32.どんな時も、自分らしく
そんな話し合いがあったとは知らない心結。
廊下で怒声を聞いた直後から、不安に駆られながら、なんとか店へ到着した。
思ったよりも静寂した店内。集まっていたのは、ナギを初めとする異能者たちだった。ナギは淡々とした表情だが、リリーは眉を下げている。ヒスイは、なにやら怒った顔。
(もしかして、さっきの声はヒスイさん?)
何て声を掛けようか迷っていると、土間に立つナギと視線が交わる。
着飾った心結を見て「いいな」と、薄い唇の両端が上がった。それだけで心結の心が温まる。いいんだ、良かった――と。
「リリー、後は頼んだ」
「わかったわ」
ナギは用意を終えている。自分も急がなければ。
時間に遅れないよう、心結は「お願いします」とリリーへ頭を下げる。
「まぁ心結ちゃん」
なぜかリリーに驚かれた。どこか変な所があるかと不安になり、心結は自分のドレスを確認する。だけどリリーの両手が、心結の顔を包みこんだ。近い距離で、互いに顔を見合わせる。
「雰囲気も表情も、柔らかくなったわねぇ。最初に会った時がウソみたいだわ」
「そう、ですか……?」
「楽しくやっているのね、ナギと」
いつも通りの口調だが、リリーの目に浮かぶ悲しそうな色。なんだろうと引っかかりはするも、とうてい心結には理解できない。
こういう機微の変化、前にもなかっただろうか。あれは確か、ナギと一緒にいた時だ。いつもと同じように見えるけど、どこかが違うような。
(もしかして私に内緒で、皆が秘密にしていることがある? 例えば……)
ナギの体調のこと。思ったよりも芳しくない、とか?
想像して、首を振る。違う、そんなわけない。ナギは元気になるに決まっている。現にナギは、背広を着て立っているではないか。
しかし頭では否定しても、嫌な予感が全身をめぐる。熱を出した時に似た気持ち悪い悪寒が、心結の体を何度も往復した。
「みーゆーちゃん。どうしたの、怖い顔をして」
「あ……リリーさん。何でも、ありません」
「そう? じゃあ始めるわね」
リリーが心結の髪に手をかざす。瞬間、橙色の光に包まれ、一気に首元が涼しくなった。「できた」と、リリーの声が軽やかに跳ねる。
「今のあなたは、この世で一番きれいよ。だから自信を持って、結婚式へいってらっしゃい」
「リリーさん……」
どうぞ、と手渡された鏡を見る。
編み込みで一つ括りにされた髪は、左の肩へ乗るように流れている。随所には、宝石のついた髪飾りがちりばめられていた。
さらには綺麗に施された化粧が、心結の顔をいっそう華やかにしている。
「これは……」
心結は息を飲んだ。なぜなら今の心結は、まるでどこかのお姫様。頭に王冠が乗っていてもおかしくないほど、美しく輝いているからだ。
「素敵です……」
「そうでしょう? でもね、心結ちゃんだからこそ、ここまで輝くのよ。元旦那の結婚式だなんて虫唾が走るでしょうけど、笑顔でね。皆があなたに夢中になるから」
「……はいっ」
相手を思いやるリリーに胸を打たれる。結婚式に気後れしていた心に、雲が引いて光がさすようだ。
(がんばろう。私らしく、堂々と……)
紅を引いた心結の口角が上がる。
すると頃合を見計らったナギに、「いくぞ」と手を差し出された。しかし心結の手には、廊下を移動する時に脱いでいた靴がある。すかさずナギが代わりに持った。
「踵が高い靴だな。ドレスもあって履きにくいだろう、強く手を握れ。こけるなよ」
「は、い……」
背広を着たナギ。整えられた髪。元々容姿が整っている人が洋服を着ると、直視できないほど眩しくなるんだ――たまらず心結は目をそらした。すると、とある人物を見つける。床に座り込んだヒスイだ。
「ヒスイさん?」
「……」
今まで一歩も動かなかったヒスイ。心結を視界に入れた途端、急に立ち上がる。腕を握ったかと思えば、強引に自分へ引き寄せた。
「きゃっ」
「心結!」
ナギが伸ばした手が空を切る。心結の体は導かれるまま倒れてしまい、ヒスイの上に着地した。




