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25.自分だけのドレス

 

「心結様、私にお任せください。どこの誰よりも、心結様をお姫様のように可愛く着飾ってみせます」

「!」


 お姫様と言われた時。さっき路上で見たナギを「王子様」に見えたことを思い出す。


 久我家で見た本は、紆余曲折あった王子様とお姫様が最後には幸せに暮らす物語だった。自分もなれるだろうか。ナギの隣が似合う、可愛いお姫様に――そこまで思って、心結は我に返る。


(……なにを、思っているのかしら)


 ナギから言葉をかけられる度に、ナギから優しくされる度に、心結は忘れてしまいそうになる。自分たちは契約結婚をしていて、愛などない淡白な関係だということを。


(私は、皇家へ嫁いだ役目を全うする……それだけ)


 だけど志乃婦から言われた「お姫様」と言う言葉が、何度も頭をよぎる。まるでお姫様になりたいと、心結が心結自身へ訴えかけているようだ。


 心結が複雑な気持ちで揺れていた、その時。店の奥へ入ったナギが、再び戻って来た。


「そう言えば、心結に合うドレスはありそうか?」

「そうですね……」


 心結の頭のてっぺんから足のつま先まで見た志乃婦は、やや黙ったあと言葉を濁らせる。


「心結様は華奢ですからね。もしかすると当店に置いてある在庫は、どれも大きいかもしれません」

「作ってもらうことは可能か?」

「え」


「え」と声を上げたのは心結だ。作るということは、世界でたった一つ、自分だけのドレスが出来るということだ。


 だけどそんなことをすれば、いくらかかるか分からない。それはあまりにも贅沢過ぎる。心結は頭を振った。


「似合うようなドレスを選ばせていただきます。だから大丈夫で……」

「ナギ様、今こそひばり屋の底力を見せる時が来ましたね」

「え」


 本日二度目の心結の「え」。隣を見ると志乃婦は闘志を燃やしており、何やら計算していた。ある程度、完成までの算段をつけたのだろう。鷲のように、鋭く目が光る。


「お任せください、ナギ様。どのような形のドレスであれ、ひばり屋総出で心結様にぴったりのドレスをお作り致します」

「ふ、心強いな。では任せたぞ」


 それだけ言い残し、ナギはまたもや店の奥へ姿を消す。心結も志乃婦へ引っ張られ、二階へと移動した。その道中、志乃婦は頬を染めてこんなことを喋る。


「ナギ様、心結様のことを大事にしておられますね」

「え……どうして、分かるのですか?」

「ふふ。ナギ様を見れていれば分かります」


 志乃婦の言葉に、今度は心結の顔が赤くなる。確かに、さっきのナギの言葉……心結をどうでもいいと思っているなら、ほどほどに似合うドレスで手を打つはずだ。


 そもそもこの時代、まだドレスは珍しい物で、次に着る機会があるかどうかも分からない。もう二度と着ない可能性もある。そんな物を、わざわざ特注で作らせない。よほどの相手でない限りは――


 しかしナギは「可」と言った。心結だけのドレスを作るように言った。金額の確認もせずに、即答したのだ。


「旦那さま……」


 ぽろっと、何を喋るでもなくナギの名前を呼んでしまう。その声を聞いた志乃婦は柔らかい笑みを浮かべた後、一つの部屋へ心結を案内した。


「さ、心結様! ここからは脱いでいただきますよ!」

「……え?」

 


 ――そこから先は、心結にとって目が回るほど忙しい時間だった。



「心結様、次はこちらを!」

「お手伝いします!」

「心結様~!」


 志乃婦の勢いはとどまることを知らず、ありとあらゆるドレスを心結に着させた。まるで着せ替え人形そのものだ。


 しかし大きさが合わないと分かれば、早々に心結の体のありとあらゆる部位へ測定器具をあてていく。いくら心結が「恥ずかしいです」と声を震わせようが、お構いなしだ。


「心結様、次は足を測りますよ!」

「は、はい……っ」


 何を言っても駄目なのだと、心結が諦めてからしばらく経った後。ようやく測定が終わりを迎える。


 残すところは左足だけ。心結は、着物の裾から左足を覗かせ、低い台に置く。


 しかし志乃婦は「あら、壊れちゃいましたね」と、役目を終えて所在なさげに揺れる測定器具を見つめる。


「ごめんなさいね。熱を入れ過ぎちゃったみたいで……新しい物を持ってきますので、少々お待ちください」

「わ、分かりました……」


 恥ずかしそうに笑った志乃婦は、心結を残して部屋を出る。つかの間の一人の時間。心結は、ほぅと息を吐いた。


(私のために、あそこまで熱心に測ってくれるなんて……志乃婦さんも優しい人だわ)


 優しい……が、本人にも自負があるように、少々熱が入りすぎるところはあるが。


 すると扉を叩く者が現れる。志乃婦だろうか? しかし返って来た声は、予想していない人物だった。


「心結、終わったか?」

「だ、旦那さま!」


 測定するために露わにしていた足を、すぐさま着物の中へ滑り込ませる。裾を正した後「どうぞ」と、ナギを招いた。

 

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