願い事を叶えたいヒト
「常葉!!見知らずの人間を懐に招き入れるな!!」
「…お前は母親か」
彼女と話し続けていると、1人の着物を着た男性が天蓋に飛び込んできた。
「あなたは…?」
新たな人物の登場に、僕はどこか冷静に捉えていた。ああ、彼女の名は常葉と言うのか。
この男性も綺麗だった。僕と同じ男だったが、絵画のように綺麗で見惚れてしまいそうな気さえした。
「私の側近だ。さて、そろそろ私を知れたろう?」
そう言って、彼女は感情の読めない瞳を僕に向けた。きっと、帰りなさいと僕に暗に言っているのだろう。
そうだ。僕は“あなたについて知りたい”と言ったのだ。これだけ話をして、初対面の頃よりは彼女を知ることができた。
多分、これが彼女のボーダーライン。どんなに食い下がっても、これ以上は教えてくれないのだろう。
――それでも、僕は一抹の希望に賭けたい。
「ここへ、置いて下さい」
「は…?」
綺麗な男性の呆けた声が聞こえた。驚くのも無理はない。
僕だって、彼女たちが常人と違うことぐらい理解している。――だからこそ。
「僕はこの世界の住人になりたい」
彼女の雰囲気。
忘れられない、あの記憶の中のひと。
――似ている。
僕はそう明確に感じていた。潜在的に目の前の彼女が、記憶の中のあの人と同類だと五感で理解したから留まったのだ、と今なら分かる。
「阿呆!人間がこちらへ来るなんて!!」
「黙れ雅則。人間、本気か?」
声を荒げた男性を制して、彼女は神妙に尋ねてきた。彼女には僕の根底が見えているのかもしれない。
「本気ですとも!」
僕は必死だった。
どうして、こんなにも必死になるのか。そこまでして、あの人に会いたいのか。理由は。
分からない。けれど、これが最後だと感じた。これを逃したら、僕はあの人に二度と出会えない。…それだけは嫌だった。
「……分かった。置いてやる。ただし、用を済ませるまでな」
「…っ!」
彼女は紅い唇を弧に曲げた。
全て承知している――。
僕は目を見張った。彼女、常葉は僕がなぜ、こんなことを願っているのか理解しているのだ。
「常葉!!お前…!」
「五月蝿い奴だな、雅則。私が許可したことにお前が口答えする権利はない」
非情とも言える言葉に男性、雅則は口を閉ざした。側近と言ったからは、常葉がかなりの権力者であることは予想がついた。
雅則は怒鳴りたいのだろう。だが激情を鎮ませるように右手の拳を握りこむと、低く唸った。
「…何があっても俺は知らんぞ?」
雅則は諦めたようにそれだけ言うと、傍にあったクッションを掴み座り込んだ。
彼らにとって僕がどういった存在なのか、分からない。が、彼にとって僕は常葉に近づかせたくない存在であることは理解できた。
許してほしいとは思わない。
僕はただあの人に再び見えたいだけ。そのためだけに、僕はこの見目麗しい彼女を利用するのだから。
「それで結構。どうせお前は必要ないにも関わらず口出すに違いないが。目に見える」
僕が俯いていると、常葉の澄んだ笑い声が聞こえた。そっと顔を上げれば、常葉の形容し難い花のかんばせが眩しい。
そのまま常葉に見惚れていると、視線に気づいたのか意味有り気な視線を寄越され、思わずたじろいた。
な、何かしたか?
「――あなたは願いを叶えたいのだろう?」
「……はい」
「一等最初はここに何故人間が、と思ったがな。あなたが私と出会ったのも必然だったようだ。なあ、雅則?」
「…そういうことなら。常葉が認める理由があるんだったら…不本意だが、我々は貴殿を受け入れよう」
その言葉と共に雅則は眉間に皺を寄せながらも、僕と初めて視線を合わせた。
受け入れ…られたということだろうか。
「では、あなたの名を教えてくれ。なに、どうこうするつもりはない。呼び名が無ければ不便だろう」
名、と聞いて脳裏に名を縛り使役する図が過ぎった。僕は思わず瞬時に警戒してしまった。そんな僕に常葉は不要な心配を、と笑う。そんなことはないらしい。
「えっと、高野義人と言います!宜しくお願いします!」
「我が名は常葉。好きに呼べ、義人」
「人間!好きに呼ぶことは俺が許さない!常葉さまと呼べ!」
「落ち着け。ここでお前に暴れられると後が面倒だ」
「面倒って、大した労働じゃねぇだろ、あんなの…。俺は雅則だ」
まるで痴話喧嘩のような掛け合いに面食らいつつ、僕は頭を下げた。
「宜しくお願いします。常葉さま、雅則さ…?」
「ああ、俺のことは好きに呼べ」
「好きに…」
その時の僕は間抜け面だったろう。
「雅則さんだって姫宮と同じこと言ってるじゃないのさ」
という真っ当な呟きが聞こえたような気がした。