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第四話 「Flashback」

 

そこに人がいるのにいないような世界。

自由であるようで自由でない世界。


僕であるようで僕ではないこと。

ここにいる自分と置いてきた自分。

その比較証明をする人はいない。

僕という存在は曖昧なまま変わらない、それは僕が僕である限り。


第四話 「Flashback」


 ハーティーと出会ったのはもう随分前で、それが仕組まれたことであったという事実は元々思いつきもしなかったのだった。

 ハーティーと最初に出会ったのはオンラインゲームからであった。チャットは気付けば1対1のものになり、それは決して物珍しいことでも不自然なものでもなかった。しかし最初に会話した際にボイス変換をしてきたのには驚いたことを覚えている。

 しかし、いくら話しても、議論を重ねても、それが母親のものだという印象など受けなかった。


 例えばアンドロイドが人類を救うものだと言って、それはアイドルであり、象徴であり、道具であるように、いろんな要素を孕んでいて、僕はハーティーとそんな長い議論を繰り広げてきた。

でもそれがなぜ何も語らない人形を生み出し、僕に送りつけることになったのか・・。.

それがハーティーであり母親であるという真実を、ポタポタと滴が落ちる音だけが聞こえる、僕以外誰もいない、関与することのできない深淵の混沌たる意識の中で、僕はやがてすべてが終わることを微かに感じながら、その真相を記憶のパズルの中から巡り探り始めた。


タツミとハティクヴァ

チャット及び会話記録

※一部、文章化に伴い修正された内容もあり


ハーティー「現代社会に蔓延る問題は、まさに希望喪失社会を作り上げていると言えるだろう」

  タツミ「希望喪失社会の原因っていうのはなんだ?今の社会はあまりにも因果関係で結ばれすぎて原因が見えてこないことが多い」

ハーティー「一番の問題は所得格差だよ、高度経済成長後、バブルが崩壊したことを皮切りに不況になり、その所得格差が表面化された、中高年は大量のリストラに遭い、団塊の世代の退職金問題や年金制度の崩壊、新卒者の就職氷河期など問題が噴出した。そもそも東京大移動による地域社会の変化、コミュニティ・ネットワークの崩壊が問題を大きくしているように思う」

  タツミ「やはり因果関係なわけだな・・・。しかし“夢喰い”が起こった原因は地域社会だけが原因ってわけじゃないだろう、僕が言いたいのは情報メディアであるはずのマスメディア、特にテレビが娯楽メディアとしてしか機能していないことにある」

ハーティー「人間の本能を誘発していると?」

  タツミ「マズメディアそのものが時代に適応していないから、理想と現実との間に乖離が生じているんだよ」

ハーティー「しかしマスメディアの中でテレビに関しては多くのチャンネルを作ることで多様な文化を創ってきたんじゃないか?」

  タツミ「その安易な文化の放流が不景気の今になってネガティヴな感情皮質へと変異しているんじゃないのか」

ハーティー「それを一つ一つを問いに回答を求めることは極めて難しいよ」

  タツミ「快楽至上主義の温床がそこにあるのにか!」

ハーティー「趣旨から外れすぎる、情報など取得する側の問題だろう」

  タツミ「バラエティーにしろワイドショーにしろ、視聴者が多いにもかかわらず低俗な放送をし、間接的に思想を作りだしてきた」

ハーティー「情報化社会では商業的な価値が優先されるのは仕方ないことだろう・・・、広告もそんな風に意識は確実に向かっていってる」

  タツミ「それが“性消費社会”の引き金になったという認識なんだが」

ハーティー「性消費社会?」

  タツミ「現代は日常部分でのストレスが増大し、その発散として快楽至上主義的な思想が呼び覚まされ、それを利用する企業の商業的利用価値として性が消費されつづけている社会だと思わないか?」

ハーティー「太平洋戦争終了後の日本国憲法の頃から、それに対抗する形で男女平等の流れが来ているから、そういった流れは印象的に思えて見えるのかもしれないね」

  タツミ「女性の立場向上が結果的にストレスの原因の一つにまでなっている、皮肉なもんだな」

ハーティー「男女雇機会用均等法にセクシャルハラスメントの問題、男女共同参画社会、確かに男女平等の本質的な部分として、女性を性犯罪から守るためというのはあるんだろうね」

  タツミ「女性の権利を守ることで性犯罪から守る、現実は性犯罪から守れても、性そのものはどんどんと軽視されてきている」

ハーティー「確かに、女性の性を商業的価値として捉える流れは、男女の関係性においても大きな問題であるね」

  タツミ「“守る”というのが社会の意味からするとコミュニケーションの場から疎外するというのは、子どもの安全性確保の問題と重なるところだな」

ハーティー「小コミュニティにおいての守るというのと、社会全体として法的処置も含めて守るというのにはあまりに差がある。そういった一方的な権利の制定が、一つ一つ歪みになって関係性を歪ませていると言えるのか」

  タツミ「一人一人が法律の改正を把握し、遵守するというのは、情報の膨大な社会において難しいことなのだろう、だから特に情報弱者が損をしたり、誤った方向性で問題を引き起こす」

ハーティー「思想的な部分で女性を守ることは大事でも、その裏ではコミュニティ制の維持が大事になっている。そういった意味では女性は孤独を恐れたり、仲間意識が高いのは、女性自身が一人一人の信頼性に対して臆病になっていたり、安全性がそこまで意味をなさないことに気付いているからこそくる防衛本能といえるのかもしれないね」

  タツミ「確かに欲望の見え隠れする社会においては、陰と陽の部分はくっきりと分かれていて、それは集団性の確保できる場においてしか安全性が機能していないというのはあるな」

ハーティー「大企業の職場環境改善プログラムの中で、“女性が働きやすい職場は、男性も働きやすい職場”という原則も出来ているし、ウーマンリーダーシップ の流れも徐々に進んできているね。企業としては女性の能力を重視することでイメージアップを計ろうとしている、実際その方が業績がいいというデータも出ているしね」

  タツミ「企業にとって女性の参加は重要な課題なんだな」

ハーティー「ついでに女性の権利が保障されているかの9つのチェック項目を挙げておこう」


      ・出産してからでも働けるかどうか

・家庭(特に育児)との両立ができるかどうか

・サポートする制度があるかどうか

・女性が差別なく活躍できているかどうか

・男女で任せる仕事などに差がないかどうか

・逆に、女性の仕事量や仕事内容は考慮されているかどうか

・女性比率が高いかどうか

・女性管理職の比率はどれくらいで、何人いるか

・定年まで勤務する女性は何割(何人)いるか


ハーティー「政府の少子高齢社会を解決する一策という意味も含めて、行政によって、改善への取り組みを評価するシステムをすることで、プラスの方向に向かわせようという取り組みが、今後課題として上がってくることだろうね」

  タツミ「しかし、社会全体としては、もっと大きな問題が広がっているね」

ハーティー「さっきの話の続きか」

  タツミ「あぁ、男女平等といわれている一方で、広告や番組、さまざまなメディアにおいて性の商品化が進んでいるといえるな」

  タツミ「しかし実際僕は性消費社会の表層化には、テレビの番組企画構成より記録メディアによる画像、映像音声のデータ化の方が大きな問題であると思う」

ハーティー「技術進歩か・・・、確かに印刷技術の発達で週刊誌などグラビアを載せた雑誌が増えたのと同じように現代ではアダルトビデオが増え、インターネットでもポルノ関連のコンテンツは爆発的に増えた。

       それにインターネットでは虚偽情報がネット全体に蔓延し、錯綜する情報のやり取りから、事態を利用した評論家まで現れるようになった。

       こうして人間の技術が生み出したポルノ製品のリアリティは映像技術の発達と共にその可能性を大きくし、需要と供給の中でより欲求に近い形に変貌し、その産業そのものを発展させた」

  タツミ「それが産業として成り立ち、一般化するということは、あまりに危険なことだ」

ハーティー「そうだね、ポルノ規制が進む一方で、人間の性に対する欲求は常に類似した代用を求める形で発展し、15歳未満の出演まで問題となったイメージビデオや過剰な理想観と支配欲から来るコスプレ物を増やすに至った」

  タツミ「産業が大きくなれば関わる女性の数も増えた。逆にそれが女性に対して安全性を主張する形になり、さらに多くの人が業界関係者として広がった。

  タツミ「そして“人間個人個人が日常生活としての積み重ねてきた生涯の自分と別の、その業界としての自分を持つようになった。”いわばアダルト業界への参入が女性にとって生活維持の手段となった。

       そこでは個人情報として公開する情報が限られ、その業界の中にいる人々に望まれる自分を演じるようになった。そうすれば都合がよく、円滑に事が進んだ、それが演じている自分の価値を高める最善であった。そうして生まれたのが望まれる形の自分、いわゆる僕が造語として使っている“I doll”なんだ」


ハーティー「“わたし”という“人形”としての自分の形、本当の自分とは切り離した存在、それは確かに広義の意味においてさまざまな社会的地位の人に該当する。そしてそれは自然に生まれてきたように見えるが、極めて作為的な存在だ」

  タツミ「そう、アイドルや政治家、芸能人、それにフィクション上の人物まで、得意な部分のみをクローズアップして自分を演じ、すべてが他人の都合によって作られた偽造された人間像なんだ」

ハーティー「人間はそれが最も都合がいいから信じた・・・、そして都合が悪くなると裏切るようにその作り出された人間性を否定した。それが今起こっている大きな問題なのか」

  タツミ「ワイドショーや週刊誌の影響で政治の世界においても、政治家のイメージの部分が重要視されてる流れは長年あるね」

ハーティー「政治責任能力ということ言葉がよくニュースの中で言われることが多い、これはいわゆる政治家に向けられた言葉で、その使われ方は皮肉めいているとは考えられるな」

  タツミ「話題性という意味において、スキャンダルを取り上げ、実際の政治の“仕事”とは別の部分で問題を大きくし、政治責任能力を問う流れが通性化されているのは大きな問題と言えるだろう」

ハーティー「確かに責任のある立場に立ってから、思わぬ形で個人の問題が噴出することが多い、そしてそれは何者かの意図するところから来ているものと考えるのが自然だ」

  タツミ「その人を選んだ国民が悪いという意見もあるが、国民自体が政治そのものに大きな関心及び知識があるわけでもなく、総理大臣及び政治の主権力を持つ内閣自体も国民が直接選べるわけではない、そうしたことも自分たちに責任はなく批判の対象として祭り上げられる原因でもあると考えられる」

ハーティー「主権である国民が悪いという見方か、衆愚政治と言われるのも頷けるか、選挙が知名度や認知度を主として当選するものなら、政治知識のない有名人が当選するのも頻繁に起こっていることで、それに危機感を覚えないというのもどこかおかしい」

  タツミ「そうした“なんとなくこの人なら大丈夫”という認識が、日本を悪化させている、すぐに手のひらを返したように支持率が逆転するような状況に陥る」

ハーティー「確かに内閣主導という責任を内閣が引き受ける形ではそれは顕著に表れるんだろうな、日本の民主主義の歪さだな」

  タツミ「象徴政治を続けてきた日本にとっては仕方ないものなのかもしれないけどね、どうにも成長のしようがあるかはこれからもわからないよ」

ハーティー「先日の話しから政治の世界でも小泉劇場を筆頭に“演じている自分”というのが優先して見られていることがわかった。人の知り得る部分は限られている、それを利用してメッセージ性を重視し印象を良くしようとするのは政治家として十分に考えられることだ、だとすれば随分前にタツミが話していたことについても同じようなことが言えるのではないか?」

  タツミ「何か話しをしたか?」

ハーティー「フィクションではあるがな、ラクス・クラインとミーア・キャンベルを巡る関係性において、ミーア・キャンベルには三つの見方があるという話しをしていただろう」

  タツミ「そんなことも話したっけか・・・、少し思い出そうか。

       確かミーアには三つの見方があるって話しだっただろうと思う。“ラクスを演じているそのまま信じてみる見方”、“それがミーアだと解りながらも見る見方”、“そして本来の彼女を見る見方の三つがあると”。

       でも、視聴者側から見て三つの見方があるとしても彼女の心は一つでしかなく、存在も一つでしかない、演じていく内に彼女の存在価値も望まれるままに一つに収束されていく。

       彼女はそうして本来の自分を失っていくことに耐えられなくなっていった、それは決してラクスを演じている快楽に飽きたからではないと、そういう考えだったな」

ハーティー「最初は目立たない自分を変えたいとか、あこがれの部分が強かったが、演じているうちに自分がラクスであることに快楽を覚えていった。しかしそうして“人のため”と演じているうちに、その役割の大きさに少しずつ負担と罪悪感を覚えていくわけだ。

      そしてそれは同時に自分を失っていくことでもある。本当の自分を知っている人はいない、本当の自分の気持ちを受け止めてくれる人もいない、ラクスである以上、ラクスとして存在していなくてはならない、そうしてミーアは自ら自分のアイデンティティを崩壊させていった」

  タツミ「人間性の唯一性が自己嫌悪の中で描かれるというのは、ある種シリアスに物事を考える際に重要な点なのかもしれないな」

ハーティー「人間を人間たらしめるもの、その人の唯一性、本当のミーア、それは彼女が演じているラクスを含めたとしても、重要なのはミーアがミーアとして生きてきた時間なのだ。生涯歩んできた道のりほど人間の唯一性を示すものはない、たとえその場では何者かを演じていたとしても、生涯を演じることはできない、だから彼女は人として理解者を求めたんだ」

  タツミ「人がマリオネットであること、それは本質的に人の望むことではないということを教えてくれたわけだな」

ハーティー「人形のように演じているままでは幸せにはなれない、そういうことだな」

ハーティー「最近は“アンドロイド”という言葉が頻繁に使われているね」

  タツミ「“アンドロイド”そのものが次世代の技術だとされてきたからかな」

ハーティー「アンドロイド携帯か・・・、アンドロイドとは機械化された便利で都合のいい道具なんだろうな」

  タツミ「人間的な感情をアンドロイドに組み込んだとしてもそれは紛い物だよ、物である以上、人間は物という認識で扱うし、人間より大事にしようとは思わない、大事にするとすればそれを人間に値段を作るように価格変換したような計算の場合だよ」

ハーティー「人間であるということはそれ個体のエゴが存在し、強制力を高めなければ都合のいいものにはならない、人間の子育てを見ればわかるな、今の時点ではアンドロイドは便利屋にしかなりえない、人間の“変わり”でしかなんだ」

  タツミ「人間の変わり・・・か」

ハーティー「人間は社会の中に確実に自己を孤立化させている、機械化が進めばそれはさらに表面化されてきた、人間には人間の変わりが必要になったのかもしれない」

  タツミ「それが、人間のエゴが作りだしたのなら、悲しいことなのかもしれないな」

  タツミ「機械化が進み、便利な物は便利な方向にシフトしていった、そしてその中でも万能で汎用性の高い人間を支える役割をまかなう存在がアンドロイドだと言うなら、ハーティーの好きなボーカロイドとは何を伝えようとしているんだ?」

ハーティー「タツミ・・・、一つ覚えておいて欲しい」

  タツミ「どうしたんだ?」


ハーティー「技術がどれほど進歩したとしても、アンドロイドは人間の代わりにはなれない、代用でしかないんだ」


  タツミ「ハーティー・・・、俺は別に・・・」

ハーティー「いい、今は心に留めておいてくれるだけで、タツミも人間で、私も人間だ、今はそれだけを知っておいてもらえるだけで十分なんだ」

  タツミ「ああぁ・・・、何を言いたいのかはわからないが、わかった」

ハーティー「話しを戻そうか、質問にあったがボーカロイドはそのキャラクター性も大事ではあるが、その本質はDTMから作り出された楽曲にあるんだよ」

  タツミ「技術の発展と共に譜面を眺めるより大事なことが出来たということか」

ハーティー「遠からず正解だね。最近ではキャラクター性やフィクション性の関係ない曲でも有名な曲が多く制作されている、マリオネットシンドロームや裏表ラバーズ、from Y to Yなどはその代表だろう。もちろんカムパネルラやアルビノなどボーカロイドのキャラクター性から外れたフィクションの曲も流行っている。機械的な音で歌うボーカロイドに対して感情表現の部分としてキャラクター性を持ち込んだのはイメージカルな観点では効果的であったのは間違いない。しかしそれに続く社会的な部分、曲に対する共感性の部分ではAliceやインターネットシティのように視聴する側へと意識を向けた楽曲が必要であったといえるだろう」

  タツミ「そうするとなんだ、社会現象のようにボーカロイド曲は見られるが、実際の所そのキャラクター性にこだわっている人は少ないということか」

ハーティー「そうだね、そこに自分に見合った良曲が生まれているという事、それを生み出すボカロPがいることが大切なことなんだ」

    

巡り巡る思考、再生される過去の記録、ハーティーと僕の言葉の数々、少しずつ・・・、本当に少しずつであるが、僕は大切なことを思い出しつつあった。


理想が具現化された都合のいい存在。

機械には許されない人間にだけ許された言語力をもった心と身体の融合。

自由という名のエゴイスト、その人間性。


そして、今の時代に存在するアンドロイド、その正体は・・・・・・。

僕はもう、頭の中では分かっていた、ただそれを言葉にすることも、理解することもしようと思わなかっただけなのだ。


永遠のように感じられた、なにもない場所、僕の記憶だけがパズルのように眠る場所。でも僕はそこから残された自我のようなものを取り出し、ゆっくりと、どこかから奏でられた心地よくも切ないメロディーと共に“本当のなにもない部屋”へと意識を目覚め始めた。


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