望まなかった世界
たぶん、これで最後だろう。
ただ、ロロちゃんとの邂逅はあれっきりだし、そうすると二度目の旅の開始時まで行ってしまうのではないか?
ならば、あそこで終わるはずだ。それでも、続きがあった。ならば、ロロちゃんに対してまだ何か残っていると考えるの方が妥当なところだろう。
何が残っている?それとも、俺が関係しないところで起きたことなのか?
「ここは……」
案の定、そこに俺の姿はなかった。
代わりにこの目に映ったのは、ロロちゃんとおよそ、ロロちゃんの母親であろうエルフの姿だった。
ロロちゃんが母親にせっついて、それに軽く微笑んでいる。
哀しくなるほど、優しい世界だ。
もう、ロロちゃんが望んだ世界はここにない。
ここは、エルフの里だろう。ロロちゃんと母親以外には、妖精しか見当たらないが。そう言えば、かくまっていたと言っていたな。ならば、そんなに時が経っていないし、ここは長老の家だろう。ロロちゃんとその母親を毛嫌いしていたのはエルフの方だということらしいし。
「ママー。いつになったら外に出れるの?」
「分からないわ。少なくとも今は出てはダメよ」
「つまんないー」
「本なら沢山あるわ。私が読んであげる」
「ホント⁉︎」
「ええ。いくらでも」
どこまでも優しい世界。そうすることでしか、エルフの母親はロロちゃんを楽しませることができなかったのだろう。もっと、外の世界に出て、触れて、感じて生きて欲しかったはずなのに。誰が、こんな人生のレールを引いたのだろうか。
唯一、救いがあるとするならば、ロロちゃんがこの時を覚えてなかったことなのか。だが、それが幸か不幸かは分からない。母親と過ごした時を忘れているのだから。
親がいないって、どんな感じなのだろうか。
片方はロクでもないのだったけど、親としての役割は果たしてくれていたし、母親は言わずもがなだ。
親がいるというだけで俺は幸せ者なのかもしれない。
そして、そのささやかな幸せは終わりを告げる。
エルフたちに匿っていたことがバレたのだ。今いるこの時がその日だったのだろう。
「なんじゃお前たちは?」
「こちらに裏切り者のエルフを匿っているという情報を得た。私たちの元へ渡してもらおうか」
「何を元にそんな情報が……」
「最近。頻繁に料理をするそうじゃないですか。あなた方妖精は、食欲などといった生理機能はないはずなのに。おかしな話ですよね?」
「食欲などなくとも食べるという行為自体はワシたちも行う。そのために料理をして何がおかしい?」
「ええ。別に料理をすること自体を咎めているわけではないのです。その頻度が普段に比べて多すぎるということです。そこで、私たちは考えました。何かの事情で、人間、もしくはそれに準ずる誰かを匿っていてその方に提供しているのではないか?とね」
「勘ぐりすぎじゃ、ここには何もないよ。出て行きなさい」
「そういうわけにもいきませんね。いつ、私たちに被害が及ぶともわからない。それは、あなたたちにとっても同じのことなのですよ?」
「長老さん。もういいんですよ。ありがとうございます。私ならここにいます」
「ようやく出てきましたか。エアリス嬢」
「まだ、その名前で、その呼び方で私を呼んでくれるのね」
「皮肉のつもりですが」
「分かってますよ。連れてくんでしょう?いいですよ、樹海の奥でも、深海の底でも。どこへでも行きましょう。あなたたちが、まだ私を裏切り者と呼ぶのなら」
「……いやに聞き分けがいいな。いつもそうだ。だが、周りの反対を押し切って、魔王のところへ嫁入りしたのが最初で最後の反抗だったか」
「後悔、してませんよ?私を助けてくれた人に恩義を感じて恋心を抱くことの何がおかしなことですか?」
「相手が問題と私たちは言ったんだ」
「私が嫁いだ魔王は、あの時の魔王とは違うし、それに、魔王が私たちに直接何かしましたか?違うでしょう?」
「だが、元凶を作ったのも魔王だ。これだけは揺るがない事実だ」
「ですが、あまりに魔王を狙う人間が多いので、こうして逃がされたのですが」
「……なにか隠してないか?」
「いいえ?行くなら早く行きましょう。長々とすいませんでした。後始末はお願いします」
ロロちゃんの母親、エアリスが出て行こうとした時だった。
物陰から小さな身体が飛び出してきて、エアリスへと抱きついた。
「やっぱりやだよ……ママ……このままお別れなんて……」
「なんだ、この娘は」
「……知らない子ですね。私には関係ないです。早く行きましょう」
「知らないわけないだろう。ならば、なぜこんな縋るようにお前に近づき、お前はそんな顔をしている」
「私の顔は普通ですよ」
「相変わらず、嘘を隠すのが下手くそだな。おい、その娘も連れてけ」
「やめてください‼︎その子に触らないで‼︎」
ロロちゃんの前に立って、エルフたちに立ち塞がる。
ただ、その抵抗も虚しく、エルフたちに取り押さえられ、ロロちゃんはその手に捕まえられる。
だが、エアリスがエルフたちの手を振り切ってロロちゃんの元へ駆け寄って抱き寄せた。
「そんなに必死になって……それでよく関係ないと言えたものだな」
「ママ……」
「ごめんね……ロロ……」
きっと、これからエアリスは自分がどうなるか知っていたのだろう。裏切り者は得てしてそういうものだ。彼女はきっと戻らないことを条件にこの里を出たのだろう。魔王に嫁いだからこそ魔王に追いやられたエルフたちはエアリスを許せなかったのだろう。
「魔王がいつ侵略を始めるともわからん。その娘はエアリス、あなたの子供なのだろう?ならば、魔王の血も入っているはずだ。そんなのを私たちは野放しには出来ん」
「この子は関係ないでしょう!」
「……私も甘いようだ。ならば、選択肢をやろう。この子の存在を消滅させるか。あなたがここで自害するか。二つに一つだ」
「……私が自害した場合、この子のことを保証してくれますか?」
「ここで過ごした記憶を消す程度で手を打ちましょう。その後は妖精たちに任せますよ」
「ママ……どうするの?」
「ごめんね。ママ、ロロと別れなくちゃいけないの。でも、大丈夫。いつかあなたを救ってくれる人は絶対に現れるから……守ってくれる人は絶対にいるからね……」
おい、やめろ!
俺が叫んだところで過去の出来事だ。俺はその命が散るのを、目の前でただ呆然と見ていることしかできなかった。
ロロちゃんは、そのショックで意識を失った。
床にはロロちゃんの母親、エアリスの血が流れている。
唯一、長老だけが涙を流していた。その涙は血と混じり合う。
「エアリスの身はこちらで預かります。では、あなたがたに幸のあらんことを」
数名のエルフたちは、長老の家を出て行った。
長老はその場に崩れ落ち、ロロちゃんは横たわったままである。
だが、長老は気丈に涙を拭き、ロロちゃんに向けて魔法を使っていた。きっと、記憶を操作しているのだろう。ロロちゃんにこんな記憶を残してやりたくなどなかったのだろう。
例え、母親との思い出をなくしてしまうとしても。
魔法をかけ終えた後、長老はロロちゃんを引きづり、外へと出てきた。
他の数名の妖精たちを使い外へと運び出すようだ。
これ以上は先へと行けないみたいだ。誰よりもロロちゃんと母親のエアリスのことを考えてくれてたのだ。こうして、ロロちゃんが今生きているということは、一人でいても大丈夫な場所へと運んだのだろう。
そこから先はロロちゃんが歩んだ人生だ。
俺が知るべきなのはここまでだということか。
今現在、ロロちゃんは幸せなのだろうか。
こんな間違った世界がロロちゃんが望んでいた世界なのか。
知能を持ったからこそ感情が芽生え、争いが絶えない。
だったら、俺が俺の望む世界に変えてやる。
例え、何年、何十年経ったとしても。
開かれた空間は今までのような不可思議な模様ではなく、白く眩いばかりの光だった。
誰かを犠牲にして生きる世界なら、俺はそんなの望まない。
間違っていたのは誰かを分からせてやる。




