21.心結の化粧と、ナギの後押し
「ヒスイから契約結婚と聞いていたけど……どうやら、それだけでもなさそうね」
ボソリと呟いたリリーの声は、誰の耳にも届かない。だけどリリーは嬉しそうに笑った。心結へ手招きしながら。
「心結ちゃん、あなたをもっと可愛くしてあげるわ。お化粧しましょう!」
「!」
声が出ないほど心結は驚く。今まで化粧をした回数は、勝吾と祝言を挙げた日の一度きり。あの時は厚く化粧をされ、自分ではないみたいだった。いや、化粧そのものはキレイだった。だけど自分には似合わなくて……。
そんな劣等感の中、勝吾に「薄気味悪いから笑うな」と言われた。その言葉が心をえぐって以来、心結は化粧をしていない。そもそも久我家にいれば、化粧をする機会さえ与えれなかった。着飾ることは許されなかったからだ。
(自信が、ない……)
化粧をしてもキレイにならない心結を見て、リリーが落胆したらどうしよう。「似合わないな」と、ナギに言われたらどうしよう。怖くなった心結は、固く目を瞑る。
「あの、私……」
断ろうと思った。だけど口を塞がれた。後ろに控えていたナギの手によって。
「せっかくだ、してもらえ」
「……でも」
気付けばナギの空色の瞳が、目と鼻の先にあった。吸い込まれそうなほど透き通った瞳に、思わず圧倒される。前髪が長かった時は表情が見えなくて苦労したが、髪を切った今はすぐに視線が合ってしまい、これはこれで困りものだ。
(旦那さまも、ヒスイさんも……二人とも、きれいだわ)
異能者というのはこれほど整った顔をしているのかと。自分との差に、心結は愕然とする。加えてリリーもそうだ。はっきりした目鼻だちは、彼(彼女)を華麗に見せている。一度会ったら忘れない顔立ちだ。
元からなかった心結の自信が、更に小さくなる。
化粧を施されても、ナギの隣に並べるほどキレイになれないのでは?なんて。何を思っても、悪い想像しかできない。
だから化粧を断ろうとする。
しかし、ナギは譲らなかった。
「こう見えて、リリーは異能者だから安心しろ。人を魅力的にする能力を持っている。見た目を着飾るだけでなく、心も美しくする。腕は確かだぞ」
「心も……?」
心結はよく分からなかった。心が美しくなるとは、どういうことだろう。
分からない。だからこそ知りたい。
久我家で虐げられ臆病になった心は、きっと周りの人に良い印象を与えていない。会話が出来ているかさえ怪しいほどだ。そのことがナギに迷惑をかけていないかと、心結は気になっていた。だから決めた。
「リリーさん……お願いします」
「あら、いい子ね。素直な子は好きよ」
皇家に嫁いだからには、基本は出来て当たり前だ。それに店を営んでいるとあれば、色んな人と話す機会があるだろうに、その時の会話で躓くようではナギの妻は失格だ。
だから魅力的になりたい。
自分のせいで、ナギが恥をかくことがないように。
「じゃあいくわね、目を閉じて」
心結の眼前で、リリーは手をかざす。するとリリーの服と同じ橙色の光が瞬き、心結の顔を覆った。そうかと思えば「どうぞ」と鏡を渡される。どうやら、もう終わったらしい。心結はおそるおそる手鏡を覗き込む。
「あ……」
桜色の頬、発色を抑えた赤色の紅。どれも心結の白い肌に似合っている。初めて見る自分に、思わず感嘆の声が漏れた。これが本当に自分? 勝吾から「薄気味悪い」と言われた自分なのだろうか?
「じゃあ次はナギね~」
「俺はしない」
「あら残念」
二人の声をどこか遠くで聞きながら、心結は鏡を見つめ続けた。あまりにも長い時間見るものだから、リリーが「どう?」と感想を欲しがるほど。
「我ながら可愛くできたと思うけど?」
「……はいっ」
一粒の涙をこぼしながら心結が笑うと、リリーは「あら」と手で口を覆った。同じくナギも――手で口を覆わなかったものの、心結を凝視している。心結の心配は、どうやら杞憂に終わったようだ。
化粧をした心結の、なんと美しいことか。まるで花が咲いたような可憐な笑みに、二人は言葉を失う。




