出会い
運命はある。良いか悪いか知らないが。
人が倒れていた。
一瞬頭が真っ白くなったが、すぐにハッと我に帰る。と、とりあえず救急車でも呼んだ方がいいかな。
その人はうつ伏せで倒れていた。帽子をかぶってそのなかに髪を入れていて髪型も、顔も分からない。ただ体つきと服装で女の人だとは分かった。男の人がスカートはくことはないだろ。しかも結構短め。この人が男なら救急車よりも警察を呼びたくなる。いやいやそんなこと言ってる場合じゃないだろう。俺はその人の状態を確かめてみた。見たところ目立った怪我を負っていたり血がダラダラ流れてたりしている訳ではなかった。とりあえず一安心。いやまて。もしかしたら何かの病気とかで倒れていたりするのかも・・・。俺は顔色だけでも確認するために、その人がかぶっている帽子を取った。
正直驚いた。予想してないものがあったからだ。帽子を取ると、そこからサラッとした金髪が出てきたからだ。しかもこの感じ、髪を染めてるとかそんな感じではなく地毛だ。てことは外人さんか?顔も可愛らしい女の子だ。肌が透き通るように白い。年齢はぱっと見15、6歳くらい、つまり俺と同じか。ほえ~人形みてえに綺麗な顔だな~とか何とか思っていたが、途中から目的が変わっていることに気がつく。そうだよ俺は顔色を確認するためであって決してやらしい気持ちとかでやったんじゃねえよ。・・・可愛かったけど。しかし見てみると顔色が悪いわけではないし、苦しそうな表情を浮かべているわけでもなかった。むしろ寝ているような感じだ。さしあたって問題はなさそうだ。じゃあこの人は何でこんなとこで倒れてるんだ?そして俺はあることに気がついた。
(この展開ってあれじゃない?「う~お腹減ったよ~ご飯食べさせて~」みたいな!?うおーそんな漫画みたいなことあるのか!?つーか今の俺カラオケ行ったばっかで全然お金持ってないんですけどー!)
そんなよくわからない心配をしながらその女の子に目をむけて、再び驚いた。その女の子とバッチリ目が合った。綺麗な青色の瞳が、うつ伏せながらもしっかり俺を見つめている。てか普通に起きちゃってるよ。女の子はジーッとこちらを見るだけで微動だにしない。・・・なんかすごく気まずいんだが。
「あー、えっと、どうかしましたか?」
沈黙に耐えきれず俺は言葉を発した。女の子はまだ動かない。一体今何を考えているかも分からない。頼むから何かアクション起こしてくれよ!なんか俺が悪いみたいじゃんか!あ、待てよ。そういえばこの娘はバリバリ金髪の外人さんじゃないか。そもそも日本語が通じるかも怪しいな。てことは日本に観光か何かで来たけど言葉の壁にぶち当たってノックアウト中なのかもな。それならご安心なされいお嬢さん。俺がそんな壁ぶっ壊してやるぜ!主に三木に協力してもらってな!
「ちょっとそこのアンタ。黙って見てないでさっさと手かしなさいよ。」
女の子の第一声。めちゃくちゃ日本語喋れるじゃないか。しかも超流暢。
「なに突っ立てんのよ。日本人はみんなこんなトロいわけ?私の国ならこんな可愛い子が倒れてたら1秒たたずに助けてくれるわよ。」
と、うつ伏せの体勢からガンガン言う女の子。おいおいそれだけ日本語使いこなしてる外人初めて見たよ。
「とりあえず聞くけど・・・何でこんなとこで倒れてるんだ?」
「はあ?日本人は理由がないと人を助けられないの?貧しいわね心が。」
「一応それで行き先が決まるからな。」
さあて理由は何かな?ここまできて重大な事態という可能性は極めて低いが、聞かないことには対処できないからな。せめてまともな理由であってくれ。
「お腹空いて死にそうなの。なんか奢りなさい。」
ドベタな理由が返ってきた。現実にもいたんだなー腹減って倒れる人って。
「自分で食いに行けよ。」
「そんなお金あったら行ってるわよ。アンタ馬鹿?」
「落としたのかよ?」
「クレーンゲームってのにはまっちゃったのよ。ちなみに駅前にあるフランス料理店なんかが好ましいわ。」
「一人で行ってろ。」
とりあえず放置することに決めた。倒れてる女の子を置いて家に向かう非人道的な俺。フランス料理は手が出ないよ。さあて家に帰ったら母さんの暖かいご飯が・・・
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ!!こんなところに路頭に迷ってる女の子を見捨てていくわけ!?」
相変わらずうつ伏せのままで叫ぶ女の子。
「自業自得もいいとこだろ。」
「とにかく助けるのが男ってもんでしょ!?」
「勝手な視点を押しつけるな。クレーンゲームで破産した奴に奢る飯はない。」
「この・・・人でなし!!」
「何とでも言うがいいさ。じゃあな外人さん。親切な人が通りかかったら助けてもらいな。」
ヒラヒラと手を降る俺。どうせ見えてないだろうけどね。
「~~~!さ、叫ぶわよ!!」
既にほぼ叫んでいる破産女が叫ぶ。
「何を叫ぶんだよ。あれか?この人でなしがクレーンゲームで破産した私にご飯食べさせてくれないんですー!ってか?あいにくそんな奴に共感するほど日本人はプラス思考なんかじゃないぞ。そんな策なら無駄だからやめとけ・・・」
「そんなことじゃないわ。例えばそうね。そこの制服きた男子学生に襲われた、なんてのはどう?」
ピタッと、俺の足が止まる。おいおい何を言い出すんだいこの女は。
「今の私でも自分で服を脱ぐくらいならできるわよ?そうなったら・・・アンタの言うところの日本人はどういう反応をするのかしらね。」
「お前・・・。」
別に俺に疑いの目がかかるのはいい。だがここは俺の家の近く。ここでそんなこと叫ばれれば、真実かどうかは置いといて父さんと母さんに迷惑がかかることは確実だ。
「さあ、どうするの?」
この女・・・。だが、父さん母さんに迷惑をかけるのだけは嫌だ。
財布の中身を確認して、俺は女のもとまで歩いていった。
「とりあえず300円あるから。ハンバーガーでも食い行くぞ。」
「本当に!?やったー!」
と金髪女はピョーンと立ち上がった。
「立てるのかよ・・・」
「細かいことは気にしない気にしない!早く行くわよー!ここからだと駅前が一番近いわね。」
場所までしっかり把握している外人さんに先導されて、俺は歩き出した。
母さんには正と買い物に行っているから少し遅くなると連絡を入れてから、俺は駅前のハンバーガーショップの一席に座っていた。向かい側には俺の全財産300円分のハンバーガーを一人で食い終えた金髪破産女が座っていた。正直言ってかなり目立つ。外人さんはそりゃあ目立つ。店内の人達も時折こちらを見てはヒソヒソはなしている。やめてくれよな。
「あんまり食べたりないけど、ひとまずはこれで我慢するわ。」
あくびしながら言う。うわーこの女殴りたい。感謝0かよ。やっぱり放っておけばよかったかも。
「まあ何はともかく」
と言って女は立ち上がった。なんだ帰るのか?それはありがたい。俺もそろそろ腹が減ってきたところだよ。
「助かったよ。ありがとう!」
と女は頭を下げてお礼を言った。金髪がフワリと舞う。
・・・えっ!?俺今お礼言われた?このさっきから態度天体クラスの女に?俺はすっかり呆けてしまった。
女は頭をあげるなり怪訝な顔をする。
「何よその反応は。」
「いや、まさかお礼なんてものを言われるとは思わず。逆に、この私に奢るなんてありがたいことなのよー、とかなんとか言われるかと。」
「どんな高飛車お姫様よ。いくら何でもそこまで破天荒じゃないわ。」
破天荒とか外人が普通に使うなよ。外国感が無さ過ぎる。
女は席についた。お礼を言うためだけに立ち上がったらしい。もしかしたら俺が思ってる以上に健気な奴なのかも。
「私、アリス。」
「へ?」
「私の名前。アリス・ウィルハート。アンタの名前は?」
「俺?狭間 亜門だ。」
「アーモン?」
「誰がそんな悪魔と魚人を合わせた名前を名乗るか。あ・も・んだ。」
「アモン?変わった名前ね。日本人は皆太郎だと思ってたわ。」
「何故太郎なんだよ。」
「日本人って皆太郎なんじゃないの?」
「お前は今すべての日本男子を馬鹿にしているぞ!」
「昔パパから聞いたのよ。日本人、太郎の人は、皆優しい。」
「五・七・五!?それお前の父さんの自作!?だとしたらどんな体験談だよ!?」
「うーん。パパは太郎って日本人に助けられた時の感動を忘れないようにって言ってた。」
「この流れでまさかのいい話だな・・・。」
「そしてこうも言ってたわ。日本人は皆太郎なんだから、太郎として扱いなさいと。」
「そこだけ聞いたらなんか嫌な言い方に聞こえる!?」
「そんなつもりはないわ。誉めたのよ。えっと、アモ、アモ、アモタロウ。」
「混ざっちゃった!?しかも無理やりすぎるわ!」
「アハハ!冗談よ。タロウ。」
「確信犯だー!!」
女、もといアリスは笑った。
ムウ。こいつ意外に面白いぞ。遊ばれている感じはするが。
「さっきまでのでかい態度が嘘みたいだな。」
「ん?何よそれ。そんなにひどい態度なんてとってないわ。」
「俺との第一声を思い出して見るといいさ・・・。」
「えーっと・・・。ソコノカッコイイオニイサン。ドウカワタシヲタスケテクダサイ。だっけ?」
「一文字たりとめ合ってねえよ!お前は一回たりとも敬語は使ってねー!そもそもんなカタコトじゃないだろ!めちゃくちゃ流暢な日本語での暴言だったわ!」
「あー私日本語よく分からないから使い方間違えたのかもー。」
「破天荒とか使ってた奴にそれは通じねえぞ!」
「ハテンコウ?ワタシムズカシイニホンゴワカリマセン。」
「キタねぇ!!」
アハハハハ!とアリスは笑った。
「ゴメンゴメン。私いつもあんな言葉遣いになっちゃうから誤解されやすいんだ。けどありがとうって思ってるのは本当だよ?」
アリスは今までの天真爛漫な笑顔から静かに微笑むような笑顔になった。
「ありがとね。」
うぐっ!ヤバい。今ちょっとドキッとした。
「今ドキッとしたでしょ?」
「へっ!?いや、そのあの!」
「なに慌ててるのよ。かっわいー。」
完全に遊ばれている。
よもや外人さんとこんなトークになろうとは思わなかった。しかも行き倒れな人と。
・・・そうだ。こいつ、何であんなところに倒れてた?本当に腹が空いてるだけだったのか?
「おいお前」
「お前じゃなくてアリスよ。教えたからにはちゃんと使いなさい。」
「・・・アリスは外人さんだよな?」
「そうよ。はるばるイギリスから来たのよ。」
何故か胸を張って言われた。ふむふむ。出るところは出てるないままで話題にあげなかったが、こいつスタイルかなりいい。足は細いし、胸だってほどよい感じで出てる。俺のストライクゾーンだな!・・・なんか変態みたいだった。
「どこ見てるのよ。変態。」
ぎゃあああ痛恨!最悪の汚名を被ってしまった!
「あ、アリスは日本語がペラペラだよな!いや~すごいなー!」
無理やりごまかした。アリス、ヤメテクレヨその痛い視線は。アリスは、まあいいわ、と言って席に座った。ふぅ。危ない危ない。
「日本語がうまいのはパパのおかげよ。3歳から教えてもらってたの。今では四字熟語まで言えるわ。」
「四字熟語て・・・。そんなに日本語ばっか話してるから金髪なだけな外人気取りの日本人かと思ったよ。」
「失礼ね!何なら英語も話してやるわよ!」
と言って、アリスは英語を喋り始めた。日本語以上に流暢に喋っていた。これは日本人には無理だな。ちなみに俺は8割も聞き取れなかった。
「どうよ?」
「すげえな。疑って悪かったよ。お前はイギリス生まれのイギリス育ちだ。」
「そうよ。私はイギリス生まれイギリス育ちの15歳よ!」
年齢まで公開してきた。てか同い年なのか。俺は英語なんて話せないさ。
「そんな育ちも生まれもイギリスのアリスが、6月なんて特に観光の季節でもないのに、こんな異国の地で一人行き倒れか?」
ピタッと、胸を張って笑っていたアリスが止まった。
よく考えたらクレーンゲームで破産ってのも嘘くさい。いくらアリスが日本が初めてとは言え異国で金を使いすぎるなんて怖い真似はできないし、日本語が分かる以上騙されたって可能性も薄い。金は盗られたのか落としたのか。それとも別の理由があるのか。何はともあれ、俺はアリスに聞きだいことがあった。それは、
「あそこで倒れてたのは、もっと違う理由があったんじゃないのかよ?」
アリスの表情は曇っている。この反応は、多分あるんだ。もっと違う理由が。
聞いたところで何ができるわけじゃない。ただ、俺は確かめたいんだ。俺が助けたと思ってる人が、本当に助かったのかどうか。
「日本に来たのは・・・探しものがあったから。」
「探しもの?」
「うん。とっても大事な・・・今見つけなきゃいけないもの・・・。」
アリスはうつむいて言う。
「お金はね、ここに来る途中で落としちゃったの。クレーンゲームで無くなったってのは・・・口からでたでまかせ。でも一回はやってみたいわ。」
「どうしてあんなところに・・・?」
アリスはすぐに答えなかったが、やがってボソッと話し出した。
「アンタはね。初めての人だったのよ。」
「え?」
待て待て待て。そこだけ聞くと何か全く違う意味に聞こえるのは俺だけか?
「私が倒れてたのを助けてくれたの。」
「え?あ、あー。そっち。だよね。」
「そっち?」
「気にしないでドンドン続けてくれ。」
この話は長引くと厄介だ。
「アンタの前に3人通りかかったけど、見向きもしてくれなかった。誰も私を助けようなんてしてくれなかった。」
アリスがポツポツと語る。言葉は、とても重く感じる。
「だからアンタに話かけてもらえた時は嬉しかったんだよ。あんな言葉遣いだったけどあれは嬉しかったからだよ。本当に。」
アリスは笑ってそう言った。今まで見たことない優しい笑顔で。
「お腹が空いてたのも本当だよ。」
「そこは別に疑ってない。」
がっつき方がマジだったからな。
「だから・・・だからこそ、アンタには迷惑かけたくないんだ。」
「迷惑?何がだよ。」
「これ以上私に関わったら・・・きっと良くないことが起きる。だから・・・」
アリスの笑顔が、どんどん悲しみを帯びる。
理由は分からないことだからけだが、俺が知りたいことは分かった。
「今更迷惑なんて言えるかよ。すでにかなり迷惑かかってるぜ。」
「あっ・・・。ごめん。」
アリスがまたうつむいた。違う違う。そういうことを言わせたいんじゃなくてな。
つまり言いたいことはだ。俺はまだ、コイツを助けられちゃいないってことだろ?
「だから、迷惑かけるなんて、んな小さいことは気にすんなよ。俺にできることならするからさ。」
「えっ?」
アリスが思いもよらないという表情で顔をあげる。
「少なくとも俺は、一人困ってる可愛い女の子を見捨てて帰ったりなんかしねえよ。」
最高にクサイ台詞だったが、言い切ったぜ。アリスは表情を変えずに黙っていた。あれ?もしかして外した?・・・だとしたら死にたい!!恥ずかしすぎる!
「・・・うっ・くっ。」
と声を発したと思ったアリスが泣き始めてしまった。これにはビビった。生まれてはじめて女の子を泣かすという悪行をこんな場面でやっちまった。
「えっその、あの、何かごめん!」
一ノ瀬ばりのオドオド姿勢で謝ってみた。あいつもこんな心境で俺と喋ってたのかな?だとしたら今後改めよう。何をかは分からないけど。
「うう、何でアンタが謝るのよ?」
「え?いや。お前が泣いてるから・・・」
「こんなの・・・嬉しいからにきまってるでしょ!」
「え?」
「パパの言ってたこと、まちがってなかった。」
アリスは涙も拭いて、俺を見た。
「日本人は、皆太郎だって。」
アリスは笑った。
「俺は亜門だからな。今日から日本人は皆亜門にしろ。」
俺も笑った。俺もアリスも笑っていた。優しい空気が流れていた。
この時までは。
突然、キィィィッ、という、まるで黒板を引っ掻いたような大きな音がして、俺はたまらず耳を塞いだ。店内の人間も、あるものは悲鳴、あるものは疑問を叫びながら耳を塞いでいた。
ただ一人。アリスだけは、耳も塞がないで、ただ立ち尽くしていた。顔に驚愕の表情を浮かべて。
「アイツが・・・。・・・が来た。」
辛うじてアリスの言葉が来聞き取れたが、一体何のことだ?
するとアリスは店の出口に向かって走り始めた。
「!?おい!アリス!」
耳を塞いだまま、俺はアリスを呼び止めたが、こんな大きな音が鳴っていては聞こえたかどうかなんて分からなかった。
アリスは、足を止めて立ち止まった。そして振り返った。悲しそうな笑顔で、呟いた。
「 」
そしてアリスは店から出て行った。
しばらくして、ピタッと音が止まった。まるで今まで何もなかったかのように。店内は正体不明の音のかわりに、客のざわめきが支配している。
アリスが最後に呟いた言葉は、音のせいで全く聞き取れなかった。
だが、何て言ったのか。それだけは分かった。俺は拳を握りしめて、呟いた。
「ふざけんなよ。」
アイツは・・・。アリスは、最後にあんな悲しそうな面で言った。
ゴメンね、と。
何でアリスが謝ったのかなんて分からねえ。でも、これがアリスとの最後になっちまうってのかよ?あんな女の子が、悩み抱えた女の子が、泣きそうな面で謝って、それがあいつとの最後の会話かよ!
「んな後味悪い終わり方・・・、納得するわけねえだろ!!」
俺は店の外へと走り出した。
歯車が加速する