幸せの形
全てを見届けて戻った先は、ウィナたちのいる場所ではなく、一匹の悪魔が佇んでいる場所だった。
辺りは緑に囲まれているが、ここだけは綺麗に整えられている。さすがに、祭に使っているということだけはあるか。
そして、少し高台になっている場所にいる悪魔に近づく。
「いや、悪魔……じゃなくて、エルフの成れの果てか。エアリス」
呼びかけると男だと思っていたその悪魔の姿は女性だとわかるほどに変貌する。
「さすがに分かりますか。もっとも、その名で呼ぶ者はすでにどこにもいませんが」
「どういうつもりだ」
「エルフの里に出身者である私がいることがそんなにおかしなことですか?」
「あんたは……ロロちゃんのために死んだんじゃなかったのか」
「あの時、取れる最善はそれしかなかったのですよ。もっとも、あの時に私は本当に死んでますから」
「なら……どうやって」
「魔王に無理矢理命を繋いでもらった。と言えばあなたは信じますか?」
「信じるも信じないも、あんたがここにいる以上はそれが証拠なんだろう」
魔王が何をしたのか分からないが、悪魔としてその命を永らえさせた。ただ、何のためなのか、その代償はなんだったのか。
「もっとも悪魔として生きているのもここ2年ぐらいの話ですが。そして、そろそろ期限です」
「いつだ?」
「あの子の誕生日といえば、あなたも分かるでしょうか?」
12月25日。クリスマス。それがあの子、ロロちゃんの誕生日だ。それまでにロロちゃんがここに来なかったら、この悪魔は人知れず消滅していたのだろうか。
「……悪魔がどういう文字を書くか知っていますか?」
「悪い魔物、定義としてはモンスターと同種だな」
「では、エルフは人間とは違いますが、モンスターとも違うとも言えます。どっちつかずの種族はどうなると思いますか?」
「……どっちにも淘汰されるとか?」
「その通りです。ですから、同じ種族で固まり、目立たないように生きてきました。人に近いですが、人とは違うので狩りの対象にされ、かといってモンスターたちと相入れることができなかった。そうして、私たちはこの里に追い込まれました」
「住み心地が良くないような言い方だな」
「実際問題、妖精たちに守られているような状態ですからね。悪いわけではないですが、良いとも言えないです。まあ、私にとっては妖精というより、自分がエルフとして生まれてきたことを悔いたいのですけど」
「でも、エルフとして生まれなければ、きっと魔王と会うことも惹かれることもなかったし、ロロちゃんが生まれることはなかった。このことだけはあんたは誇るべきなんだ。誰がなんと言おうとな」
「ええ。あの人を好きになったことも、あの子を産んだことも後悔はしてないですよ」
「……俺たちがここに期限までに来なかったらどうするつもりだったんだ」
「八つ当たり、と思うかもしれませんがエルフという種族を滅亡させようと思ってました。エルフが存在する限り、あの子に危険がないとは限らないので。でも、あの子も手を取ってくれる人を見つけたようですね」
「むしろ、俺としては今まであの子を放っておいた世間の方を疑うぜ。ロロちゃんは猫の姿で、あちこち回ってたって言ってたけどな」
「確かに、エルフより魔王の血の方が濃かったようですからね。あの子はそれが普通だと思ってたけど、どこかで言われたのでしょう。だから、目立たない猫でやり過ごすことにしてたんだと思います。……そんなことになってしまったのも私のせいですが」
「罪悪感を感じてんなら、今からでもロロちゃんに会ったらどうだ。この空間の向こうにいるぜ?」
「いえ、あの子に今の私が母親であることは認識できないでしょう」
「なんでだ?俺ですら分かるっていうのに」
「そういう風に作られているのですよ。この世界というものは。いつも、大切なものほど、手に届かないように」
「なら、このまま別れる気かよ。すぐ手が届くところにいるのに」
「いいんですよ。あの子が……ロロが幸せに生きていける世界なら。あなたが作ってくれるのでしょう?勇者」
「俺だって限界はある。でも、せいぜいロロちゃんが住みやすい世界程度にはするよ。それは約束する。あの子、俺たち以外にもちゃんと友達いるんだぜ?俺以外のメンバーだって、みんなロロちゃんのことが好きだし、可愛がってる。極端な話はエルフに近づかなきゃいいだけの話だし、根本としてエルフは大した戦闘能力はないんだろ?」
「多勢に無勢という言葉がありますからね。数の暴力とも言えますが。数に物を言わせればどうにでもなるものです」
「あんたは……特に何もなかったのか?」
「見た目からは分かりませんからね。名前も変えてますし。聞いたかもしれませんが、悪魔はエルフの亜種で戦闘能力が高いのが差別要素です。ですから、今の私にエルフは迂闊に手出しをすることはできないですよ」
「……これから、どうするんだ?戦闘もしない、ロロちゃんにも会わない。それでこんなところにいる意味があるのか?」
「願えるのなら、あなたの手で私を消してもらえませんか?そのためにここに来たのですよね」
そうだ。一応、悪魔の退治という名目でこの洞窟、および祭りが毎年行われているというこの秘境の地へと来たんだ。
だが、不思議な空間が広がっていたため、調査をするとともに、俺だけで単身乗り込んだのだ。
今こうして、エアリスと二人っきりなのは、俺が導かれるままに来たからだ。
だが、正体を知った今、俺はエアリスを討つなんてことはしたくはない。
「あなたの記憶だけに私の存在は止めておいてください。もう、あの子に会えるなんて思ってなかったんですから。あの子に会って辛いのは向こうも、私も同じなんですから」
「……相変わらず、嘘が下手なんだな。今すぐにでも会いたいって顔に書いてあるぜ。なら、あんたは罪を償うんだ。ロロちゃんを一人ぼっちにしてしまったその罪を。たとえ、少ない時間だとしても」
「あの子は許してくれるでしょうか?まだ、母親だって認めてくれるでしょうか?」
「それを決めるのはロロちゃん自身だ。俺はロロちゃんを連れてくるよ。邪魔は入らないようにする。満足……なんて、到底できるなんて思いやしないけど、少なくとも今のまま別れるなんて俺が許さない」
「あの……」
「とりあえず待っててくれ。また、過去を振り返るなんてことはないよな?」
「え、ええ。そもそも、あの空間に入った人に対して影響のある映像を流していたにすぎないですから。……もう必要ないですね。あなたが、出て行ったら開いておきます」
「じゃあな。……もう、会うことはないだろうけど」
「なら、最後ついでに一つだけいいですか?」
「なんだ?」
「ロロのこと、よろしくお願いします」
「……ああ」
短く返事をし、かつてエルフだったロロちゃんの母親から背を向けた。
あとはロロちゃんに任せよう。
そういや、魔王が悪魔の居場所を知っていたのは、自分の奥さんだったからだろう。生き永らえさせたことを後悔していたのかもしれない。だから、最後に夢を見させたかったのだろう。
それが、魔王の望みかは分からないが、俺はそれが最善だと思う。
きっと、最後は別れとなるだろう。
それまで、ロロちゃんは足りなかった愛情を注いでもらうといい。
別れた後、涙を流すかもしれない。だけど、それを乗り越えてくれるものだと俺は信じてる。
「ロロちゃん」
俺は、魔王とエルフの娘に声をかけた。




