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30.ナギの代償

 そして翌日。

 ついに今日は久我家の結婚式だ。


 心結もナギも、朝から使用人に囲まれ準備を進めていた。ひばり屋から届いたドレスに身を包むと、使用人たちが「わっ」と声を上げる。全体が桜色で、足首まである長いドレス。地面とドレスの間から、光を反射して輝く白い靴が見え隠れしている。


「に、似合いますか……?」

「「「最高にございます!」」」


 心結の着替えを手伝ってくれていた使用人の三人が声を揃えた。ウソをついていない顔に見える。心結は「良かった」と胸をなでおろす。


(志乃婦さんとひばり屋の方たちに、いつかお礼をしたい)


 これほど心結に合うドレスを作ってくれる、ひばり屋の力量。さすが皇家が贔屓にしている店だ。総じて技術が高い。それに短い日数だったにも関わらず、前倒しで納品してくれる手際の良さ。


 あれほどの職人が集まる店を、久我家が買収しようとしていたなんて信じられない。ナギが守ってくれて良かったと、心結は改めて感じた。


「さ、心結さま。このまま店まで行きましょう」

「でもお化粧と髪がまだ……」

「リリー様がおいでです」


 どうやら仕上げは、リリーがしてくれるらしい。そこまで考えて準備しているなんて、さすがナギだ。


 リリーと会えると思っていなかった心結は、嬉しさから足が弾む。しかし、その時だった。



「ふざけるな!」



 店から聞こえたのは怒号。


 もしや変な客でも来たのだろうか。だけど今日は休業にしているはず――焦った心結は、ドレスの両端を持ち上げる。


「ナギ様……っ!」


 いつもはすぐ店に着くのに、今だけは廊下を長く感じた。


 ❀


 ついに久我家の結婚式。ナギは気怠い体を動かしながら、ひばり屋に作ってもらった背広を着る。ちょうどいい大きさだ。窮屈すぎず、肌触りもいい。さすが志乃婦だと、ナギは太鼓判を押す。


「あとは任せたぞ、リリー」

「はーい」


 着替えた後に、店へ顔を出す。休業日であるにも関わらず、だまり屋には一人の男が座っていた。ナギと心結の髪を結わんとやってきたリリーだ。今日も橙色の派手な羽織を羽織っている。


「ナギの髪は一つ括りでいいわね」

「あぁ」

「だけど、その顔色は化粧じゃどうにも出来ないからね」

「……」


 出来ないのか――と目で訴えるナギに、リリーはため息をこぼす。


「無茶しすぎよ。一体どれほど能力を使ったの?」

「……ただ店で働いていただけだ」

「働くって言ってもねぇ」


 リリーは、透き通るようなナギの髪へ手をかざす。すると橙色の光が、ナギを包み込んだ。


「二番目に大切な物をもらう、っていうのが腑に落ちないわ。どうしてお金をもらわないの? 目に見えない価値より、目に見えるお金でしょ?」

「大切な物の中には、情や魂が込められている。それらを得ることで、俺の異能は回復するのだ」


 つまり異能の力を使って一番目に大切な物を直し、減った異能分を、二番目に大切な物をもらうことで元通りにしている――ということだ。


「しかし最近は、俺を欺こうとしている奴が多い。〝二番目に大切な物〟と言いつつ、いらなくなったガラクタを持って来る。それでは俺の異能は回復しない」

「顔色が悪いのは、そのせいなのね」


 橙色の光が消える。光から現れたナギの髪は、絹のように一本一本が輝きを放ち、低い位置で一つにくくられていた。わずかに化粧も施されたらしい。さっきよりも幾分、顔色が良くなっている。


「人なんて、そんなもんよね。自分だけ良ければいい、って人を今まで何人も見たわ。だからあたしは、絶対に金をもらう。そうでなきゃ店なんて続けていられないわよ」

「……そうだな」

「だけどナギは名家でお金もあるんだし、この店くらい畳んだらいいんじゃない? どうして体調を崩してまで続けるの?」

「……」


 ナギは店内に貼ってある広告を見た。心結が作った広告だ。すると、その広告を持って暖簾をくぐる人物がいた――ヒスイだ。


「なんや、これ」

「……夜に呼んだはずだが」


 昨日、心結と交わした〝ヒスイに診てもらう〟という約束。それを実行しようと、ナギは「夜に来るよう、ヒスイへ連絡を頼む」と響丸に言ったのだ。


 しかし今、ヒスイが来てしまった。最悪のタイミングだと、ナギは肩を落とす。これから小言を言われると分かっているからだ。


「なんなん、この広告」

「……心結が作った。俺が頼んでな」

「なんで?」


 グシャリと、広告が形をなくす。その後ヒスイは広告を握ったまま、力なく手を下げた。


「回復できんままに力を使うと、どうなるか。ナギも知っとるやろ」

「……あぁ」

「自分の寿命を、食われるんやで?」

「……」


 本来は、二番目に大切な物から力を回復するはずが、ウソをつく客が増えてきたことにより、ナギの異能の力は損なわれたまま。しかし新たな客が来るから、また異能を使う。


 どうして回復しない異能を使い続けられるかというと、異能が宿主の命を食べているからだ。


 異能は、人間の味方ではない。たまたま入りこんだ人間を宿主にしているだけで、自分の力を出すためなら平気で宿主の命を食らう。寿命を減らす。


 まさに盾と矛。異能は、人間にとって良くもあり悪くもある、表裏一体の存在なのだ。


「広告を貼る前から、既に体調は良くなかったのに……」


 リリーが、悲痛な声で呟く。


 リリーとヒスイは異能者であるから、異能のからくりを知っている。ナギが力を使う度に、余命が僅かになっていることも。


「十九年前、あやかしを全滅させた時に異能者の多くも命を落とした。それは異能を使いすぎたからや。回復しないままに異能を使い、その結果、異能に寿命を食われた。今のナギも、それなんやで?」

「……そうだな」


 ナギは、毎日たくさんの客を相手していることにより、自分の寿命がどんどん削れている。


 不運にも、ナギの役に立ちたいと願った心結の作った広告により、ナギの死は近づいているのだ。

 

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