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18.久我家からの招待状

 何か忘れ物か?と思ったが、どうやら別件らしい。心結はかしこまって、ナギにお辞儀をする。


「旦那さま……私にもお店の手伝いをさせてください。して頂くばかりでは、落ち着きません。体も良くなってきたことですし……」

「……」

「か、家事でも大丈夫です。なんでも、できます……っ」


 すきま時間にやることをやってしまおうと思っていたナギは、心結のタイミングの悪さにうなだれた。しかし今までとは違い、なぜか瞳を光らせている心結を見ると、早々に退けるのもためらわれる。どうしようかと迷っていると、次の足音がやって来た。


「ナギ様、大変です! 久我家から結婚式の招待状が届きました!」

「……はぁ」


 次から次へと騒がしいことだ。盛大にため息を吐いた後。ナギは、どうしたものかと心結を見る。


「お前、ドレスは?」

「持っていません……」

「だろうな」


 浴衣のような薄い袖を着ていたのだ。ドレスなど高級な品を持っているわけがない。いや、持たせてもらえるわけがない。そういう自分だって、正装するのは久しぶりだ。サイズを見直さないといけないだろう。


「明日は服を買いに行く。響丸、車を用意しておけ」

「分かりました!」


 元気よく返事をした響丸とは反対に、心結は遅れて「え」と漏らした。どうやら自分が買い物に行けるという事実を、分かっていないらしい。ナギは言い聞かせるように、もう一度心結へ伝えた。


「明日滞りなく行けるよう、今日はしっかり寝て体調を万全にしておけ。店の手伝い云々は、それからでいい。分かったな?」

「は、はい」


 てきぱきと指示を終えたナギは、何とはなしに心結を見た。僅かに口角が上がっている。それだけで蕾が花開きそうな可憐さだ。何を嬉しがっているのだろうか。落ち着いたら店の手伝いが出来ること? 自分を気遣ってくれたこと? それとも――


(俺と買い物に行けることを嬉しがっているのだろうか)


 いつもの自分らしくない想像をしてしまう。ヒスイと話したからだろうか。あの後から、どうも調子が狂う。


「磨けば光る、か」

「旦那さま?」

「……なんでもない。部屋へ戻っていい」

「わ、わかりました」


 心結は頭を下げるものの、自分が優先される扱いに慣れていないらしい。動きがぎこちない。店から廊下へ戻るまでの間に、何度もナギへ頭を下げた。それもまた初々しく見え始めてしまい、いよいよナギは頭を抱える。


 五つも若い心結を前に、今さら浮ついているのだろうか。ヒスイの嘲笑する声が脳裏に聞こえてくるようだ。


「……響丸。俺も少し休む。店番を頼めるか」

「かしこまりました」


 諦めて筆を置き、心結の後を追いかけた。すると廊下の真ん中で、心結が止まっているではないか。何をしているのかと思えば、夕日の強さに時々目を細めながら、桜を初めとした色とりどりの花が咲く中庭を見つめている。ナギは黙って、その横顔を眺めた。


 笑っているでもない、しかし憂いているわけでもない。しいて言えば、初めて会った時よりも顔が上を向いている。その表情にしろ、さっきの「店の手伝いをしたい」という提案にしろ、心結の中で何かが変わり始めているのかもしれない。彼女が今まで持てなかった、自分なりの自信。その芽生えを確かに感じる。


「旦那さま……どうかされましたか?」

「……いいや」


 心結が何を考えているのか、その全てを理解することはできない。しかし髪がなびかないよう手を添える彼女の横顔を見ると、明るい未来を見つめてほしいものだと。また柄にもないことを思ってしまった。


 ❀


 久我家から招待状が届いた時、意外にも心結は気丈だった。


 本当に勝吾に捨てられたのだ、自分よりも冴を選んだのだ――そういった思いはあれど、以前みたいに「いつ死んでもいい」や「もう消えたい」とは思わなかった。その意味を、沈みゆく夕日を見ながら考える。


(勝吾様に愛想がつきたのかしら……ううん、それだけが理由ではないはず)


 すると音もなく、隣へナギが立った。この方はいつも静かな人だと、心結は思う。どこか儚い雰囲気も垣間見えるのは、あの色の薄い髪の下にある、空色の瞳を知っているからだろうか。


 空色は、心が清々しくなる色だ。全てがキレイに洗われる感覚を持つ。それが儚いイメージへ繋がっているのだろうか。これほど大きな男の人が、消えてしまうわけないのに。


 すると隣から視線を感じる。ナギだ。前髪が風にあおられ、空色の瞳が僅かに覗いている。それはいつまでも逸れることなく、心結を見ていた。


「旦那さま……どうかされましたか?」

「……いいや」


 そう答えたナギは、驚くことに少しだけ口角を上げていて……とても美しかった。同時に、やはり儚く見えてしまう。美しさ故だろうか、美人薄命という言葉があるように――不吉なことを思った心結は、ぶるりと頭を横へ振る。


「なんだ」

「……いえ」


(きっと、気のせいだわ)


 胸の奥へ沈んだ違和感に気付かなかった心結は、ナギと分かれて自室へ戻る。入るや否や薬を飲み、すぐ布団へ身を沈めた。ナギと明日、買い物へ行くために。


 

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