来客たち
天蓋から後ろに池がある。水面には蓮の花が年中咲いており、空に浮いた筒からは炎に照らされ美しく光る透き通った水が零れ落ちる。
「姉さま!!」
池から少女の声が聞こえた。常葉は振り返ることなく、口に笑みを浮かべる。
「翠。いらっしゃい」
その常葉の様子に雅則が池へ振り向くと、池の横に巫女装束に身を包んだ十歳そこそこの可愛らしい少女が佇んでいた。
「雅則さまも!」
「俺はおまけ、と言いたいのか」
そんな雅則の呆れ声を無視して天蓋へ駆け寄ってきた少女――翠は行儀良く常葉の寝椅子の斜め前、雅則と対になるように座った。
「翠。いい子にしていた?お前は可愛いから妬まれることもあるだろう」
常葉が翠に笑いかけると頬を染め、笑顔になった。おかっぱの童子の髪型に可愛らしい天真爛漫な笑顔はよく似合う。
「そんなことありません!みんなと仲良くしています」
「そうか。なら安心だ。だが、何かあったときはこの常葉、お前のために働いてやることを忘れるでないぞ」
その言葉は鋭い刃のようであった。例え常葉が今のように柔らかく微笑んでいても、言葉だけは刻み込むかのように響くのである。
「はい。常葉さまのお手を煩わすことのないよう、人と仲良くします」
そんな常葉の姿や声、その他の何から何までに魅了されながら翠はとろけるような笑みを浮かべ頷く。
「翠。能力使ったら終わりだからな」
「分かっています。大丈夫です」
余韻をぶち壊しにする雅則の小言には勿論、無表情で応じるだけだ。翠が常葉との一時の逢瀬を楽しんでいることを知っての上での発言なのか。
「翠、お前酷くないか」
反応するだけ良いと思え。
冷たい翠の視線がそう語っているようであった。
「姫宮ぁ」
「日和か。良く来たな」
今度は雅則が先に声の主をを当てた。
気の抜ける声と共にまた一人やってきたのだ。どこからやってきたのか。やはり、池であろうか。こちらは翠より少し大人びた…成熟した青年と未熟な少年との狭間にいるような男子である。日和は深緑の袴を履いていた。
「来たよ、姫宮に会えるって聞いたから。ねぇ、雅則さんの会社にコネで入れないの?」
薄茶色の癖毛がなんとも長めで、前髪などは特に視界を遮ってしまいそうであった。
「馬鹿か。例え入れても、てめぇはいらん」
「けちだね」
雅則の一蹴に日和は口を尖らす。
その様子を微笑ましげに眺めていた常葉は、食に偏りのある日和に訊ねるべきことがあったことを思い出した。
「日和、ちゃんと食べているか?勿論、お前の好物以外で」
「食べてますよぉ。その倍は胡瓜食ってますけど」
常葉の質問に懸念していた通りの答を口にしつつ、日和は翠のいた場所にころりと仰向けに転がる。
「…ならいい。勉強はどうだ?」
「昔、父上に教え込まれたの引っ張りだして、どーにかしのいでますよ」
尚も応じつつ目をこすり側にあった柔らかい座布団に手を伸ばし、抱え込む。
「授業は寝てるってことか」
眠そうなその行動に雅則は日和の頭を叩く。
「いって…雅則さんもそのクチでしょ?」
叩かれた日和は頭をさするが、表情は笑みを堪えるようで痛そうには到底思えない。
「寝てたが、小中高大と全て首席だ」
「うわ、嫌なやつ」
何故か胸を張った雅則にさすがの日和も心底嫌そうな顔をした。