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12.ナギの不器用な嘘

 

「……目を閉じろ」

「はい」


 瞼の裏で、ナギの手を感じる。冷たくて気持ちがいい手だ。すると眩しい光に包まれる。それは数秒で消え、ナギの手も離れていく。


「開けてみろ」

「……あ」


 瞬きをするだけで傷んでいた目は完全に回復した。ナギの瞳がさっきよりもきれいで、どこまでも澄んで見える。


「治してくださり……本当に、ありがとうございました」

「……」

「あの……?」


 不思議に思って顔を上げる。目に写ったのは、ナギの歪んだ顔。


「なぜ火傷を負った?」

「え」


 突然の質問に、言葉を失う。勝吾に顔を上げろと言われたら作り立ての味噌汁を掛けられた、なんて。とても恥ずかしくて答えられなかった。妻でありながら使用人以下の扱いを受けていたなんて……。自分の存在が、限りなく惨めだ。


「す、炊事中に、お湯が跳ねて……」

「炊事? なぜお前が作る。使用人がいるだろう」

「私が作りたいと……そう、望みました」

「……そうか」


 ナギは立ち上がる。いくつかのしこりを、心に残したまま。


「お前の両親に結婚のことを伝えた」

「え……両親は、なんと」

「……お前が幸せになるのであればと、結婚を喜んでいた」

「そう、ですか……」


 心結の声が低くなる。何か悪いことを悟ったように。


「ご迷惑をおかけしました。改めて……これから、よろしくお願いします」

「……あぁ」


 ナギが部屋を後にすると、お盆を持った響丸が廊下の向こうから歩いて来た。白米から湯気が立っている。新米の甘い香りが、優しく辺りへ漂う。


「おやナギ様。もう治療を終わられたのですか?」

「……」

「終わったんですよね? その割には浮かない顔ですが」

「……気のせいだ」


 響丸は「そうですか」と言い、心結の部屋へ入っていく。中から「ありがとうございます」と、心結の声が聞こえた。瞬間、ナギの頭へさっき聞いた心結の声が反駁する。


――そう、ですか


 あの返事は、ナギのウソを見抜いていた声だ。ナギはため息を漏らす。


「ウソなど、つかなければ良かったな」




 実は心結が起きる前、花本家へ出した使いが返って来た。


『手紙を届けてまいりました』

『両親はなんと?』

『あの皇家と縁を結べるとは、と驚いている様子でした。あとは、あんな娘ですが末永くよろしくお願いいたします、とも。興奮していましたよ』

『……そうか』


 案の定、心結の両親は久我家からさっさと鞍替えした。我が娘よりも、金が大事だからだ。虐げられた心結が離婚をしなかったのは、きっと実家のためだ。離婚すると支援金が途切れ、花本家は名家ではなく一般家庭へ戻る。それを両親が望んでいないと知っているからこそ、心結は逃げなかった。


 地獄の日々を我慢した苦労は相当だったはずだ。しかし両親は心結へ礼の一つも言わず、心結ではなくナギへお礼を言う始末。心結を、金のなる木にしか見ていない。


 しかし、そんなことを心結本人に言えるわけがない。

 だからナギはウソをついたのだ。両親が心結の門出を喜んでいた、と。


「柄にもないことをしなければ良かったな」


 ため息を吐くと、鈍い痛みが体を走る。体中の関節に、重りをつけられたようだ。


「……またか」


 結界を張り直したり、心結の治療をしたり。そう言えば術を連発してしまった――痛みを体の外へ逃がすようにナギは呼吸を整え、目を伏せた。空に広がる曇空。先ほどまでの暖かさはどこかへ行き、足袋を通り抜けた木材の冷たさが、ナギの足裏を刺していた。

 

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