修道院の異変(2)
先ほども言ったとおり、修道院のものでない人間が奥へ入ろうとすれば、検査なり理由なりを求められる。
顔見知りなら、すぐに通れるだろうが、これが新米とかだったら面倒だ。こっちの言い分が通らない可能性がある。
今回のは誰かね……。
「ようこそ。クロイツ修道院へ。本日はいかがなさいましたか?」
「…………」
審判は王子がやっていた。
早速、目的が果たされてしまったのだが、これはこれでどうしたらいいものか。
「よ、よお、王子。久しぶりだな」
いきなりで面食らってしまったので、少しぎこちない挨拶になってしまった。だが、王子はそれを意にも介さず、手続きを進める。
「奥のほうへ用件のある方は理由をこの紙に記入ください。それに加えて、所持品の検査をし、武器などはこちらで預からせてもらいます。女性の方はシスターが身体検査をするのでご安心を」
代表で俺が理由を適当に書いておく。王子に会いに来たんだから、奥にいく必要はないんだが、院長が何かしら、新しい情報を掴んでるかもしれないと踏み、王様の名前を借りることにした。
「王の命による情報収集ですか……では、武器を預からせてもらいます……なんですこれは?」
俺が差し出した木の棒を見て、王子は怪訝な顔をした。これが、お前の親父が渡したものだと伝えたら、こいつはどんな反応を示すのだろうか。少し気になるところだが、わざわざ、こんなところで実の息子に評判を落とさせるような真似をしなくてもいいだろう。
王子は全員から武器を預かり、奥のほうへと向かって行った。一応保管庫があるんだろう。
ただ、王子の対応には少し違和感があった。
こっちに行くまでのあいつは、もっと愛嬌があるやつだったと思ったんだが、修道院に入れられもすると、かっちりした性格になっちまうのかね?妙に事務的な対応をしてると思ったが……。
王子が戻って来る間、全員無言で待っていた。
こういうところって、無闇に騒げないのが息苦しい。
見上げる天井は首が疲れるほど高い。その天井に描かれていた幾何学的な模様にしばし、俺の瞳は吸い込まれていた。
「お待たせしました。では、ご案内します」
王子の声に反応し、上を向けていた顔を元に戻す。
そこには何の表情持たないような、そんな違和感の塊である王子の顔があった。
アリスが、俺の肩をつつく。
「兄様。何か様子が変じゃないですか?」
「流石に気づいたか。俺も変だと思う。だけど、王子に直接問いただしても、分からないだらうな」
「なんでそんなことまで言えるんですか?」
「うまく言えねえけど……多分、王子はあれが王子自身だと思い込んでるような気がするんだ」
「記憶の改ざん?」
「いや、俺たちを全く覚えてないってわけじゃないみたいだしな。それとは違うと思う。なんつうか、一種の洗脳をされてる感じのような……」
先頭を歩く王子には聞こえないように最後尾を歩きつつ、さらに声を潜めて話す。幸い聞こえてないようで、こちらを振り向くことなく前だけを向いている。
一応名目上は院長に会うことだが、王様の命とはいえ、簡単に会えるものだったか記憶が定かではない。
修道院の象徴ともいえるその人だから、よからぬやつがよからぬことを考えてるかもしれないからな。
「着きました。なお、院長の護衛のため、私もついていきます」
案内だけでは終わらないようだ。
まあ、構わない。王子もいてくれたほうが好都合だ。院長に聞かなければならないだろう。院長ならば、何かしら原因が判ってるかもしれない。判っててなお、対処しないのも変な話ではあるが、そうすると判っていないのか、それとも対処方法が判っていないのか。
「院長様。客人です」
「入りなさい」
院長の返事を聞いてから、重々しいドアを開ける。
そこには、白髪を長く伸ばし、シワが濃く刻まれた老人が、悠然と座っていた。
その老人、院長は、目を細めて俺たちを見つめる。
「はて、何処かで見た顔だな」
「あの〜ボケてます?まだそこまでの歳でもないでしょう」
確か御歳70だった気がする。いや、始まっててもおかしくないか。
「バカにするでない。きちんと覚えているぞ。え〜っと……そ……」
ああ、ちゃんと覚えているのか。名前も出かかってるし、心配することもないな。
「ソクラテスだったかの?」
「いや、誰だよソクラテスって」
「紀元前のギリシャの哲学者ですよ」
「いや、ギリシャってどこだよ」
「まあ、国名は1000年ほど前に大幅に変わりましたしね。変わらずに現存してるのは名も知られてないような場所ばかりで有名どころはどこも変わりましたから。ちなみにここは元は日本という国だったそうです」
「まあ、そこがどんな国だったかは後で教えてもらうとするか。院長様、俺の名前はソードだ。ソード」
「ソード・ダ・ソード?ふむ、珍しい名前のやつもいたものだな」
「変なところで切るな!俺の名前はソード・ブレイバーだ!」
「ほおほお。確か二年……いや、三年も前にもそんなやつが儂のところに来たな。懐かしいわい」
「本人だっつーの」
「コホン。あまり院長様にご無礼な口を聞かないように」
王子が咳払いをして俺に注意を促す。むしろ俺じゃなくて、院長のほうが無礼な態度を働いている気がしないでもないのだが、俺が悪いのか?
きっと訴えても無駄だろう。俺が悪いことを甘んじて受け入れれば、自体が悪化することはない。
「院長様、一つ質問よろしいでしょうか?」
「何かの?」
「最近……いや、ここ二年ぐらいの間で修道院で何か異常は起きてないですか?」
「最近ではなく、二年間でか?」
「はい」
「最近なら、モンスターがまた出没してると言う話を聞いておる。ここ二年間なら……1年ほど前からだな。えっと……そこの……そうだ、スターよ。そちは、席を外してくれないか?」
「護衛は、いかがなさるのですか?」
「こちらのものは儂の顔見知りだ。そちも知っておろう」
「分かりました。用件があれば、お呼びください」
王子は一礼をして院長室を退出した。言い忘れていたが、王子の名前はスター・グラスフィールド。
しかしながら、王子を追い出したところを見ると、なにやらきな臭い予感がプンプンする。
「さて、なにから話したものか。異変、と聴くならば、そちたちもなにかしら感づいているのか?」
「いや、王子……スターのことです。スターが受付をやってたんですが、何か違和感があって」
「具体的にこれと言うのは分かるかの?」
「なんつうか、全体的に雰囲気が変わっちまってるって感じかな。俺が知ってるのは、もっと人懐っこいやつだったんすよ。2年前にこっちに来て修行して変わったっていうなら、口出しはしないですけど」
「まあ、変わったのはスターのみでもない。他にも何人か異変をきたしているものもいる。顕著だったのがスターという話であるのだ」
院長が言うには、王子は来た時も緊張した面持ちだったが、すぐに打ち解け、他の修道士たちと仲良くやっていたそうだ。
特に院長と修道士長には懐いていたという。
ただ、1年ほど前から、仲良くしていた修道士たちと距離を置くようになり、鍛錬も事務も淡々とつまらなさそうに急にやるようになったらしい。
だが、内容については怠慢は見られず、むしろ優秀であることからここ最近は扱いに困っているということだ。
「うーん。思春期か?」
「兄様に関してそれは……」
「アリス。スター君だって年頃だよ?」
「確かに16歳という多感な時期ですけど……」
お前が言うか?アリスよ。
むしろお前のほうが多感な気がするんだけど。
常に俺に引っ付こうとしてきたり、嫉妬してみたり、油断も隙もありゃしない。
可愛い女の子に好かれてるから俺としては嬉しいのだが、なんか受け入れるのとはまた別問題なのだ。
今はアリスに関していってもこいつは何も変化しないだろうから話を戻そう。
「中二病ってやつですか?」
「何それ?」
「自分の中で設定作ったり、他人とは違う俺カッケーってやってる男なら一度は通ったり通らなかったりするものだ。病ついてるからある種病気ではあるが、健康を害すものではないから気にするな」
「妙に詳しいけど、もしかして……」
「俺にそんな時期があったか?」
「なかったね」
さすがに付き合いも長いので、俺がどんな状態にあるかはウィナはよく知っている。
「で、院長様。なんか、あいつの部屋にそんな感じのものを記したものが置いてなかったですかね?」
「いや、そんな類のものはなかったが……」
じゃあ、中二病の線は消えたか。中二病は何かしらの形が残るものをどこかに置いてあるはずだからな。いや、だから俺の話ではないです。
俺にも魔法が使えると思って、自分で術式を開発してたとかないです。俺に魔法の才能があったら使えたはずなんだ。その魔法は後にウィナが使うことになりました。
「えっと、院長様。一応ここも宗教ですよね?」
「ああ、そうだの。誰かの心の拠り所となっておる」
「こういう言い方もなんですが、陶酔しきってる人とか今までに見たこと、もしくは院長様自身がなってたりしますか?」
「何が言いたいのだ?」
「いえ、偏見かもしれないですけど、宗教と言われると陶酔しすぎて、変な考えを持つ人が現れたりもしますからね。クロイツ宗教では聞いたことないですが、もしかしたらと言う話です」
「陶酔かの……クロイツ宗教先ほども言ったとおり、誰かの拠り所となれる宗教を目指しておる。儂もその1人だ。歳だからこの位におるが、儂もそこまでの器ではあるまい。クロイツ宗教の名前が広まってくれるのは構わない。ここはいわゆる孤児の世話もしておる。……そちらには関係のない話だったの。とかく、悪い噂が立つようなことはやっておらん。それだけは言っておく。スターの様子がおかしくなったのは、どうしてじゃったかの……」
クロイツ宗教はお祈りみたいな、一般に知れ渡っていることだけでなく、孤児院のようなこともしているようだ。慈善事業であるだろうが、やはり寄付金などで成り立っているのだろう。
別にそのあり方には反論することもあるまい。他の宗教だってやってるところはあるはずだ。
「スターはそちが、魔王を退けたという報を聞いてから、こっちに来たな。それはどうしてだったのか」
「聞いてなかったんですか?」
「あまり身の上のことを話したがらないのでの。王族であったがゆえ、それも致し方ない。こちらも聞かなかった。ただ、ここで修練を積みたいとのことだった」
「元々、あいつは俺の弟子でした。俺が剣の手ほどきをしていたんです。魔王を撃退して、帰還した際にまたあいつに教えてやろうと思ってたんですが、魔王に力を奪われたみたいで。あいつのほうが強くなってて、俺が教えてやれるようなことが出来なくなりました。だから、さらに強くなりたいなら、修道院に行けと俺がそう助言しました」
「そうかの。それでそちの力は戻っておるのか?」
「先日、事情を知るものがいまして、魔王は力を奪った後、7つにその力を分散したそうです。それを持っているのが、7大悪魔と呼ばれる魔族です。今はそいつらを探してます」
「……なら、スターは悪魔に魅入られたのかもしれん」
「何か、知ってるんですか?」
「修道院には聖なる力を宿すのと同時に邪悪なる力を引き寄せやすくもなる。そうならないように、儂たちは神に祈るのだ。それが邪悪なる力を排除するものだと信じておる。実際に効果もあることは確認しておる。だが、より強い力を求めようとすれば浄化された心は闇を求める。それの隙をつつくように、悪魔に魅入られると文献にあるのだ」
「確証、というわけではないんですね?」
「院の者たちを儂はそういう目で見たくないのだ。恐怖から目を背けているのは分かっておる。異変に気付いておるのなら、そちたちが確認してくれないか?」
「俺たちでいいなら。いいか?」
俺はみんなに確認を取る。それぞれ、肯定をしてくれた。
院長はすまなさそうに頭を下げた。
身内が何かに巻き込まれてるなら、それを助けなければならない。
あいつの目を覚ましてやらないといけない。
まだ、洗脳されてるとも、誰かに操られてるとも確定したわけじゃない。
まずは、あいつに直接話を聞こう。
俺たちは王子の部屋へと足を向けた。




