兎に角、リハビリ!特急列車
『とんでもない状況だったな。君のリハビリのための列車に乗れて良かったよ。誰も気付けないなんて、危なかったんだ。』
黒い帽子を被った赤毛の男は、横でうさぎのぬいぐるみを抱き締めている小さな女の子に声をかけていた。
その目は、とても美しく翡翠の目をしていた。
「大丈夫だよ。私、強くなったもん。」
『強い者は、隠れても泣かないんだ。』
「だって、ボールペン渡したかったもん。一生の話、嘘じゃないもん。」
『嘘だなんて誰も思っていないよ。おい、アテナ。今のテミスの状態を教えなさい。』
列車に乗るとそこには、赤い髪を一つに束ねたスラッと背の高い美しい女性がいつの間にかテミスを抱き締めて椅子に腰掛けていた。
赤毛の男も、荷物を持ち後を追いかけて椅子に座った。
すぐに、アテナと呼ばれた女性が赤毛の男に頭を下げたのだった。
『申し訳ありません。灰色狼。私がいながら、テミスを守れないどころか泣かせてしまったのです。』
『君は、言葉に敏感でプライドも高いからな。惑わされたのだ。それは仕方のないことなんだ。君は、テミスの知の部分なのだからね。』
『はい。ですが、私がいなければテミスはわざわざ列車に乗らなくても良かったかと。』
テミスと呼ばれる少女は、笑顔でうさぎのぬいぐるみと遊んでいた。
とても楽しそうだった。
まるで、辛い出来事を忘れているかのようだった。
『虹がかかれば良かったのだがな。事態が変わったのだ。このままの状態ではいずれ、テミスの精神が崩壊する未来が見えた。アテナのプライドがへし折られたんだ。現実世界の周りの方々は気付いていない。なら、我々、夢の民がテミスを守る他ないのだ。』
『あの者は、翡翠の目を持つ者だとテミスが目を輝かせて言うから私達は信じたのです。何故こんなことに。何故誰も大切なことに気付かないのです!』
『目に見えないものを信じられないからだ。そういう部分が我々は、一番大切だと信じている。』
『しかし、あんまりです。テミスの心を想像すれば、誰だって分かるはずなのに。』
『だから、話しただろう。そんな余裕はないのだ。テミスが何を考えているのかは分からないだろうし、知る術が人伝なら確かなことは伝わらないだろう。人は、表情筋で、大体の感情が分かる。テミスの心を守るために俺が魔法を使ったんだよ。もう、涙は見たくなかったからね。体の痛みは禁じ手だから難しいが、敏感にあの人を感じる部分を感じなくなるネジを一本抜いたんだ。全ての場所に置いて俺がテミスを守っている。この姿でな。』
灰色の姿をした狼に赤毛の男は、姿を変えたのだ。
『見える者には見えますから気を付けないと。』
『テミスは、パニックになりやすい。命に関わることなのだ。やむを得ないだろう。』
灰色狼が、大切そうにポケットに入れているテミスに、『ノートを見せてごらん』と伝えると、口をすぼめ、首をぎゅんぎゅんふっていた。
『テミスの宝物ですからね。』
『あれは、テミスの体調のことが書いてある日記なんだ。元の職場のノートは、今は部屋に飾っているよ。確かにテミスを守っている。でも、正確にはテミスがあの人を守っているんだ。毎日天国にいる祖父にあの人の幸せを願っているからね。』
頑なに見せようとしないテミスに灰色狼は、笑いながらため息をついた。
『我々があの人を信じることが出来ないからだろうな。翡翠の目を持つ者だと。』
『信じたいですが今の状況ではとても…私達は、テミスを守るために生まれましたから。』
テミスが泣き出してしまった。
うさぎのぬいぐるみに涙がぽつりぽつりとかかって、濡れていく。傍には青い袋でラッピングされたものが横たわっていた。
『あれは、ボールペンか。』
『渡せない可能性があるボールペンですね。名入れですし、執着はいずれ怨念になりますから。今のうちに祓いますか?』
『アテナらしい回答だな。いや、あのままでいいんだ。それに、我々は、触らせてはもらえないからね。そうだろう、テミス。』
ひっくひっくと泣きながら、丁寧に白い箱に入れているテミスは、背中で強くなりたい!と叫んでいるようだった。
「いいの、私、リハビリ頑張らなきゃ。きっとそれじゃ、遅いってみんな言うの。だけど、そうしないといけないもん。」
『そうだな。いつか、渡せる日もあるかもしれない。一生の約束をしたんだ。また会えるさ。それにあの者は、亡くなったテミスの祖父にそっくりだからな。縁のある者だと信じている。その時には、テミスの思い込んでしまう考え方も変わるよ。元の職場に復帰したい気持ちがあるのに、今は諦めてしまっているのだからね。』
『テミスが信じるなら私もそう考えたいと思いますが、プライドが邪魔をするかもしれません。私は、消滅すべきか悩んでいます。』
『いや、君はずっとテミスの傍にいるんだ。俺はいずれ、テミスの母親がいなくなれば一緒に亡くなるかもしれない。頼んだぞ。』
『はい。早く翡翠の目を持つ者を探します。』
「もう、出会ってるの!!」
テミスは怒って口を膨らませてしまった。
灰色狼は、『知るか!』と言いたげな顔で煙草を吸い始めたが決して見捨てることはせず、テミスに伝えたのだ。
『兎に角、テミスは、大きくなりなさい。姿も心もだ。リハビリを頑張って終着駅に辿り着いた時、必ず幸せになれるからな。』
その時、車掌さんが切符の点検に来たのだ。
ポチポチと印鑑を押してくれている。
そして、今から歌でも一曲歌いますと言わんばかりに勢い良くマイクを取り話し始めたのだ。
『この列車は、自分を大切に出来ない状態の方々が、自分を一方的に責めることをやめて、自分を大切にするための旅となっています! 終着駅で、誰かを大切に出来る力を得ることが出来る、特急列車です! テミス様は、道中、背骨と腰の痛みが厄介だと思いますのでリハビリを兎に角、頑張ってもらいます!!!!!』
テミスは、車掌さんにえいえいおー!と雄叫びをあげていた。
髪もボサボサだったが、体を鍛えるために一本に結んで整えている。
手元の白い箱には、2月8日にハートマークが可愛く描いてあった。
その箱をいそいそと、一番高い場所に背伸びして、どうやら置きたいようだった。
『永遠の愛の誓いだな。5年もあの人を好きになれたことは凄いことなんだ。誰にでも出来ることではないんだ。その気持ちが嘘だなんて、誰にも証明することは出来ないんだ。そのことを我々がよく知っている。どんな運命でもテミスと共に受け止めるのだ。』
『はい。テミスが私の居場所ですから。』
灰色狼は、赤毛の男の姿になって、アテナは静かにテミスを持ち上げて二人がテミスにその場所を見せてくれたのだ。
その時、あの人が仕事を頑張っている声が聞こえて来たのだ。
テミスの体に凄まじい力が入った瞬間だった。
『もう一度、笑い合えるよね!』
箱に閉まったものの中から、白い8本の薔薇の花束が輝いて見えたのだ。
テミスに満面の花のように笑顔が、咲き誇った。
車窓には、綺麗な虹がかかっていたのだった。




