24.とある貴婦人
ナギの容姿が整っているのは、心結も十重に理解していた。しかし、ここまでとは――呆然としていると、空色の瞳に見つめられる。
「どうした」
「なんでも、ありません……」
前髪を切り全体的に髪を整えたナギは、まるで本の中から出て来た王子様だ。
久我家に置いてあった西洋の本を「整理しておけ」と勝吾から言われた時。誤って棚から落としてしまった本が、偶然にも恋物語を描いた本だった。
挿絵で描かれていた男性が、まるで人形のように整った顔つきをしていて……まさに今のナギそのものだ。
常に太陽を背負っているような眩しさを覚える。銀髪に近い茶色という、色が薄い髪だから余計にそう思うのだろうか。
今まで心結は、街で何人かの異能者とすれ違ったことがある。しかしナギは、その中の誰よりも美しく、そしてかっこいい。
「ゴミでも入ったか?」
「いえ……何でも、ありません」
こんな人が、自分の旦那さまだなんて――急に恥ずかしくなった心結は、焦って視線を落とした。ナギは不思議そうに首をひねっただけで、「いくぞ」と、店の暖簾をくぐる。
すると間髪入れずに「まぁナギ様!」と中から声が響いた。
「連絡もなしに、今日は急にどうなさったのです?」
牡丹の絵が入った和服が似合う、品のいい貴婦人だ。優しい目でナギを見ている。その眼差しは、さっき道で見た女性たちとは違っていて……まるで、しばらく離れていた身内を見るような目だ。
「結婚式に着ていく洋服がほしい」
「背広ですね。それにしても急ですね?」
「……急に、決まったのだ」
やや不満げに答えるナギ。どうやら結婚式に行きたくないようだ。暖簾をくぐっていた心結は、店の隅で小さくなる。自分といるばかりに巻き添えにしてしまったと、申し訳ない気持ちを覚えながら。
「して。そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「あ、私は……」
貴婦人と目が合う。心結は姿勢を正すも、いきなり自分の口から「妻」と名乗っていいものかと悩んだ。結婚の報告は、当主であるナギからした方がいいと思ったからだ。
すると心結の言いたいことを汲み取ったのか、ナギが心結の傍へ寄る。大きな手が、心結の細い背中へ回った。
「紹介が送れた。俺の妻だ」
「へ……ナギ様が、結婚⁉」
寝耳に水の話に、貴婦人の目玉が今にも飛び出してしまいそう。遅れて心結は「初めまして」とお辞儀をする。
「皇心結と申します。よろしくお願いいたします」
「心結って……まさか久我家の?」
「っ!」
動揺した心結に代わり、静かな声でナギが答える。
「よく知っているな。名前だけで分かるのか?」
「もちろん。久我家の当主が〝美人な嫁をもらった〟と繰り返し自慢していましたから。心結と名のつく美しい娘は久我家の者だと、ここらに住む者の頭へ刷り込まれていますよ」
(義正様が、そこまでしていたなんて……)
皇心結よりも、久我心結の名前で浸透している自分が嫌になる。早く皇の名に染まってほしいと、心結は心の中で祈った。
久我家とは、もう関わりたくない。あそこには、いい思い出が一つもないから。
(だけど困ったわ。何て答えればいいの……)
「久我勝吾と結婚していたはずでは?」と言わんばかりの貴婦人からの視線。答えなければと思うけど、何と言って良いか分からない。
捨てられたと真実を言えば、「捨てられた女を拾った皇家」とナギに傷がつく。しかし都合の良い離婚理由も、同じく結婚理由も見つからない。
そもそも、ウソをついていい相手なのだろうか。貴婦人にどこまでナギが心を許しているのか、それさえも分からない。
心結が頭を悩ませていた、その時だった。
「俺が奪った。久我家にはもったいないからな」
「……へ?」
「まぁまぁ!」
思いもしないナギの言葉に心結は固まった。反対に、貴婦人は袖を口にあててカラカラと笑っている。
「ナギ様は淡白な方だと思っていましたが、まさかこれほど情熱的な方だったなんて。さすが皇家の当主、やることが大胆なこと。あっぱれですね」
「……茶化すな」
「そちらから言われたことじゃありませんか。それに、私は嬉しいのですよ」
貴婦人が、再び優しい目でナギを見る。その瞳の奥に慈しみの情があると、なんとなく心結には分かった。
「ナギ様はご自分に無関心で……ほら、あの前髪でしょ? 加えて静かな方だから、根無し草のように思えましてね。突然に連絡が途絶えそうで怖かったんですよ。だけど芯のある方だと分かり安心しましたわ」
「怖い……ですか?」
「贔屓にしてもらっていますからね。太客がいなくなるのは痛手なんです」
そうお茶目に言った後、貴婦人は本音を語る。
「この店が久我家に買収されそうになった時、助けてくれたのがナギ様だったのですよ。ここ〝ひばり屋〟の恩人です。久我家に恨みがある身としては、ナギ様が心結様を略奪されたと聞いて胸がスカッとしましたわ」
力強く胸を叩く貴婦人。それを見て、ナギは眉尻を下げる。
「美談に聞こえるが、志乃婦。やはり楽しんでいるな?」
「またまた。嬉しいんですよ、凛々しいナギ様を見られて」
「……よく分からん」
ふいとそっぽを向いたナギに、貴婦人こと志乃婦は笑みを返す。そうかと思えば店の者を何人か呼び、「ナギ様に合う背広をご用意して」と指示した。志乃婦はというと、心結の手を優しく握る。




