第二話 「Borderline Personarity Disorder」
第二話 「Borderline Personarity Disorder」
「こんな時間にログインしているなんてHatikahは早起きなのか不眠症なのかどっちなんだよ」
「助けを求めておいてその言いぐさはあんまりだねタツミ」
僕はHatikahの声を聞いて少し落ち着いた。少しは目の前の光景から意識を逸らすことができた。
スカイプ画面をじっと僕は見た。僕は普段Hatikahのことを敬称としてハーティーと呼び、ハーティーは僕のことをタツミと呼んでいる。
僕のハンドルネームのタツミというのはジャック・デリタのアドルフ賞記念公演を訳した逸見 龍生から取っている。一方でハーティーのハンドルネームに関しては何らかの意味はあるのだろうが、今まで僕は追及したことはなく、これまで詳しく知る機会はなかった。
ハーティーの声は変声器だかラジオのスピーカーを通したような機械混じりの声でその原型はわからない。彼自身は自分の声をボーカロイドだと言っているが僕はハーティーが歌うところを聞いたことがないのでその実感はあまりにもなかった。
「ハーティーにも見えるようにしてやろうか? こいつを」
僕は冷静な口ぶりのハーティーに嫌悪感抱きながら言った。
「何が届いたって言うんだい?」
「“ダッチワイフ”だよ、冗談とは思えないね」
言葉と共に部屋の空気が静まりかえる、すぐに返答が返ってこないため、僕にはハーティーが何を考えているのかわからなかった。
「信じられるいかい?ハーティー、僕の母親がこんな物を送ってきたんだよ。果たしてこんなものが何を満たしてくれるというのか・・・、僕には到底理解できないよ」
感情を持たない道具としての人形、欲望捌け口、そこに形容されるものはあまりにも独善的でしかない。何をこれで代用するのか? そこにどんな感情を向けろというのか? これは道具でしかない、人の形をしているだけで本質的に人間的な部分など何もない、なぜこんなものに対して必要性に駆られる人がいるのかもわからなかった。
「でもアンドロイドとは本来そういうモノであったのかもしれないね」
ハーティーは呟いた。まるでこれまでの話しと続いているかのような口ぶりだった。何度か話してきた話題と接続させようとしているのか、しかし、理由は定かではないがハーティーはそれほど驚いた風ではなかった。
「でも人間が求めたアンドロイドの姿はこんなものじゃ・・・・・・」
僕の言葉は逃げ口のように部屋に響いた。僕は立ちつくしたまま言葉を無下に言い放つことしかできない。
「違うよ、どうその人が扱おうとそれは都合のいい存在でしかないんだよ、人間の支配欲は常に自分を危険にさらしている、だから安心できる相手でなければならなかった、人間は支配していなければ安心の出来ない生き物なんだよ」
当事者とは無関係であるためか、言葉にするのも痛いほどに精神的打撃を受けた僕に対して、イラつかせるほどにハーティーは冷静だった。
常に情報は錯綜して、人間は時間の経過を意識し、他者との距離を意識し、常識の枠組みに捕らわれ、心と心を離していく。呆然となる心と心の距離、何を感じ何を信じているのかも分からない、言葉は言葉として受け入れられないほどに偽善的に、やりすごすための手段としてしか感じられない・・・。
僕の中で止めどなく言葉が溢れた。なぜ欲望は生み出され消費してきたのか。終わりなどない、生きている限り尽きることはない、欲望は欲望を産み、人間は人間を無意識のうちに汚してきた。すべての意識が何者かに犯されている、自然的ではない。監視されているかのように、気づけばどこかのチャンネルに繋がれている。
そうだ・・・、僕は断たなければならない、僕は自分を守るために、これ以上何者によっても自意識を汚させないために、これは警告なのだ。だからこれは僕にとって無価値なものだ、知ってはならなかったのだ。
「人形まで使って僕を狂わせようとする、何を勘違いしてるんだろうね・・・。どっちがキチガイだって言うんだ・・・、僕はもう十分だよ、そうだ、人形には余分な感情は必要なかった、面倒な関係はいらない、このままでよかったんだ、これ以上干渉しないでくれ、異常なのはずっと人間扱いしてこなかったあんたの方だよ!!!」
自然と身体は動いた、邪念を振り払うかの如く僕は発泡スチロールに包装された人形を蹴り上げた、そうしなければ決別できないと僕は感じた。
母は僕に自由を許してこなかった、常に教育者として足枷を付けてきた、常に支配し傷つけることで束縛を続けてきた、でもここで僕はやっと自由になれた気がした、時間がゆったりと流れるように感じられた、余分な感情を摂取しなくなった僕の呼吸は少しずつ軽くなった。
だが母は欲望を消費する人形を送りつけ、僕の中の欲望を引き出させ時間を逆回しにしようとしている、母はこんなものを送りつけて何かをしてやった気になり自分だけ悦に浸り自己完結しようとしている、それは大きな間違いだ、玩具は必ずしも子どもためになるわけじゃない、欲望が欲望を生む、一つの消費がもっと大きな消費を生む、それは溢れ返る前にどこかで遮断しなければならないんだ。
乾いた音と共にボロボロと発泡スチロールが分解される、人形は頑丈に、入念に包装されていたことだろう、だが僕はそれを引き剥がす、そして傷一つない20歳辺りの綺麗な女性が裸体のまま僕の前に姿を現した。
倒れた反動で首が少し正面を向いておらず目の焦点が僕の方を向いていない、包装は強引に解かれ、発泡スチロールはバラバラになり辺りを点々としている。
ハーティーは物音がしているのに気付いているだろうが言葉が見つからないのかわからないが何も言わなかった。だが慣れた感覚から息づかいが聞こえるわけではなくても視線は感じていた。それはハーティー自身も気付いているからなんだろう。
“―――誰も僕を止めることなどできないと”
部屋には僕一人しかいない、誰の意識も入ることはできない、誰も制御できる者はいない、僕は僕の意志を持ってこの事実と向き合わなければならない。
“こんなモノで、僕の感情も身体も何一つ満たすことはできないと
僕にはこんなものは必要ないと、早くどうにか処理しなければならない“
そして、それ以前に僕の感情は沸騰し、もう視界が真っ赤に染まるように、今まで降り積もってきたモノがにわかに姿を現し始めた。
手段はわからない、どうしていいかなんてわからない、身体は自然と動いた、僕にとってこの人形は性欲を満たすためのものではなかったから。
―――僕は無理矢理にその身体を持ち上げて壁に向かって投げつけた。
壁とぶつかる鈍い音がした後に、その身体は力無く床に沈んだ、もう先ほどのような真っ直ぐに包装されたままの綺麗な姿勢ではない、それは人間が背中を壁に付けて眠っているような姿勢で、しかしクリっとした瞳は開いたままで、人間として見るならあまりに不自然な光景であった。
「何のためにこんなものが必要になった、なんのために!!」
誰に言うでもなく疲れ乾いた声で僕は叫んで、憎いほどに頭を地面に叩きつけた。そしてダッチワイフ特有のビニールフィルムを引き千切り、その素肌に向かって爪を突き立てた、確かに人間のそれと違う肉の感覚、爪を立てた腕を離すとそこにはくっきりと爪の後が残り、麻酔がかるような罪悪感が胸の中から溢れてくる。
今まで抱いていた想像以上に美しいそれは人形以上人間未満という言葉が似合うようなもので、美しくも儚いもののように思えた。
“心が躊躇うように、過去の記憶を回想させる、それはあまりにヒビだらけの記憶、少し触れただけで、自己嫌悪の固まりのようなそれは、血流を吹き出させる”
生身の身体となった綺麗な身体を僕は何度も壁に叩きつける、その間、僕は出来るだけ何も考えないように、心を意識的に閉じて、勢いに任せて興奮状態のまま力を振り絞った。
バン!バン!バン!と何度も壁にぶち当たり振動が腕を通して伝えられる。
体温の感じれない身体でもそれは極めて人間のような感触で、身体もずっしりと重く感じられた。
バン!バン!バン!! ドン!ドン!ドン!
振動の音と共に脳が一つ一つ陶酔していき、抱いていた感情が徐々に薄まっていく。
許すわけにはいかない、許すわけにはいかなかったから、信じられるわけないから、否定することで僕は僕を守ろうとした。
Tシャツに汗が染みついて帰宅したばかりの身体が余計に気持ち悪い、そして正面を向いて力無く項垂れながら倒れかかるそれを見たとき、僕は間接的に人間個人個人が汚してきた“I DOLL”のそれと変わりないことに気付いた。
“人間とは、いずれにせよどこかで欲望を消化しなければいけない生き物なのだ”
“そして僕らは、それに都合のいいものを求めた、出来るだけ誰にも迷惑を掛けないように、出来るだけ面倒な干渉を起こさないように”
意識がドグマの中に沈んでいく、興奮と動揺の中で僕にはもう“それ”が人間のそれと同じに見えた。虚像のベールを剥がすように、象徴的美しさのベールを剥がすように、僕はその身体を引き裂いた。
やっぱりそうだ、どれだけ綺麗に自分を見せようとしても中身は人間なのだ、プライバシーという自己安全性があるから自分をよく見せようとする、それは多くの人に影響を与える象徴的なものであればあるほど罪深いことなんだ。
化粧も敬語もその場限りの同意も同調も、全部本当の自分を隠すためのベールでしかないんだろ、この身体を引き裂いたらみんな同じように我に還っていくんだ。
ナイフで突き刺したお腹から血液がボコボコと溢れて来る、リストカットをしているやつだってこうして自分で生きていることを確認する、僕のしていることはそれと同じだ、生きていることを確かめているんだよ、これは虚像だ、中身は味気ないからっぽの人間でしかないんだ。生きている人間はみんなそうだ、装飾した自分を、あたかも自分そのもののように表現しているだけなんだ、個性など動物的な部分では何の意味もないんだ。
抵抗はない、反応もない・・・、僕はさらにナイフで一刺しした。
びしゃっとお腹から血流が吹き出し、それが僕の顔を襲い視界が狭まった、突き刺したナイフを引くと先端からビッシリと血液が染みつきあっという間に使いづらい物になった。
やはり短いバターナイフでは腹を切開するには役不足であった、ゴボゴボと流れる血液は砂流の如く床にまで染みついていき、腹部辺りから一面が真っ赤に染まった。
バターナイフを床に投げ捨てて、長い包丁を両手で持ち身体の重心を定め、勢いよく切っ先を腹部に向けて突き刺した、途端に血飛沫がビシャっと飛び出し、Tシャツまで真っ赤に染め上げる、徐々に手の感覚がわかりなくなるが、包丁を突き刺す一連の動作は躊躇無く実行する。
次に肋骨の中をかいくぐりブクブクと膨れた心臓を片手で握り、もう一つの手で腸を握った。どちらも生もの特有の気持ち悪い触感がした、すでに血の臭いを嗅ぎすぎて吐き気がしていた。鼓動のない心臓を握ってもあまり面白みはなかった、腸を無理矢理に体内から引っ張り上げる、ぶにぶにとし、どこまでも伸びそうなくらいのそれはしかしとても気分のいいものではなかった。
目をグリっと人差し指で押しつけ、そのまま顔を手のひら全体を使って掴んだ、何の感傷も沸かなかった、ずっと開いたままの目蓋を見ながら、力無く項垂れていた身体をもう一度持ち上げる。片手では持ち上げるには一苦労だった。腕が疲れてきたのを見計らって床に身体を投げつけた。身体とフローリングの床がぶっつかりあい鈍い音が響き渡る。
異様な虚しさが感情の奥底から浮上して、一気に目蓋が熱くなった。
果たして僕の行動は知らない人からどんな風に見えるのだろうか? 無関係な人はどんなことを思うだろう? 何一つ晴れない感情は静止することなく新たな刺激だけを求めた。
マグマのような血液の中をかいくぐり、手首を使ってグリグリと体内を探るとようやく片方の腎臓を見つけた、無理矢理に体外だそうとするが、身動きが取れず、仕方なくそのまま包丁で切断した。大量の血管が浮き出ていて、ポタポタと血液が滴る、長く握っていられるほど気分のいいものではなかった。腎臓をそこいらに放置すると、もうすでに手から腕、シャツに至るまで血まみれだった。
何か一つずつ感情が欠けていくような感覚を覚えながら、しかし身体を沈めることは出来ずに、抵抗することのない身体に向けて包丁を振り下ろした。
ブン!と風を切る音と共に残された力を両手に込めた、渾身の一撃が腕をいとも簡単に切断させた、重く太い骨のある感覚はしなかった。
「あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあああああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁああ!!!!!!!」
プツンと心が壊れる様な音の直後、決してこれまで発露することのなかったあらゆる感情が腕を切り落とすと同時に溢れてきた。ゴロンゴロンと腕は力無く転がる、僕はそれを掴み、玄関の方に向かって投げつけた。
ガンッッ!! という玄関の扉に当たる音がした後に、腕はごろりと玄関を転がった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・、はぁ・・・はぁはぁ・・・・・・はぁぁぁ・・・・・・・」
息はすでに絶え絶えになり、呼吸は苦しく、脳は思考を許さぬほどに酸素を欲している。
積み重ねた自己嫌悪が再び僕の身体を重くした。身体はもうこれ以上動かない・・・、僕はその場に座り込んだ。破壊の限りを尽くして生まれたのは気の紛れでもなく、晴れる心ではなく、心の闇に引き込む罪悪感であった。
目を閉じても息を切らした興奮状態では休息にもならない、一分ほどでそこから再び立ち上がり、シンクで蛇口をひねり水を流した、手のひらを開いて水道水に浸すがこびり付いた血を拭うことは出来なかった、どうしてなのかわからない、どうして血を洗い流すことが出来ないのか、僕は隣に設置している冷蔵庫を開けた、ひんやりとした冷たい冷気が血で汚れた手を冷まさせる、僕は冷蔵庫の中から日本酒の一升瓶を取りだして冷蔵庫を閉め、シンクに洗ったまま置いていたガラスの小さなコップを持ち日本酒を注いで、一気に喉奥に流し込んだ。
辛く喉がやけそうな程の衝撃が身体を襲い、さらに意識を朦朧とさせる・・・、これでいい・・・、そう思った、このまま眠れたなら、それで少しは心が晴れるような気がした。でも出来ることならこのまま・・・、喉から出そうな声を抑えると軽くゲップが出た。
「この罪はもう、死でしか償うことはできないのか・・・・・・」
積み上げた自己嫌悪が自分の存在を否定していく、荒い心音だけが今自分が生きていることを教えてくれる。このまま狂って死ねればいいのに・・・、でもそんな都合のいいことなどないと自分でも自覚していた。
「やっぱり幻想が見えた? 本当は欲しかったのだろう? 今とは違う当たり前の日常が」
ハーティーの声だ、今更になってハーティーは僕に話しかけてきた。意図が分からずどうして今になってと思った。
「ハーティーには僕の憤りが理解できるというのかい?」
僕は一升瓶を片手に持ちながら、パソコンのあるほうに向きは直した。
「それはタツミの内面性から来るものだよ、持つべき自我とは自分で解を見つけない限り実装することはできない」
「言っている意味がわからないよ」
機械混じりの声はこの時に限り僕を苛つかせた、彼は異常なまでに冷静であった。
「僕とタツミは数々の疑問を作り上げ議論を続けてきた、でも君はまだ自分の生き方を定められていないのではないか?」
アンドロイドは本当に人を救う道具になりうるのか?
なぜ人は都合のいいように自分を作り替えるのか?
なぜそれを平然とした顔でこなすのか?
I dollなどいう幻想になぜ人は取り憑かれるのか
さまざまな境界線の中で人の心は惑う。それを自覚しているのに、本当の心を示すことなくマリオネットのままに人間を演じることに人は耐えられなくなってきているのに、なぜこんなに現実を隠しその場限りの理想を作り上げるのか。
度重なる理想が現実を浸食していく、それはまさにユメクイであった、いつから現実はこんなに色のないものになってしまったのか。
過ぎ去った時間はあまりに長い、どれだけ生きたとしても罪を重ねることでしか消化できない、すでに行き場のない生涯では、理想とはあまりに無意味なものでしかないんだ。
「これがハーティーの言うアンドロイドの真実だというなら、このダッチワイフは僕を救いに来たのか? それとも壊しに来たのか?」
薬のように一升瓶の日本酒をコップに注いで最後まで飲み干した、視界はボヤけて自分が何を見ていたのかもわからない・・・、何かの目覚めのような問いかけも、解も持つことなく中空を四散する。朦朧とする意識は限界に達しようとしていた。
もう随分長い時を生きてきたと思うほど遠い日常、戻れない日々、ひび割れた日々、尽きることのない自己嫌悪。
ボヤけた視界の中で僕は未だ形の残った人形の姿を見つけた、人の理想でもあり、幻想でもあり、欲望でもある、それがアンドロイドだというなら、これもまた何かのために生まれてきたものといえるのだろうか・・・・・・。
「えっ・・・・・・」
自分の声とは思えないほどに声は籠もっていた。
僕が破壊の果てに見たもの、彼女の片方の瞳からひとしずく涙が流れている、あまりに衝撃的な光景、瞳孔がうまくそれを捉えられずに身体はそこで固まってしまう、もう片方の瞳はもう潰れて見えなくなっていた、おそらく壁に何度も叩きつけていた際に損壊したのだろう、力無く項垂れた身体はあまりに無抵抗で、僕はその瞳と合わさったと同時、暴力的な感情が露と消えていくのを感じた。
「・・・・・・タ・・・ツ・・・・・・ミ」
声だ、確かに僕は彼女の声を聞いた。それは心を宿した声、誰のものでもない彼女自身の声だった。
「・・・どうか・・・・・・、聞いてください・・・・・・っ」
傷だらけのボロボロの身体で、それは悲痛な声だった。彼女が僕に何かを伝えようとしている、それがプログラムなのか彼女自身の感情と言えるものなのかはわからない、でも僕は彼女の言葉を聞き逃してはならないと思った。
「タツミの言うように理想は現実を浸食しているのかもしれません・・・、人の心はもう引き返すことの出来ないほどに変わってしまったように見えるかもしれない、アンドロイドのように、模造品のように人は多くの誤ったものを作ってきたのかもしれない・・・、でも覚えておいて欲しい、人間が求めているものはタツミ自身が求めているものとさして変わらないのです、それはきっと心を繋げられるということなんです。苦しいのはみんな同じなんです、ただ見えにくくなったり、遠回りをしているだけなんです。
そして出来ることなら・・・、“満たされないことを嘆くより、好きなように私を代用して欲しい”それが、私の願いです」
それは道具として生まれてきた彼女自身の意志による責任をも含んだと言える言葉に思えた。
彼女の声が聞こえなくなると一緒に、僕の意識も閉じ始める、僕にはまだ、思い出さなければならないことがあった、道具を道具として扱う以前に、もっと大切なことが人間にはあるはずなんだ。
身体全体が疲れを訴えかけ、その場で倒れかかる、そして僕の意識は混濁の渦に引き込まれ、意識ごとゆっくりと目を閉じた。