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僕とチャメカリ

作者: 大塚 生木

 僕は猫と話すことができる。

そんなの信じられないというのなら、それはそれでいい。

一発で信じてもらえたことなんて今までなかったし、別に君が感嘆の表情を浮かべることを期待しているわけではない。

 ただ、僕は猫と話すことができる。ただ、それだけのこと。


 向こうの電信柱の影にいる黒猫がみえるかい?

2本目の。右っ側の。

彼女はジトッレキといって、この辺りの猫たちのボスなんだ。

名前を付けたのは僕かって?ちがうよ。

名前はあるのかい?と聞いたら、ジトッレキだ、と返ってきた。

猫だって名前くらい持つのだ、と少し不機嫌そうだったな。

 彼女が、僕が初めて会話をした記念すべき猫だった。


 あれは2年前だったかな。珍しくこの辺りに雪が積もった日だ。

無論、僕はこたつに引きこもり、6畳の部屋でTVを見ていた。ニュース番組だったと思う。

大阪で殺人事件が起こったとか、そういう内容だった。

東京の僕からしたら、なんの実感もわかない事件だし、大阪の人たちの大半もそうなのだろう。

 それから、僕はトイレにたったんだ。そしたら『そちらの温かい空間に入れてくれ』と、どこからか声が聞こえた。

周りを見渡しても、窓の外からこちらを見つめてくる猫以外には誰もいない。

TVの音かと思い、またトイレに向かったのだけれど、また『そちらに入れてくれないか?』と言う声が聞こえた。

僕は幽霊だとかそういう類のものは信じていなかったけれど、はっきりと得体のしれない声が聞こえたとなれば、少しくらい科学的な根拠のない存在のことが頭をよぎったとしても不思議ではなかった。

 冬の寒さに加えて、恐怖による悪寒が背中を撫で付け、尿意は消え失せて、そっと声がした方を振り返ると、先程の猫がこちらを見ているだけだった。大きな体に短い足がくっついている不恰好な黒猫だった。

『まさか君が話しかけてきたんじゃないだろうな』と心のなかで思うと、『人間というものはすぐにそうやって決め付ける。誰も我々の声を聴こうとはしない』と聞こえた。

よく聞いてみると、過擦れた感じの声は猫にぴったりだったのかもしれない。

その時の僕は、きっと誰でもそうなのだろうけど、それでも信じられず『これは幻聴だ』と自分の頭に言い聞かせた。

『ゲンチョウとは何だ?私はチャメカリだ』

『それが名前かい?』

『カテゴリだよ、分類というべきか。君が人間であるならば、我々はチャメカリだ』

『君たちは猫だろう?』

『人間はそう呼ぶ。そして我々は人間のことをオメリニと呼ぶが』

『もう少しかっこいい呼び名もあるように思えるけど。君自身の名前はあるのかい?』

『ジトッレキだ』

『へー、ちゃんと名前があるのか』

『猫だって名前くらい持つのだ』

 ここまで会話が続いてしまえば、僕はこの事実を信じるか、もしくは自分の精神状態を疑うかの選択肢しかないように思えた。

その日から、僕は猫、もといチャメカリと話すことができるようになった。

 少なくとも、僕はそう思っている。


試しに呼んでみようか。

『ジトッレキ、こっちにきてくれ』

彼らと話すときは声を出す必要はないんだ。テレパシーというやつか、心で思うだけで通じるのだから。

動かないじゃないかって?まあ、あの猫はそういう性格だから。

あまり言う事を聞いてはくれない。僕らが近づこう。

『やあ、今日はいい天気だね』

『何を言っている、最悪だ。私は雨の日の方が好きだよ。』

ジトッレキは雨が降っていたほうがいいらしい。

何故かって?聞いてみるよ。

『どうして雨のほうがいいんだい?』

『匂いが好きなんだ。雨の湿った匂いがね』

どうやら匂いがいいらしい。変わっているよね。

『人間は天気の話しかできないのか?会えばすぐに空の色の話しをするが』

『そんなことはないよ、今朝の芸能ニュースの話題とか、共通の友人の近況とか、僕たち日本人は血液型の話なんかもお約束さ』

『そんなことよりも話したほうがいいことはあるだろう』

『たとえば?』

『こもれび公園の向かいの家の犬のことさ。眉根を寄せて睨みつけるものだからベンチの影で眠ることすらできない』

『そんなこと、人間は誰も気にしていないものだよ』

君もそう思うよね?

ああ、ごめん。つい二人で話し込んでしまった。

犬の話だよ、畑山さんのところの。あの犬が怖いんだと。

まだ信じてもらえないのか。しょうがないけど。

じゃあ、僕がジトッレキにあのポストの上に登るように頼んでみるよ。

『お願いだ、ポストに登ってくれないか?』

『嫌だね、私は人間の言う事は聞かないことにしている』

『今回だけでいいんだ、頼むよ』

『いわしの缶詰をくれるというなら聞き入れよう』

『あげるよ、約束する』

『今持ってきてくれ』

『あいにく、今は持ち合わせていない』

『そこの角を曲がればスーパーがあるはずだ』

『なるほど。わかった、買ってこよう』

少し待っててくれないか、缶詰を頼まれた。

ジトッレキは御世辞にもかわいい猫とは言えないね。

見た目も、性格も。


『ほら、買ってきたよ』

『その缶詰をポストの上に乗せてくれ。あそこでゆっくり食すことにする』

『わかったよ、注文の多い猫だな』

『猫じゃない。我々は』

『チャメカリだったね、ごめんごめん』

『封を開けるのを忘れないでくれ』

『ほら、置いたよ。登ってくれ』

『有り難く頂くとしよう』

 ほら、登ったろう?

 いわしの缶詰を置いたから登ったんだろうって?

それはそうなんだけど、登るように頼んだのは僕だ。そうしたら、缶詰を置けば登ると言うので、置いたんだ。そしてジトッレキは今、ポストの上にいる、というわけ。

それはそうさ。君が缶詰を置いたって彼女は登っただろう。

そうやって、いつも誰も信じてくれないんだ。

 でも僕は猫と、いやチャメカリと話すことができる。

君と僕が話しているのと同じくらい当たり前にね。


 僕はチャメカリと話すことができるオメリニなんだ。

君は信じてくれるかい?

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