23.久我家の策略
「ならば踊るのはどうかしら。ほら、最近は近くに舞踏館が出来たじゃない」
踊りを嗜む西洋人ならともかく、人目を気にする日本人が躍るわけがない。しかし舞踏館を借りれば、ある程度の物は備わっているし、体裁も悪くない。むしろ「舞踏館を貸し切りに出来るなんて!」と注目の的になりそうだ。
だからこそ勝吾は、結婚式を舞踏館で行うことを積極的に決めた。
(踊りたい奴はいないだろうし、適当に料理を並べて新郎新婦を披露すればいい。招待客に冴の美しさを見てもらえる絶好の機会だ)
今まで「陰気な妻」として心結を紹介していた勝吾にとって、冴の存在は願ってもなかった。寡黙な心結のせいで久我家の評判が落ちたこともあり、ここらで挽回しておきたかったのだ。
さすが久我家!
あれほど美人な妻を娶れるとは流石!と。
(舞踏館を貸し切り、冴を隣に侍らせ、自分の威厳を見せびらかす。結婚式の日が待ち遠しいな)
勝吾がいやらしい笑みを浮かべる。
そして冴も、勝吾と同じように結婚式の日を待ち望んでいた。
「皇家にも招待状を送った。あの負け犬と体裁の悪い店主に、今までにない赤っ恥をかかせてやるんだから」
冴は久我家に嫁いだ日から、楽しくて仕方がなかった。久我家の豪華な生活、美味しい食事、不自由しない生活、欲しい物は欲しいだけ買える満足さ。
しかし、その生活が一週間ほど続いた時。
ふと冴は、我に返る。
「なんか物足りないわね」
胸の奥に何かがつっかえているような、晴れやかにならない心。これほど贅沢な暮らしをしているのに、まだ足りない物があるのかと冴自身も驚くほど。しかし、その原因を考えている内にピンと来た。誰かを蹴落とす、あの快感が不足しているのだと。
冴は一年に渡り、勝吾と一緒に心結を虐げて来た。毎週、多い時は毎日のように、心結を邪険に扱って来た。その時に覚えた快感が、ずっと胸に残っているのだ。
確かに生活は不自由しない。しかし心が物足りない。心結を虐げなければ、満足しないのだ。
(早く、早く罵りたい!)
恐ろしい思考に陥った冴がとった行動は、皇家へも結婚式の招待状を送ることだった。一段と綺麗になった自分を見てもらい、心結に悔しがり絶望してもらいたかった。
(心結の怯えた顔。あの顔を、早く見たくて仕方がない!)
結婚式の準備を見る度に、冴は思う。
胸が躍ってしまい、どうにも自分では止められない。まさか心結と会える日を、これほど楽しみにする日が来るとは。
「せいぜい悔しがってね、心結。あなたが勝吾様の妻である時に出来なかったことを、私がぜーんぶしてあげるわ。不細工な旦那と一緒に、指をくわえて見ることね」
広い自室にて、高笑いをする冴。すると使用人が扉をノックした。
「奥様、ドレスの色を決めていだきたいのですが」
「ドレス? そうねぇ」
ニヤリと、紅を引いた口が笑みを作る。
「とびっきり目立つ色にしてちょうだい。招待客の全員が、あっと驚く色よ。あと、私にしか着られないドレス。その変のありきたりな形じゃ嫌よ」
「かしこまりました……それでは、こちらの資料からお選びください。持ってまいりました」
「……」
そうだった。ドレスを作るには時間がかかるから、既存の物から選んでほしいと店から言われていたのだ。
冴は思い出し「ちょうだい」と、使用人の入室を許可する。手にしたのは、分厚い資料。
新作を用意できない後ろめたさだろうか。なんと店側は、大量のドレス写真を用意していた。片手では持てない重さだ。
しかし冴は「この重みこそ至極! この中に私に合うドレスがあるんだわ!」と、嬉々としてページをめくり始めた。そして、ついに見つけたのだ。
「これにしてちょうだい」
「勝吾様に、確認をとらなくていいのですか……?」
「いいから。早く!」
「か、かしこまりました」
冴の怒声に怯えた使用人が、急いで部屋を退出する。その姿を目で追いながら、冴は嘲笑した。
「ふふ。本当、みんな面白いほど従順ね」
そうして冴は自分の思った通りの結婚式を準備していく。心結とナギの鼻をへし折りたい、それだけを夢見ながら――
❀
心結とナギを乗せた車は、一軒の店の前で止まった。
ナギは運転手へ「一時間後にここへ」と言伝し、早々に車をどかせる。
心結が辺りを見回すと、車から降りて来たナギを、道行く人が見つめている。どうやら僅かな間で、そうとう目立ってしまったらしい。ナギがすぐ車をどかせた理由も頷ける。
(確かに車って珍しいものね……ん?)
だけど自分の想像が違うことを、心結はすぐ理解する。気づいたのは、女性の目を見てからだ。
ナギを見つめる女性の目じりが、まるで溶けかけの綿あめのように垂れている。光悦とした表情だ。
この表情を見れば、いくら恋愛に疎い心結でも気づく。車ではなくナギの美貌が、周囲の視線を引き寄せているのだと。




