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ダイバーズレポート

「…ダイバーズレポート、002。ただいま日本時間で9月28日、4時半ごろ。…深海の温度は、いつの時間も0度から-3度の間を繰り返している。24時間太陽の光が届くわけもなく、地上の光が恋しくなってくる。…我々探査隊は、いよいよこの2時間後、深海の地底へと、足を踏み入れることとする。…着用するダイバースーツに搭載した最新型潜水カメラから撮られた映像および画像は、随時本部へと送信するとする。…本日のレポートは以上だ」



 深海2日目のレポート。


 深海での一日目は結局、爆睡しただけだったので、ここまで来ているんだという自覚がさっぱり湧かなかった。


「全員、備品は耐圧棚にしまったか?」

 隊長の威勢のいい声がかかる。

「はい。隊長」


 深海にて潜水艦にかかる圧は相当なものであり、その扉を開け、我々が外に出るというのが、人類潜水の一番の課題でもあった。

 当然、そのまま扉を開けてしまえば、高圧の海水が潜水艦内を貫くだろう。

 超高圧を、ギリギリのバランスで受け流しているこの潜水艦だが、扉が開くことで一点の歪みが生じ、アースとして機能しなくなってしまうのだ。



 この、一見地味で、最大の難関を突破する方法こそが、最新の技術を用いた耐圧水注入システム…である。


「隊員!そろそろダイバースーツを着るぞ」


 隊長を始め、全隊員がダイバースーツに入る。

「江野くん。やっとだね…」

「ああ、鈴木。この時のために、一年以上の訓練をしたんだ。…絶対大丈夫さ」


 ダイバースーツは特殊な機械を使用しなければ、完全に装着できない。

 背中にその機械をセットする。


–––––カチャッ!!


 この音だ。毎日聞いていた、正常にダイバースーツを着ていると感じる音。


 その音を最後に、世界は無音の中へ入ってゆく。スーツの仕様上、外界の音が遮られてしまう。そのためのヘッドギア。昨日の確認通り、緩みはない。


「隊員確認。聞こえるか?隊長の上原だ。ヘッドギアの確認は昨日したはずだが、音が聞こえた者は手を挙げてくれ」


 全員のマイクとヘッドギアがオンラインで繋がっている。この充電は、おおよそ10時間程度もつはずだ。


 全員が手を挙げたことで、隊長が隊員に不具合の無い事を確認した。


「では個人通話を使うぞ。…俺からの音声が入ったものは、応答してくれ」


 全員と通話したり、個人通話を行ったりすることは、マイクに向かって指示を出すことで使用可能だ。




––––––しばらくして、隊長から俺に個人通話がかかってきた。


「…江野。江野。聞こえてるか?」

「はい。隊長」

「よし。…これで全員だな。 全員通話、全員通話。応答せよ」


 隊長の「全員通話」という音声入力によって、隊員全員に音声が繋がり、各々が返答する。


「–––すべて予定通り進んでいる。…それでは、耐圧水を注入しろ!!」

「はい!」「はい!」


 開発の浜崎と鈴木が声を合わせて返事をして、耐圧水注入のスイッチが入った。


–––耐圧水注入システム。それは、外からの水圧と同じだけ、潜水艦内にも海水を満たし、潜水艦の扉を開けた時のショックを最大まで軽減するシステムのことだ。

 水圧を外界と等しくすることで、扉を開けた時に海水の出入りがほとんど無くなる。


 中が海水で一杯になることを想定し、先ほど全ての備品を耐圧棚へと収納した。


 足元に海水が入っていき、水面はあっという間に頭上を超える。


 五分ほどで空気が全て抜け、潜水艦内が海水で満ちた。


–––––水圧が……どんどん上がって行くのを感じる。

 このままじゃ絞めころされるんじゃないか…と、毎回思うのだが、ある一定の水圧を超え始めてからダイバースーツは機能し始める。



「ほっ…ら!」


 瞬間、俺の首や関節が自由になった。

 最初から機能を動かせばいいと思うものの、それだとダメらしい。


 このスーツのヘルメットの中には有機ELでできたパネルが付いており、スーツの現在の状況や水圧、背後の映像が確認できる。


 パネルに写っている限り、スーツは現在完璧な状態で動作している。



「…水圧が外と等しくなりました。潜水艦の扉を開けます」


 つまらなそうにそう言った浜崎が扉のバーを下ろしたあと、暗証番号確認、外水圧確認の手順が完了した。




–––そして扉が開いた。


 真っ暗な世界がどこまでも続いている。


 各々が、海底へ足を下ろして行く。


「これが…地球の最深部か…」

 

 思わず声が漏れる。


 きっと誰もがこの感触に感激していただろう。


 人類初の称号に。



 深海の感覚に身を委ねていた中で、初めに通信を使ったのは丸山だった。



「–––みなさん、お怪我はないですか?」


 海の中でも、通信はクリアに聞こえるようだ。


 「大丈夫だ」と短く返事をして、辺りを見回す。


 光で照らされている部分がくっきり境界線を作っている。


「–––潜水艦を閉じてきます」


 鈴木はそう言うと、俺たちがさっきまで入っていた潜水艦の扉を外から閉めた。



–––いよいよ始まるのだ。



 見る限り、ほとんど生き物の存在を確認できない暗闇の世界の中で、我々はここの生態系を明らかにしなければならない。



 海中を漂うマリンスノーが、ちらちらとライトに反射していた。


–––つづく。

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