15.ナギの隠しごと
一方の心結は、お風呂を目撃されたことに困惑したものの、ナギの体温に落ち着きを取り戻し始めていた。
(温かい……)
一般人と比べれば、ナギの体温はいささか低いかもしれない。しかし、それでも温かく感じるのだ。
地下からくみ上げる井戸水は冷たくて、心結は震えながら浴びていた。体を洗い終わり拭こうとした際に、ナギたちに見つかったのだ。
つまり心結の体は、ほぼずぶ濡れ。しかしナギは自分の着物が濡れることを厭わなかった。心結が落ちないよう、しっかりと抱き留めている。
気づけば響丸は姿を消していた。本物のお風呂を沸かすためだ。つまり今は、二人だけの時間。ナギが土を踏む音が、心地よいリズムで静寂なこの場へ響いている。
昨日から静かな時間が続く。
心に光を失っていた心結は、そういう静かな時間を重ねるごとに、心に太陽が差す感覚を覚えた。自分の心の安寧と引き換えに大事な何かを失っていないか、僅かに不安を覚えながら。
「旦那さま……勝手に外へ出て申し訳ありませんでした」
「言ったはずだ。俺の妻になったからには、俺に恥をかかせる行動はやめろと」
「……はい」
いつも風呂は井戸水で済ませているものでと危うく口にする直前。心結は、急いで口に蓋をする。
しかしナギは知っている。年頃の女が井戸水を使うなど、進んで行うわけがない。これは彼女の習慣によるものだと、久我家から冷遇されていた証だと。
「……もう体はいいのか」
「一晩寝たら回復しました。初日から、申し訳ありませんでした」
「いや……すごい回復力だな」
「怪我にしても病気にしても、昔から治りが早くて……たぶん、体が頑丈なのだと思います」
「そうか」
その時、今まで温かく感じていたナギの体温が、スッと引いて行く感覚を覚えた。心結は、聞いていいものかと迷いながら。だけどナギに何かあったら一大事だと、恐る恐る口を開く。
「あの、失礼ですが……私、旦那さまに風邪をうつしてしまったでしょうか……?」
「なぜだ」
「旦那さまの体温を低く感じたので……」
「……」
するとナギの足が一瞬だけ止まった。本当に一瞬のことだった。
「……元々だ」
「そう……ですか」
何かはぐらかされた気がした。しかし深堀り出来るはずがない。しかもナギは前と変わらぬ歩調で歩き続けている。だとしたら、本当に自分の勘違いかもしれない。深読み、だったのだろう。
考え事をしていると、上からナギの声が降って来る。
「ずぶ濡れのお前に体温を奪われているのかもな」
「え……あ」
すぐ謝ろうとしたが、ナギの体が小刻みに震える。何かと思って見上げれば、珍しく口角を上げたナギの姿。
「冗談だ」
「!」
さっきのはウソだと分かり安心する一方で、胸の奥が少しだけ騒がしくなった。そわそわして落ち着かない。これは一体、なんという感情なのだろう。
❀
使用人に心結を渡したナギは、接客をするため店先へ出ていた。
(それにしても……)
朝から妻の裸を見るとは――表情は変わらなかったものの、実際のところナギは焦っていた。ひょっとすれば心結よりも。
同時に気になる点もあった。軽すぎる体、細すぎる手足。そして何より、白い肌にいくつも入った傷痕。
「……無茶をする」
どれほどの仕打ちをすれば、あれだけ傷が残るのか。暴虐武人の久我家を思い出し、不機嫌に鼻を鳴らす。その時、暖簾の向こうから声がした。
「無茶してんのはお前やぞ、ナギ」
「ヒスイ……」
どうやら先ほど響丸が連絡してから、すっ飛んできたらいい。薬屋のヒスイが、着用した白衣のポケットに気怠そうに手を突っ込んでいる。




