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序章

 時は大正時代。妖怪が滅び、先祖代々力のある名家が発展していく日本。その中でも首都は力の奪い合いが激しく、名家のよる権力争いは日々激化していた。力をつける尤も有力な方法が、政略結婚。この結婚により人生を狂わされた一人の女性が、とある店の真ん中で呆然と立ち尽くしている。


 久我くが 心結みゆはひどく混乱していた。どうしてこんな事になったのだろうと、自分を挟む二人の男の間で、為す術なく会話へ耳を傾ける。


「一番大事な物を直す代わりに、二番目に大事な物をもらう」


 ここ「だまり屋」の店主が、淡々とした口調で言った。鼻まで伸びた前髪が、喋る度に揺れている。銀色と薄茶色が混ざったような、光をよく通す髪色だ。線の細い男かと思いきや、紺色の着流しから所々ゴツゴツとした骨が見える。顔の中で唯一見える唇は薄く、低くも高くもない穏やかな声が殺伐とした店内へ凛と響く。


「本当に、そんなことでいいのか?」

「そんなこと、と言うが。二番目に大事な物をそう易々と渡せるか?」

「当たり前だ、すぐにでも用意できる!」


 矢継ぎ早にしゃべる男は、一年前に心結と夫婦になった久我くが 勝吾しょうご。短い黒髪に細身の男だ。その腕には、妻ではない別の女性を抱いている。強い声色とは反対に、顔には焦りの色。たまに落とす目線の先に、女性の膝にできた傷がある。擦りむいた膝から少量の血が流れていた。


「頼むから冴を治してくれ。妻の心結は、お前にくれてやる!」

「っ!」


 動揺した心結を見て、勝吾の腕に守られる女性、有芝ありしば さえはほくそ笑んだ。おかしくてたまらないと言わんばかりの顔だ。猫が狩りをする直前のような鋭い視線を向けられ、心結の肩が大きくはねる。


「さぁ店主。心結をやると言っているんだ。早く冴の傷を治せ!」

「……」


 勝吾の言葉を聞く度に、心結は奈落の底へ突き落される。一番大切なものは自分ではなく冴。妻である自分は二番目……しかし、その言葉さえもウソだろう。心結のことを二番目に大事と思っていれば、もっと丁寧に扱ってくれるはずだ。心結は、今朝、勝吾によりつけられた目の傷へ手を寄せる。まだ、痛む。空っぽになった心に釘を入れられたみたいだ。息をするだけで、胸が締め付けられる。


(私は、捨てられたのだわ……)


 これで厄介払いが出来ると、勝吾の顔に書いてある。これを機に勝吾は心結と離婚し、冴と再婚するつもりなのだ。


(旦那様は……妻より、愛人をとったのね)


 勝吾の腕に守られている冴は、勝吾の愛人だ。勝吾は休日になると冴と街へ行き、荷物持ちとして妻の心結を同行させる。その間、心結へ羞恥心を植え付けるのだ。「俺が愛しているのは冴だ。お前はいらない」と言い聞かせ、精神的苦痛を与え続ける――それが心結の休日だ。


 今日も然り。勝吾が買った数多の荷物を持つ心結。そのか細い腕は早いうちから限界を迎えていた。しかし「帰りたい」と言えないため、無理して同行を続ける。その結果、足取りがおぼつかなくなり顔色が悪くなる。そこまで憔悴した心結を見届けた後、冴が「帰ろう」と言うのだ。おかしくてたまらない、と笑いながら。


 今日もそうだった。顔色の悪い心結が倒れそうになった時、恋しに躓いた冴がこけて膝を擦りむく。痛みで泣く冴を、勝吾は心底心配した。心結が風邪を引こうが体調不良で倒れようが、声さえかけないくせに。


 注がれる愛情の差に気付いていながらも、心結はなんとか耐えて来た。しかし「妻の心結はお前にくれてやる」という発言。荷物を落とすまいと何とか堪えていた心結も、この時ばかりは膝から崩れ落ちた。まさか、それほどあっさりと切り捨てられるとは。


(ここまで必要とされていなかったなんて……)


 久我心結という存在価値のなんと低いことか――委縮した心結を、店主が一瞥した。……いや、長い前髪のせいで目が隠れているから、本当に心結を見たかは分からない。しかし顔の向きが変わったのだ。


「よかろう」


 開いていた扇子を、音がするほど勢いよく店主が閉める。扇子からもれた微風が、店主の前髪を僅かに持ち上げた。

 前髪の隙間から覗くのは、切れ長の瞳。きれいな空色。透き通った色と、真っすぐな瞳――それはあまりにも綺麗で、眩しさを覚えるくらいだ。心結はしばらくの間、目が離せなくなる。


(私の黒い瞳もあれだけ輝く色であれば、少しは自分を好きになれるのに)


 腰まであるまっ黒な髪。同じ色の瞳。茶色の髪と瞳を持つ冴と比べると、自分は闇そのものだ。頭のてっぺんから足のつま先まで、全てがダメな気がしてくる――これこそ勝吾から植え付けられた羞恥心の塊なのだが、日々洗脳されてきた心結は気づかない。勝吾ではなく、「自分がダメだから勝吾から嫌われるのだ」と己を責めてしまう。


(あぁ……もう消えてしまいたい……)


 事実、旦那の勝吾から「くれてやる」と三下り半を突きつけられたのだ。今この場から自分が消えても、誰も困らない。

 そんなことを考えていると、


「ならば、この娘は俺がもらおう」


 とんでもないことを店主が言った。

 心結の肩に触れたのは、温かくて大きな手だった。久しぶりの人肌に、またしても肩がはねる。心結は、恐る恐る隣に立つ店主を見た。先ほどの言葉は本当かと、疑いの目を向けながら。しかし店主はきっぱりと言った。


「今日からお前は、俺の妻だ」

「!」


 開けっ放しの扉から風が入る。それは宙返りしたように地面をそよいだかと思えば、店主と心結の方へ流れて来た。店主の長い前髪が再び浮き上がる。心結は空色の瞳を再び拝んだ。しかし……先ほど見た時とは打って変わって、それは光を失っていた。眩しくないのだ。まるで心結を妻にもらったことを後悔しているように。


(やっぱり私はお荷物ね……)


 どこへ行っても不幸を招く自分はお荷物以外の何者でもない。この存在は、どこへ行こうが人へ迷惑をかけてしまうのだ。申し訳ない、本当に、申し訳ない――心の中で謝りながら、行き場のない感情に蓋をするように心結は目を閉じた。

 

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