11.新しい夫婦の形
「何もしない。お前の目を見るだけだ」
「目?」
長い腕が伸び、心結の頬へ寄る。思ったよりも冷たいナギの温度に驚くも、高熱の体には気持ちが良いくらいだ。そうして気が緩んだせいだろうか。真剣に目を診るナギの前で、大きなお腹の音が鳴る。
「あ、あの……っ」
「……」
ナギは手を止めた。しかし何を言うでもない。叱るわけでもない。申し訳なさと恥ずかしさで泣きそうな心結の目を、ただ静かに優しく撫でるだけ。
「響丸」
「かしこまりました。心結様、少々おまちくださいね。今ご飯を持ってまいります」
「あ……も、申し訳、ありません……っ」
響丸にお辞儀をしたかったが、ナギに顔を固定されたままだ。ここでお辞儀をしないのは失礼にあたらないだろうか。不安げに、心結の瞳が揺れる。
「おい、俺を見ろ」
「は、はいっ」
見ると、長い髪の間から空色の瞳が見えている。ナギの顔が少しだけでも見えるなんて珍しい。心結は、しばらくナギの瞳に魅入った。
「左目は見えているか」
「ほぼ、見えていません」
「痛みは」
「多少……」
多少とは言いつつも、瞬きをすると痛みが走る。瞬きした際に顔を顰めてしまうほど。だけど、これ以上に迷惑をかけたくなくて心結はウソをついた。といっても、ナギは全てお見通しだが。
「熱い物が直撃した痕がある。〝多少の痛み〟では済まない」
「はい……虚偽、でした。申し訳ありません」
正直にウソをついたと白状した。きっと何もかもお見通しなのだと、やっと心結は理解したのだ。さすが有名名家、皇家。
(だけど……)
久我家も同じ有名な名家だ。しかしナギと勝吾は違う。勝吾であれば、心結がウソをついた瞬間に手が出ている。暴言も。しかしナギは手が出るどころか、怒りもしない。視線を合わせて話をしてくれる。久我家では考えられなかったことだ。
(同じ名家でも、これほど違うのね……)
この時、心結は信頼感というものを、少しだけナギへ抱いた。全幅の信頼をおけないのは、気分によって対応が変わることがあるかもしれないから。機嫌が良ければ優しくなり、機嫌が悪ければ厳しくなる。今は優しいナギだが、機嫌が悪い時は自分を叩くかもしれない――
「これから目を治す。風邪は数日すれば治るだろうが……」
「っ!」
いきなり額を触られ、心結はとっさに目を瞑った。叩かれるかと思ったのだ。久我家でしみついた条件反射が出てしまい、心結は顔を青くする。
「も、申し訳ありません……私……っ」
「……治すだけだ。そう構えるな」
「怒らない、のですか……?」
「なぜ怒る必要がある?」
「え……」
本当に気にしていな声色だ。嫌な気持ちにならなかったのだろうか。傷を治そうとしただけなのに、過剰に反応されて……。
「これから異能の力で目を治す。風邪は自分で治せ。その方が体は強くなる」
「はい……よろしくお願いします」
ナギに顔を支えられているためお辞儀が出来ない。代わりに、心結は目を瞑った。しかしその時、だまり屋で起こった出来事を思い出した。勝吾と取引をしていた時の、ナギの言葉だ。
――一番大切な物を直す代わりに、二番目に大事な物をもらう
心結の顔がサッと青くなる。治してもらう資格が自分にはない、と気づいたからだ。
「旦那さま、申し訳ありません。私は、大事な物を持っていなくて……」
「大事な物?」
いきなりの言葉に、ナギは首を傾げる。しかし心結が「一番も二番もなくて」と付け加えたことにより合点がいった。
「あれは商売の時だけだ。今は違う」
「ですが……」
口ごもる心結。だけどその時、ナギのキレイな瞳が真っすぐ自分を見ていることに気付いた。
「俺たちは夫婦であろう? 夫婦の間に、商売など持ち掛けん」
「!」
そういうもの、なんだ。まさに目から鱗。今まで勝吾から虐げられてきた心結は、普通の夫婦がどういうものなのか知らない。理不尽は当たり前だったし、夫婦だからといって、何かが特別になったことは一度もなかった。
だからこそナギの言葉は新鮮で嬉しい。今まで知らなかった温かさを、心の奥で確かに感じた。
「ありがとうございます、旦那さま」
少しだけ微笑を浮かべたことに心結は気づいていなかったが、正面にいたナギは目の当たりにする。初めて見る心結の笑み。少しの間、ナギが止まったことに心結は気づいていなかった。
読んでくださりありがとうございます。
よろしければ、リアクションボタンを押していただけるとうれしいです。
感想も、お待ちしておりますっ




