とんとん拍子
「痛い」
温かい湯船の中。
片腕だけをそこにいれながら呟いた言葉はむなしく消えていった。
朝の誰もいなくなった家の中で、元々綺麗とは言いがたかったお湯が赤く染まるをただ眺める私。
赤が広がっていく様子はもう死ぬことを暗示しているようで見ていていい気分ではない。
だけど、目をそらすことはしなかった。できなかった、と言ってもいいかもしれない。
湯船にいれている片腕――と言うよりは手首近いところの方が正しい――には、ぱっくりと口を開けたような傷がある。
その傷が赤を撒き散らしているのだが、その様子は口から言葉が出るのと同じように思えるんだ。
まるで、私が今まで言いたかった事を吐き出しているかのように思えたんだ。
だから、顔を背けようとは思えない。
……なんてね。
そう考えてから湯船にいれてない方の手にカッターナイフを持っている奴が何を言っているんだと自分で自分を笑いそうになった。
悲劇のヒロインかっての。バカらしい。自分はいつからこんな事、考えるようになったんだよ。
自ら死のうとしている奴の言葉なんて誰も聞きたくないよね。
つか、興味本意でリストカットした奴の言葉ほど聞かなくていいものはないよね。ははっ、爆笑。
いやいや、一応だけど死亡理由はあるんだけどね。
部活の先輩にいじめられました。辛くてもう嫌です。的な理由がね。
でも、何か死ぬ前だからか? 吹っ切れてきたよ。
うん。うん。笑顔で死ねるのはいいことかもしれないな。死んだ後の事は考えない方向で。
いろいろと考え込んでいると目の前が霞んできた。
傷がさっきから痛いな。
深く切りすぎちゃったんだろうか。
脳裏に広がる赤。
目の前も赤。
赤、赤、赤赤赤赤赤赤あかあかあかあかあかあか。
「……だぁいきらい」
死ぬ前に呟いた言葉。
それはいったい誰に向かって?
考えても自分にだってわからなかった。
×××
誰かが私の頭を撫でている気がした。
優しく、壊れ物を扱うように丁寧な手つきで何度も撫でている。
その温もりに泣きそうになった。
まるで、愛されているんだと錯覚しそうになるから。
きっと、この手の持ち主は悪魔なんだ。
愛って言う私が一番、欲しかったものをあげて、地獄へ連れていくんだ。
だったらもう少し。
もう少しだけ、この温もりを味わったっていいはずだよね。
そう思った瞬間、まるで私の考えを読んだかのように手が離れていった。
この悪魔はやっぱり意地悪らしい。
「もう少し撫でてくれたっていいのに」
そう呟きながら目を開けると、何故か私は布団の中にいた。
思っていた場所と違ってだいぶ違和感を覚える。
「ここは、」
どこ?
そう言い切る前に近くから聞こえてきたアルトの声が遮った。
「大丈夫?」
声の聞こえる方に視線を向ければ優しそうに微笑みを浮かべる少年――いや、青年?――がいた。
「怪我して家の前で倒れていたけど、平気?」
あれ? 違和感。違和感。
何で悪魔が死んだ相手を気にする。
何でそんな優しい眼差しで見る。
違う。違う。何かが違う。何が違う? わからない。
わからないから混乱中なんだよ、バカ。
いやいや、自分にキレたって仕方ないよね。
落ち着け。落ち着け。
「……平気?」
さっきの言葉を繰り返し言われる。今度は困った顔で、だ。
私はパニック状態だったために言われた言葉にとっさに頷いてしまった。
特に以上はなかったし。
「ん。異常無しね」
そう確認のように呟かれた言葉を頭の中で繰り返しながら
そういえば、とふと思い出した。
「……私の傷……」
ぱっくりと口を開けたような傷の痛みがない。
あれだけ深く切っちゃったんだからまだ痛みがあってもおかしくないのに。
「左手首の傷なら縫って、多分まだ麻酔きいていると思う」
傷って言葉で察してくれたのか、アルトの声の人は痛みがない理由を教えてくれた。
私は右利きだから、左手に傷が残ったのだ。
今さら誰に説明するんだろうね。言った後にそんなことを思った。
「傷、自分でつけたの?」
「そうだけど?」
別に聞かれて困ることでもないし、普通に肯定すると何故か悲しんでいるような、怒っているような、複雑そうな顔で
「ばか」
と、言われた。
言われた意味がわからないし、この人が誰かもわからない状況の私にとってその一言は少なからずショックだった。
見知らぬ人にバカって言われたんだよ?
怒り通り越してショックだよ。
「自分で自分傷つけたらダメだよ」
ショックからまだ立ち直れない私の頬を両手で挟みながら子供に言い聞かせるように言われる。
その言葉には異論をしたい。真面目に。
「知らない人にそんなこと言われたくない」
「影無 満月。ここで薬屋まがいな事をしている」
「かげなし みつき……? 薬屋?」
日本人みたいな名前だけど、騙されるな。影無 満月は髪こそ黒いけど、目は金色で明らかにハーフかクォーターだとわかる。
後、薬屋まがいって何?
それが一番、怪しいよ。
誰が見てもそう思うような顔をしていたんだろう。
私は彼を疑わしげに見ていたのだ。
そんな私に彼は苦笑いをして言葉を続ける。
「本当だよ。嘘つかない」
その笑みに負けた訳じゃないが、私はしぶしぶ疑うことをやめた。
彼の苦笑いに負けた訳じゃない。大事なことだから二回言っておく。
「で? 影無さんは私をどうするんですか?」
彼は椅子を布団の近くに寄せながら
「んー」
としか返事を返さなかった。
一応、付け足しておくと私が寝ていた布団は高級そうな布団なのに、よく回りを見てみると部屋の中は少し壊れかけているものばかりだった。
と、言ってもタンスと机と椅子が一つずつあるだけなんだが。
椅子をこちらに寄せ終わってその上で胡座を組ながらこほん、とわざとらしく咳払い。
「ね、一目惚れって言ったら信じる?」
それは唐突な告白だった。答え? そんなのもちろん決まってるさ。
「誰が信じるか」
I'll stand by you all the time.
私の言葉に少し困ったような顔で彼は言う。
「逃がす気はないからおとなしくつかまって。幸せにしてあげるから」
そう言われた時は少しときめいたのは秘密だ。
思い付いたまま書いたら意味わかんないものになったよ。
展開が早すぎてきっと途中で飽きたことが伝わりやすい作品になっちまった。
何か、いろいろすいません。
付け足し
女の子は死んで異世界トリップしてる設定。
本人知らない。影無、教えるきない。
薬屋まがいって言ったのは影無本人が成人をむかえてないから。
女の子と影無は16歳設定。
この後、影無の粘り勝ちで女の子と幸せになるんだと思う。多分。