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20.異能者リリー

 

「……あ~」


 低い位置で髪を一つに結った後、ナギは目を泳がせた。なんと言って説明しようか、迷っている様子だ。


 一方の心結はナギの変化に驚きながらも、その後ろにいる男を警戒し続けていた。屈強な体を見るに、いかにも強そうだ。


 心結は咄嗟に、ナギの体を包み込む。こうすれば大男からナギを守れると思ったのだ。


「……心結?」

「お、お怪我は、ありませんか」

「別にないが、これは一体……」

「わ、私がお守りしますっ」

「!」


 口から出たのは震え声。なんと情けなく、なんとか弱いことか。こんな自分が妻であると大男に知れたら、旦那さまが見くびられてしまうに違いない。やはり自分は朱色の着物にも、皇家にもふさわしくない――


(申し訳ありません、旦那さま……っ)


 何も出来ないのであれば、せめてナギだけは守りたい。心結は、ナギを離さなかった。


 しかし「よせ」の声と共に視界が回る。急に窮屈に感じて当たりを見れば、ナギの腕に閉じ込められていた。形勢逆転。今度は心結が、ナギに守られている。


「旦那さま……い、いけません。私ではなく旦那さまを」

「お前、勘違いしているぞ」

「……え?」


 呆れたらしい空色の瞳が、心結を映す。

 勘違い、とは?

 するとナギがため息をつきながら、大男を見上げた。


「妻が怖がっている。座るなりなんなりして小さくなれ」


 すると今まで仏頂面だった大男は、すごい速さで口角を上げた。


 大工屋のような体の線が出る上下の黒服に、橙色の羽織りを大胆に着崩している。茶色の短髪は綺麗に整えられていた。


 何もかもが、この時代には珍しい雰囲気の人だ。しかも大柄な割に人懐こい笑みを浮かべるものだから、心結の警戒心が勝手に解ける。


「やだ~、この子がナギの奥さん? ちっさくてかわいい~!」

「お前が大きすぎるんだ。それより座れ」

「ナギを変えてみたんだけど、どう~? 前よりすっごく良くなったと思わない?」

「こら。聞いているのか、リリー」


 リリー? 大男には違いないが、名前や言動は女性だ。今まで出会った事のないタイプに、心結は目を白黒させる。ナギに抱き留められたまま、リリーと視線を交わした。


「ねぇナギ。この子、あたしのことは?」

「まだ知らない」

「じゃあ自己紹介ね!」


 ナギの横へ座ったリリーは、彼の中で小さくなる心結を見る。二人が並ぶと、体格の差がよく分かる。心結は、まるで木を見上げるような格好だ。


「あたし、リリーって言うの。美容師をやっているのよ。あなたは……ふふ、子猫みたいね」

「!」


 抱きしめられていると遅れて理解した心結は、すごい速さでナギから距離をとった。「申し訳ありません」と土下座をする。


 今まで自分はどこにいたのか――思い出すと恥ずかしくて顔を上げられない。ナギもまた、赤面する心結を見て、何も言えずにいた。


「あなた達って夫婦なのよね?」

「「……」」


 まるで「夫婦なら抱き合うくらいいいじゃない」と言わんばかりの声色だ。リリーは、心結がだまり屋に来た経緯も、ナギが結婚を決めた理由も知らない。もちろん二人が「形だけの夫婦だ」と話しあったことも。そのため楽観的に、二人を「ただの夫婦」だと思って眺めていた。


 すると床へ三つ指を立てた心結が、リリーへ頭を下げる。


「皇心結です。よろしく、お願いいたします……」

「今度は蛙みたいね」

「う……っ」


 どんどん小さくなっていく姿が蛙みたいだったか、それとも緊張で細くなった声が蛙みたいだったか。


 どちらにせよ上手く挨拶できなかった失態に、再び心結は頭を下げる。しかしリリーは「そう怖がらないで」と、笑いながら距離を縮めた。


「ナギ、かっこよくなったかしら? 長い前髪が許せなくて、勢いで切っちゃったわ! あそこまで伸ばすなんて、ひどすぎるもん。

 ねぇ心結ちゃん、ナギがあんな見た目なのに、よく結婚しようと思ったわね」

「いえ、むしろ私は……」


 心結にとってナギは、苦境のなか助けてくれた恩人だ。それに、いくら言葉数が少なく淡白であっても、前髪の間から覗く透き通った瞳を知れば、根は良い人だと分かる。


 人の良しあしは見た目で決まらないと、冴から何度も学んだ。器量の良い冴が、鬼のような形相で心結を虐げていた過去が、何よりの証拠だ。


「旦那さまには、本当に、よくしてもらっています……」


 すると後ろから咳払いが聞こえた。ナギだ。まるで心結の言葉をかき消すように、そして照れた顔を隠すように、顔を背けている。


 そんなナギを、リリーが意味深な笑みで見つめた。

 

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