二人と一匹
呼び出されたのは明朝5時。
ダメだ。俺は夜行性なんだ。実は昼間に起きてるのもいっぱいいっぱいなんだ。だから、ロクに動かなくていい、レジに座ってるだけの店番をやってんだ。
そんな言い訳が通るはずもなく、ウィナの手により、引っ張り出された。
「その猫も?」
「懐かれたんだ。猫持ちの勇者。なんか可愛いだろ?」
「勇者が可愛さを求めて何になる?」
「強さ、かっこよさを求めてだけじゃ、今のニーズには答えられないぜ」
「どこにそんなニーズがあるのか……。
女の子が勇者ならまだしも、いい年した男が猫引き連れて、可愛さアピールしても何にもならないよ」
俺の腕に収まっていた猫を、奪い取って、ウィナの腕に収める。まあ、俺が抱きかかえているよりは絵になるか。それにしても、おとなしい猫だ。まだ、朝早いから猫も同じように眠いだけなのか。
さて、こいつは度に連れて行くか否か。猫が戦闘の役に立つとは思えんが。
城の門前には憲兵というか護衛というか、体格だけは立派な人が立っている。同じように眠いのか船を漕いでいるが。
わざわざ起こすのも悪いので素通り。
扉に手を掛けると、何か鳴り響いた。
な、なんだ?
「警報……かな?」
「マズくね?」
そう言ってるのも束の間。憲兵達に囲まれてしまった。
厄介ごとになるのもなんなので、手を上げて、戦意はないことを証明する。
ウィナもそれに倣って、猫をしたに置いてから手を上げる。
猫のほうは健気にそこから逃げずに、足元で待っている。
一番先頭に立っていた憲兵が銃器を下ろすように指示をする。
「こんな明朝に何用だ?勇者殿」
「王様の命ですよ」
「なら、せめてそこの兵を通してもらえばよかったものを」
「いや、眠りこけていたんで起こすのも悪いかな〜と」
「貴様〜!また寝ていたな!そのうち懲戒処分にするぞ!」
「すいませんでした〜!」
眠りこけていた兵を、囲っていた兵たちでタコ殴りにし始めた。
それを横目にウィナと猫を引き連れて、中に入ることにする。命を受けているんだ、特に問題もないはずだ。
兵に心の中で幸運を祈ることにした。
「全く、八時になるまでは勝手に入ろうとすると警報がなるとここの街の民なら誰もが知っておるぞ」
私は知りません。
みんなが知ってるからと言って、俺が知ってると思わないでもらいたい。
「済んだことだ。で、また魔法使いと勇者の二人で旅を始めると言うことか?」
「あとこいつも」
「昨日の猫か……」
にゃー、と鳴き声を上げて返事をする。一体なんだろうか、この猫。
「別に構わん。ウィルザートのほうは休学届けを出しておくぞ」
「はあ、またですか……」
「別に君は行かなくてもいいのだぞ?女の子が危険な目に会う必要はないのだ」
「ああ、いえ。抑止力ということで、私がいないと何しでかすか分からないですからね。一度旅してますし、何も知らない素人を出すよりはいいでしょう」
「お主がそう言うのなら止めはしないが……。装備はあるかね?」
「ええ。私はそこのポンコツ勇者と違ってちゃんと管理してますので」
その割りには、自分の杖をかなりぞんざいに扱っていた気がすんだけど。それより、人をポンコツ扱いかい。いつも前衛に立って危険な目にあってんのは、俺だったんですけど?まあ、二年前の話だけど。
「ブレイバー。お主の装備はこれだ」
使用人を呼び出して、装備を持ってこさせる。演出とかいらないから、素直に最初から置いておけばいいものを。
台車に乗せられた装備を目の当たりにする。
こ、これは……。
「バンダナに、布の服。エプロンに武器は鍬で、靴はゴム製の長靴。何?王様は俺にブリーダーか、農家でも目指せってか?」
「猫連れてたし、ちょうどいいかと思ってな」
「モンスターに襲われたら一撃で致命傷だろうが!」
「そちの勘でなんとかせい。どうせこの辺りのモンスターは雑魚なのであろう?」
「どこ情報だよ……」
「大抵、そんなものだろう」
ゲームならな。ここはゲームじゃないんだよ。魔王城に近くづくに連れて、モンスターが強くなっていくシステムじゃないんだよ。いきなり、バカ強いモンスターを送り込んできたらどうすんだ?俺、死ぬぞ。全盛期ならまだしも、弱体化してるしな俺。
いや、逆転の発想で、今送り込まれているモンスターも試運転のものなら、弱いかもしれない。ポジティブにいけば、俺もまだやれるかもしれない。
だけど……
「この装備はねえな」
「文句を言うでない」
「いや、勇者の装備じゃねえだろ。むしろ一般人だろ」
「モンスターに一般人と見せかけて油断させればよかろう」
「むしろ、『ライオンは一兎のウサギにも全力を尽くす』的な勢いで俺、死ぬぜ?」
「文句を言うなら、前に使ってた自身の装備を使えばよかろう」
「パーティメンバーに以前剥ぎ取られてな。そいつは行方不明。王様ならマシな装備くれんじゃないかって、期待したらこれだよ。とんだ肩透かしだ」
せめて、憲兵が使っているような鉄の鎧ぐらい欲しかった。
「正直、お主に使う金はほとんどない。また、働き次第で褒賞をやろう。働かずしていいものをもらえると思うな」
「そーですね。文句言って俺が悪うござんした。ウィナ、行くぞ」
「冥福を祈っておる」
「勝手に殺すな!」
くそ、あの王様、あわよくばこの旅で俺が死ぬことを望んでじゃねえだろうな。俺が倒さなきゃ、この街も滅ぶぞちくしょう。
「あ〜王様」
「なんじゃ?」
「城への行き方って目星着いたのか?」
「空を飛べんことにはどうにもできんからな。少し飛べるぐらいじゃ、たどり着くこともままならんだろう」
「そうかい。二年もあったのに未だに分からんと」
「知識人がいないのだ。文献を探っても空へ飛び立つ方法の記述も載っとらん。この街だけで調べるのは限界だ。旅をしながら探してきてくれ」
だったら、他のところにも頼めばいいものを。そこまで手が回らなかったか。頼んでなお、情報が手に入らないのか。
なら、自分の手で情報は集めて行くしかないな。
使用人から、一応装備とも呼べない装備を受け取って、城の外へ出た。
とりあえず、連れてくならこの猫の名前でも決めっか。
ウィナが装備を整えるのを待って、街の外へ出る。いきなりは遭遇しないか。世界は広い。一カ所に戦力を集中させるわけにもいかないだろう。
「まず、この猫の名前でも決めようぜ。いつまでも猫、猫じゃ可愛げがないだろ」
「そもそもオスなの?メスなの?」
「あ〜っと?」
覗き込んで、確認しようとすると、顔を引っかかれ、煙が上がった。
「ゴホゴホ。な、なんだ?」
煙が収まると、人?の姿が浮かびあがる。
「もう!いきなりレディーの股を覗きこもうだなんて、どんな変態なの⁉︎」
レディーとは言うが、どう見てもレディーと呼べないいでたちをした少女が立っていた。
「ウィナ。俺、化け猫でも捕まされたかな」
「現実見なよ。たぶん、元々は女の子だよ。変身というか形態変化というか、そういう力を持った子なんだよ」
簡単言うが、そんな力を持ったやつは俺は魔王以外に知らんぞ。
プリプリ怒ってる女の子を上から下まで見てみる。
年は10〜12ぐらいか?背は135ぐらい。黒いローブを羽織って、黒い鎧、黒いプリーツスカート。黒いブーツに黒い腕輪。全身黒ずくめ。
いや、確かに黒い猫だったけど、ここまで黒いんかい。肌だけは透き通るように白い。全身が黒コーデだから、余計に際立っている。
「で、君は何者?」
「黙りなさい、勇者風情が私に話しかけるなんておこがましいわよ」
なんか、すげえ上から。どう見ても、俺より年下だろ。どういう教育してんだ、この子の親は。
俺が再教育してやる。
「はいストップ」
「止めるな、ウィナ。俺は、年上は敬えという精神をこの子に教えなきゃいけないんだ」
「いきなり、馬鹿ヅラした男に変なことされて怒ってんでしょ。それぐらい察しなさい。ゴメンね、バカで。あなたはいったい誰なのかな?名前だけでも教えてくれる?」
「私ね。ロロ・アークハルト」
ウィナには普通に答えるんかい。俺と態度が違いすぎやしませんかね。拾ったの俺じゃねえか。
「待て、アークハルト?確か、魔王もアークハルトって言ってなかったか?」
「うぐっ。そ、そうよ。パパが空に拠点を移すから、私帰れなくなちゃったのよ!とっとと、案内しなさい!」
「魔王の娘と知って、魔王のとこに返す勇者がどこにいる?」
「う、う〜。パパ、ごめんなさい。私、ここでお別れだよ。育ててくれてありがとう」
「待て待て、懺悔を始めるな。年端もいかんような子を見捨てるほど悪魔でもないぞ」
「悪魔みたいな顔して。勇者っていうのも嘘っぱちじゃない?」
「い、一度殴っていいか?二年前までは、もっとハツラツとしたいい顔してたんだ」
「二年もぐうたらしてたらそうなるわよ。ソードもいっぱしの勇者なら我慢しなよ」
「男なら間髪入れずに殴ってたところだ。自分が女の子だったことを感謝するんだな」
「勇者でなくても最低なセリフだと思うのは私だけなのかな……?」
知らんうちに怒りの沸点が低くなってるのかもしれない。もしくは、今までのストレスが溜まっているか。
「がー!いったい私をどうするつもり⁈」
「女の子が『がー!』とか叫ぶもんじゃないぞ」
「うるさいわよ!このロクデナシ勇者!」
「だってよ」
「いや、私魔法使いだし、勇者なのはソードだし」
「なんと」
俺、初対面の女の子からロクデナシ扱いされるほど、ロクデナシのつもりはないんだけど。
「昨日だって、ロクに働きもせずに魔法使いの家でばくばく飯食らってたくせに」
「働き口がないんだ。この世界と言えど、勇者というだけでは世の中渡っていけないんだぜ」
「カッコつけてるけど、学歴がないせいでアルバイトぐらいしかできないの。しかも沸点低いから許容できるのがうちぐらいしかなくてね」
「それすらもタダ働き同然だ」
「やっぱ、ロクデナシなしじゃん。女の子に養われてて恥ずかしくないの?」
「いや、まだ働こうという気力はあるからマシなほうだ。世の中には働くことすら放棄してるのもいるからな」
「うちの街の姫も近いことになってんだよね〜」
「姫、学校に行ってんじゃなかったのか?」
「王子がいなくなってから、半分無法地帯でね。姫ちゃんノイローゼ気味になっちゃったのよ。最近は学校来てなかったし」
「姫もニートか……」
あの可愛くて、ハツラツとした子はどこへ行ったんだ。大体、学校が終わる時間帯に行ってたから、行ってなかったこと知らなかったぜ。通りで、学校のことを話題に出すと、慌てて話題を逸らしにかかってたわけだ。
「私もいなくなっちゃうし、余計に行かなくなっちゃうかな」
「姫だから結構、特別扱いなのもあれだよな」
友達もロクに作れないだろう。街は広いんだから、仲良く慣れそうな子は一人や二人いそうなもんなのに。
「私たちが心配してもどうにもならないね。年上だから、学校だといつかは離れるし」
「中等部とか高等部ってなかったか?」
「一貫だし、割と合同でやることも多いよ。まあ、三年間も言ってないソードさんは忘れてるだろうけど」
「案ずるな。……俺はそもそも学校へ行っていない」
「やっぱ、勇者ってニートなの?」
「しくしく……」
「籍はあったんだよ。ただ、おじさんに連れ去られて、修行をしていたとか」
「俺だって学校行きたかったわい」
「行けばいいじゃん」
「一応な、これでも勇者だから。名目上はお前のお父さん倒さなければいけないんだ」
「パパを殺しちゃダメー!」
「ぐほぉ!」
鳩尾にパンチがはいった。くそ、さすが魔王の娘。人体の急所をよく知ってやがる。
「あ、あのな?別に俺だって、侵略だー、征服だー、って言われなきゃお前のお父さんを倒す必要はないんだ。倒されたくなければ、お前がお父さんを説得してこい」
「うう……パパ、空にいるから、私、届かない」
すでに泣きそうな顔をしている、魔王の娘、ロロ。気は強いが、まだ弱いんだな。
「しゃーねーな。連れて行ってやるから、がんばって説得してこい」
「ホント?」
「ああ。その代わり、俺たちに危害を加えるようなら容赦しないからな」
「ありがと!勇者って、いい勇者だね!」
「なんだ、いい勇者って。悪い勇者もいんのかよ」
「いっぱい見てきた。勇者が来る前にも、勇者を名乗る人たちは来てたんだよ。ちなみに勇者は38人目」
多いな勇者。数打ちゃ当たるってもんでもないぞ。
「中には私を狙ってくるやつとかもいたんだ。魔王城の中じゃ危ないって、パパは私を外へ出したの」
「それいつ頃の話だ?」
「う〜ん。今から50年は前だったか……」
「ご、50?」
「ロロちゃん。今、何歳?」
「120を越えました。こっちじゃ12歳くらいらしいよ」
「10年単位で成長してくのか。まだまだ前途多難だな」
「どこ見て言ってんの⁈」
「背だ。お前こそ、どこ見てると思ったんだ?」
「う〜。やっぱ、勇者嫌い!」
「そりゃ困ったな。俺はお前と仲良くなりやりたいんだが」
「あっち行け!しっしっ!」
手で向こう行けとジェスチャーされる。どうにも女の子にはあまり好かれるたちではないようだ。
「まあ、嫌われちゃしょうがないな。俺は先に行くぜ。ウィナはその子と一緒にいてもいいぜ。セドのオッさんを探しがてら、感覚を戻して行くわ」
女の子二人はその場に立ち尽くす。
王様の言ったとおり、女の子が危険な目に会う必要はない。
まだ、日は高い。進めるところまで進もう。
まず、セドより先に王子にでも会いに行くか。
目的地を定め、歩き出した。