「仕方ねえな。じゃあ、俺は院長のところに行ってくる。王子が戻ってきたら引き止めておいてくれ」
「行っちゃうんですか?」
「いや、行かないとどうにもならんし、戻ってくるから」
「今度は私が一緒に行きます!」
アリスが立候補したが、二人は特に異論を唱えることなく了承した。
殺風景な王子の部屋を抜け出て、院長の部屋へと俺とアリスは向かう。
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「して、なんじゃ?仲睦まじいのを儂に見せつけたいのか?そんなことしても嫉妬も何もせんぞ」
「いや、これはですね……」
以下、回想。
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「二人きりになれましたー!」
なんだかテジャヴを感じるやりとりをアリスと俺は展開していた。
最近おとなしかったが、鬱憤でも晴らすかのようだ。
その対象が俺でいいのか?アリスよ。
聞くまでもなく、アリスはそれで良さそうなので、俺は少し戸惑いながらも、アリスが腕にしがみついているのを黙認する。
「なあ、アリス。お前は俺のどこがいいんだ?別に、俺でなくてもお前に好意を寄せるやつはいっぱいいるだろ」
「アリスに好意を寄せる人はたくさんいても、アリスが好意を寄せるのはお兄ちゃんだけです」
「ありがとな。でも、俺がいい理由が分からないんだよ。俺は特にお前に何かしてあげた記憶も、好かれるようなアクションを起こしたわけでもあるまいし」
「一目惚れ……じゃ、ダメですか?」
「一目惚れって……それ4,5歳の話じゃねえか。よく、そんなんでずっと……」
「でも、後にも先にも、国王の子供であるという身分から、色んなところからの縁談を受けたんですけど、やっぱり私にとって、一番魅力的だったのが、お兄ちゃんだったんです。……例え、勝ち目がないとしても……」
最後は、俯いてボソボソ言ってるので聞き取れなくなってしまった。
「私はお兄ちゃんが好きですから、それだけは忘れないでください」
俺から絡めていた腕を離して、先にたったか歩いて行ってしまう。
俺は、それに追いついて、アリスの手を握ってやる。
「ま、応えられるかわかんねえけど、こうして手ぐらいは握ってやるから。……こんなロクデナシに付き合うのも大変だぞ」
「そんなことないですよ」
控えめに笑うアリスとあまり、何も考えずにアリスの手を取った俺は、院長室の扉を叩いた。
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で、今に戻る。
「おお、すまんすまん。寝ておったわい。何の用じゃったか」
「せっかく、説明してやったのにこのジジイは……まあいいや。王子がまた行方不明なんだ。戦ってる最中に気を失って、誰かに拉致られたみたいなんだけど、院長、心当たりあるか?もしくは院長が保護してくれてるなら、それが一番いい話なんだが」
「拉致のう……。どんな状況に陥れば、お主の目に触れずに、スターの身体だけ拉致ができるというのだ」
端的に話せば、マモンが王子に憑依していて、憑依を解いた結果、王子は気を失って、完全体のマモンと対峙してたら、王子が連れてかれたってことなんだが、どちらにせよ、院長室にはいないようだ。
「自室にもいない。ここにもいない。かと言って、業務に戻っていては怪しい……なら、あやつの部屋かの」
「誰ですか?」
何となく察しはついていたが、確認のために聞いて見ることにする。
「うちの団長じゃ」
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可能性とはしてはなくはなかったが、存在そのものを頭の中から抹消していたため、選択肢から外してしまっていた。
団長、名前は……なんだったかな。王子だか、院長だかが、言ってたけど忘れちまった。
とりあえず、部屋の場所は教えてもらったので、それを頼りにアリスと歩く。
「一度戻らなくていいですかね?」
「ま、いいだろ。あくまでも王子を探しにいくって名目だし、あいつらはカインとアベルを見ててもらいたいし」
「随分あの二人にご執心のようですね」
「……きっとほっとけないんだろうな。あのぐらいの歳で引きこもってちゃ、友達なんて出来ねえだろ。兄妹二人だけでいるわけにもいかねえし、自立しつつも、繋がりは作っておかねえと。俺みたいに色々と繋がりが希薄なやつになっちゃいけねえだろ」
「お兄ちゃんが希薄でも、私なら人脈は多いですから、困ることないですよ。つまり、どちらかが多ければ問題はないのです」
その論理にはいささか疑問が残るところだが、どちらかに人脈が多くても、自分を手伝ってくれるとは限らないので、やはり自分なりの人脈を作らなければならないと思う。
アリスは満足気な顔をしてるので、批判はしないでおこう。
少し先を歩いていたアリスがある一室の前で立ち止まる。
院長室ほどではないが、廊下の隅にあり、なかなか堂々とした佇まいの扉だ。
プレートには『団長室』と書かれている。これなら、案内されずとも見つけられたかもな。
ひとまずノックすることにする。
「な、ななな何だ⁉︎」
ものすごく焦った様子で団長と思われる人が姿が現れた。
「えっと、団長さん?……で、合ってますよね?」
「いかにも……先刻に君は会っているだろう勇者よ」
「どうにも野郎の面を覚えるのはアレでしてね。さらに、人の話を聞かない類の人」
「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん……」
アリスがわたわたと少し慌てる様子を見せる。そういえば、アリスは初対面だったか。
「いちいち、癇に障る勇者だな。そんなに刀の錆になりたいか……?」
「もうーストップー‼︎」
アリスに間に入られ、俺を団長から離す。
「そちらのお嬢さんは?君を兄と言っていたところを見ると妹さんか?」
「いえ、親しみを込めてそう呼んでるだけです。本当の兄は、スター・グラスフィールド。あなたのところにいませんか?」
眉を少し動かす。ビンゴか。ここにいたようだな。
「妹君にまで心配されてしまうとはな。情けないお兄さんだ。ああ、確かにここでスターは寝ている。私が回収してきたからな。しかし、私にも仕事がある。このままどうするか迷っていたところだ。ちょうどいいところに来てくれた。目が覚めるまで、看病を頼むよ」
団長は早口でまくし立てて、出て行った。何だったんだ?
アリスは、団長には目もくれずにスターの元へ駆け寄っていた。
「兄様?聞こえますか?」
返事は返ってこない。当然だ。一時的とはいえ、悪魔に身体を乗っ取られたのだ。身体的にはまだ辛いだろう。
アリスの肩に手を置いてやる。
「とりあえず、王子の部屋まで運んでやろう。話はそこですればいい。まさか、御伽噺みたいにキスで目覚めるわけでもあるまいし、時間が経てば目覚めるだろ」
「そう……ですね。私が背負って行きます。兄の不祥事を片すのも妹の役目です」
「待て待て。ここに男手があるんだ。手伝ってやるって」
女の子1人で運ぶには少々荷が重いだろう。文字通りの意味で。
しかし、あの団長はどうやって運んで来たんだろうか。お姫様抱っことか?
想像したら、吐き気してきた。何てもんを想像させやがる。
気を取り直して、何か二人で運べそうなものがないか、辺りを見渡して見る。
見渡してると、いくらか目に入れたくないものが映ったような気もしたが、気のせいだろう。
ワタシハナニモミテナイ。
「仕方ない、俺が背負ってくよ。アリスは声でもかけてやってくれ」
「でも……申し訳ないです」
「女の子に任せて、手助けしないほど俺は頼りなく見えるか?」
「戦闘に関しては……いやいや、普段はそうは思ってないですよ?」
どんだけ、俺は頼りないんだよ。
確かに、マモンとの戦いも俺は結局ウィナの手を借りて勝ったしな。しかも、ほとんどウィナの手柄だ。
院長に報告するの忘れてたな。まあ、旅立つ前でもいいだろう。もっとも、分かってるとは思うが。
もっとこう、勇者っていうぐらいなら、仲間や襲われてる人のピンチに颯爽と現れて、モンスターをなぎ倒すっていうのを俺は夢見てたんだけどな。
本当の意味で俺は、勇者になれるのはいつになるんだろう。
俺は、下手したら一番弟子すら刺し違えていたかもしれない。
「お兄ちゃん?」
「ああ、悪い。思ったより重くてな」
「手伝おうか?」
「大丈夫だって、これぐらいやらせてくれ」
少し、後悔の念が俺の中に渦巻いていた。




