二人の悪魔(5)
俺は再び夜まで待っていた。
日中だと、他の修道士や子供達に見つかると面倒だと踏んだからだ。
が、特に部屋にいてやることもないので、日向ぼっこがてら、中庭にてぼーっとしていた。
気がついたら、星がまたたき始め、月も随分高く昇っていた。
「こんな時間の使い方してたら、またウィナに怒られんだろうな……」
「だったら、もっと有意義に使えばいいでしょう?」
仕事を終えたのか、王子が俺の隣に来て腰を下ろした。
「俺にとってはこれが有意義な使い方なんだよ」
「確かに、有意義な時間というのは、人それぞれですがね」
「なんでこっちに来た?」
「尋ねたらいないって言われましてね。なら、外に行くはずもないし、ここにいるだろうと思いまして」
「お前、俺のこと大好きだな」
「さあ、どうでしょうね。尊敬はしていますが、あなたは好かれる質ではないと思いますよ?」
「なんでだろうな?」
「人と関わらないからでしょう」
何を分かり切ったことをとでも言わんがばかりの王子の言い草だ。
人と喋ることでコミュニケーションというのは図れるらしいが、そもそも根本的にコミュニケーションを取ろうが取ろまいが、あまり好かれない奴もいる。
俺の場合は、勇者という立場からどうしても、相手がした手に出てしまって、対等な関係というものが築けないのだ。あくまで旅の道中が一緒なだけと割り切って付き合ってた二名ほどいますけどね。
やはり、好かれるためには、人は憧れの対象よりも対等な関係だと認識させなければならないのだと思う。
憧れでは、自分は手は届かないと言っているようなものだ。
「王子はさ、俺に追いついたって思ってるか?」
「どうでしょうか。私は旅から戻って本気のあなたと対峙したことがないですから。それすらやらずに自分のほうが上だと慢心できるほどの腕を持ち合わせてるわけでもないですし」
「じゃ、やるか」
「何をですか?」
「模擬実践だ」
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月夜が照らす中、俺と王子は向き合っていた。審判を取ってもらうためにウィナだけ呼んだつもりだったのだが、結局のところ全員ついて来てしまった。そうなりますよね。分かってたことだけどさ。
「いいの?本当に」
「いいんだよ。俺がやるってんだから」
「なら止めないけど……」
「そんなに心配されるほど弱くなってるんですか?」
「上下関係のせいだ」
俺が上のはずなんですけどね。上司が年下で、部下が年上とかいう、嫌な上下関係が成立してしまったせいで、パーティの権限はほぼ、ウィナが握ってると言ってもいいだろう。
「じゃあ、ルールはそうだね……剣破壊してもいい?」
「流石に修道院の備品ですのでそれは……」
「武器破壊ならわかりやすいと思ったけどな。じゃあ、私の判断で。もちろん身内びいきはしないよ。まあ、両方身内の範囲ではあるし、どちらかといえばスター君を応援したいところだけど」
だから、あなたは俺の幼馴染じゃないんですか?普通は付き合いの長い俺を応援してくれませんかね?やる前から、モチベーションがだだ下がりだよ。やる前に余計な一言加えるなよ。
「じゃ、両者構えて……始め!」
大体、両者間の距離は15〜20mほどだ。あまり近すぎても、剣を振っただけで届く距離では、意味がない。
どうして意味がないのかは俺も知らないが、決闘の時はそういうものだという教えだ。
向こうもその教えを守っているようだ。
下手に動こうとしなければ、向こうも仕掛けられないだろう。ただ、こうやってジリジリと場所移動しているだけでは決着はつかない。
制限時間こそないが、あまり長くやっててもしょうがないのだ。
向こうもそれを悟ってか、若干ながら間合いを詰め始めているのが見えた。
来るところまで来たら、一気に攻め込むつもりだろう。
だが、俺も受け身になって、相手どれるほど余裕があるわけではない。こちらも攻める姿勢があることを見せてくか。
俺は、体重を少し前に乗せる。
移動には適しているが、防御に徹するのにはひどく脆い体制だ。そりゃ、移動するための体制なんだから、地面に足が張り付いていては素早く動くことなんて不可能だ。
王子は俺が体制を変えたのを見計らって、一気にダッシュをして来た。
予想以上に早い……が、昨日見たカインみたいに、まったく動きが分からないわけではない。ただ、カインと違う点を上げるのなら……
「はぁっ!」
俺の教えに従って動いているため、力は王子の方が上でも、どう動いてくるかは大体読める。だが、王子もただ、二年間修道院で無為に過ごして来たわけでもないだろう。
「さすがに避けますか」
「力を失ってるだけで、何でもかんでも忘れてるわけじゃないからな。さすがに俺が教えた程度のものを避けれませんじゃ、合わす顔なんてないだろ」
「ですが……私も、あなたに教わったものばかりじゃありませんよ。教わるだけなら……それはただのあなたの摸倣に過ぎませんからね」
王子は少し剣の位置を下にずらした。俺は、下段の構えは教えていない。俺の教えは対モンスター用なので、一撃で仕留めるための動きと剣さばきを教えてきたのだ。下段は、相手の動きを止めるためのものだ。対人間なら、動けないなら致命的だからかなり有効であるとも言える。
「随分と理にかなった攻撃をしようとしてくるじゃねえか」
「さて、あなたの考えてる通りの動きとも限りませんよ?」
背が低いなら、足元を狙いやすいが、王子も二年の時を経て背が伸びている。足払いをかけるような攻撃では相手に丸わかりだし、そのまま愚直に突っ込んで来るようなこともしないだろう。
どう出てくるか。
「がんばれ〜お兄ちゃーん!」
アリスのどちらを応援してんのかよくわからない声が聞こえてくる。のんきだなあいつ。
だが、どちらを応援してんのか分かりにくいので言っておく。
「「分かりにくいから名前で呼んでくれ(ださい)」」
被った。ここまで綺麗に被ると運命を感じるぜ。あれ?俺の運命の相手は王子?ホモエンドだけはやだぜ。
「ソード兄ちゃんがんばれ〜。ついでに兄様もがんばれ〜」
なんかものすごく雑な応援だな。やる気が削がれて、欠伸が出て来るほどだぞ。
なんか向こうも同じようで、肩を落としている。実妹から、実兄より呼称上の兄を応援してだからな。実兄はついでとは。
「分かりましたよ……私が勝って、私の方があなたより強いと妹に証明させてあげましょう」
「いや、別に俺が好かれてるのは俺が強いとかどうこうの話じゃなくて……」
それと同時に王子の様子がおかしくなってきた。
なんだ?
異様に目つきが鋭くなっているような……。
そして、俺に背を向けて修道院の中へと戻って行ってしまった。
「おい!王子!」
「ソード!カインが!」
ロロちゃんの声に振り向くと、そこには横たわった状態のカインがいた。
「急に気を失っちゃって……」
「アベルは?」
「ア、アベルも……」
アベルの方はアリスが介抱していた。
急に二人とも気を失った?
考えられる可能性は一つか……。
「二人悪魔がいたんじゃなくて、二人で一つの悪魔だったんだ」
「どういうこと?」
「きっと、子供の体であるカインとアベルじゃ、悪魔の力の媒体としては耐えられなかったんだろう。だから、分担して悪魔の力を宿してたんだ」
「そ、それがスター君の体に?」
「そう考えるのが妥当だろうな……二人の目の前で心の隙を見せたからだと思う」
仮定でしかないが、ロロちゃんが二人は悪魔だと言っていた以上、そう考えるしかない。
だが、悪魔の元々の形容というか、姿形が分からないので、このまま王子を追って、どうにかするとしてもどうすれば悪魔を討伐したことになるのか。
まあ、まず先に……
「何してるの?」
「どこかにサタンのように俺の力を隠してる可能性があるだろ。アベルの方も探してくれ」
俺はカインの懐を探ってみるが、特に見つかる気配はない。カインは持ってないのか?
「ないよ〜」
「どうなってんだ?」
「そもそも力の欠片っていうのが曖昧だよね。サタンみたいに巾着袋に入れてるとは限らないし……」
「そうか。別に外に出しておく必要性はない」
「?」
「俺の力を所有してるってことは、その身に俺の力を宿してんじゃないのか?」
「あっ、そうか。だから、カイン君はあんなデタラメな速さがあったわけか」
もっとも、全盛期の俺があそこまでの速さを持っていたかは微妙なところであるが、悪魔の力に上乗せされてダッシュしていたなら頷けない話ではない。
そうでもしなければ、たかだか10歳にも満たない子供があそこまで驚異的な動きを、それも剣を持ったままするには、自分自身の力以外のものが作用してると考えた方が妥当である。
「カインとアベルは起きそうか?」
介抱している二人は首を振る。
だが、このまま置いておくわけにもいかないし、目を離した隙に何が起こるかも分からない。
「二人はカインとアベルをそのまま見ててくれ。ここじゃ目立つから、王子の部屋にでも行って……いや、あいつはそもそもどこに向かった?」
手がかりが少なすぎる。あいつは何を求めて……いや、王子自身の意思ではないだろう。きっと中に入り込んだ悪魔の意思だ。
あの悪魔は何を求めている?
王子の身体を使って……そもそも、なぜ王子を狙ったのか。
「二人は……気絶してるしな……」
「ねえ、ソード。院長様が二人に心を見られたみたいなこと言ってなかった?」
「そういえばそうだったな……」
思考を巡らせる。
ない頭だが、今この場で一番情報を有しているのは、多分俺だ。
悪魔が二人の中に入り込んでいて、王子の身体を乗っ取った、ということは自分の力を受け入れる媒体、器を探していたのか?
多分、力だけで言えば、この修道院では院長が一番強いだろう。院長にまで上り詰めているのだ。
だが、何らかの理由で院長の身体を乗っ取ることはしなかった。たぶん、出来なかったんだろう。それは、なぜか?
王子の様子が変わったのは、アリス、実の妹からの応援だったな。それゆえに心が乱れた。
その心の隙を突かれ、悪魔が入り込んだ。
やろうと思えばいつでも、誰にでもできたはずだ。なぜ、それが出来なかったのか。
「ここで考えることじゃねえな。ウィナ、アリス。2人を頼む。ロロちゃんは俺について来てくれ」
「どうするの?」
「とりあえず、院長のところだ」
カインとアベルを任せて、俺とロロちゃんは院長の元へと向かった。
果たして、本当に王子は悪魔に取り憑かれたのか。
そして、今の王子はいったい何を求めているのか。
「ロロちゃん急ぐぞ」
「えっ?わっ!」
俺はロロちゃんの手を引いて、駆ける脚に力を込めた。




