18.誰がために集
東京の桜はこの一週間で最盛期を迎えた。微風が吹き抜けるたび、ピンクの花びらが雪片のように街の至る所を覆い、若者たちそれぞれの旅立ちを彩っていく。
K大のグラウンド脇では、アカデミックガウンを纏った佐藤が後輩たちに囲まれていた。 「佐藤先輩、ご卒業おめでとうございます!」 「ありがとう。これからは自治会をお前たちに任せたぞ」佐藤は笑って手を振った。 少し離れた校門では、零司が壁に寄りかかり、両手をポケットに入れて冷めた目でその狂騒を見つめていた。彼はその輪に加わることはなかったが、こちらに気づいた佐藤に小さく頷いた。佐藤は卒業証書を力強く振り上げた――それは高校時代の競争と葛藤を乗り越え、ようやく辿り着いた男同士の黙認と敬意の証だった。
一方、教育学部の祝賀会は続いていたが、今日の咲良はどこか落ち着かない様子だった。 「咲良、さっきから時計ばっかり見てどうしたの?」 「え? ああ、ううん。今日の午後は、すごく大事な用事があるの」 「大事な用事?」 「ええ。だから今日のカラオケは欠席させてもらうね」 咲良は微笑み、新宿までの移動時間を密かに計算した。
少し離れた体育大学では、前田健太が表彰台に立っていた。 大学スポーツ貢献賞を授与された彼の逞しい肉体は、ガウンを窮屈そうに押し広げている。証書を見つめる彼の脳裏に浮かんだのは、高校時代、アウトサイドを走り回り正確無誤なスリーポイントを沈めていた悠人の姿だった。 「お前には勝てなかったな、葉山……」健太は台を降り、満開の桜の下で深く息を吸い込んだ。「でも俺はこの悔しさを抱えて、プロのコートで最も正確なシュートを打ってやる。ベルリンのお前らも、絶対に負けるなよ」
工業大学の講堂は、K大よりも硬派で熱い空気に包まれていた。健二と輝が悠人の左右に座っている。健二はガウンを着ていても足元は鮮やかなオレンジのシューズで、落ち着きなく時計を見ていた。 「おい悠人、終わったらすぐにT大に飛ばすぞ! 氷室の答辞に間に合わなくなる!」 「分かってる、落ち着けよ」悠人は手元のカメラを点検していた。今日は正装のスーツではなく、ガウンの下にいつもカメラを直す時に着ている濃紺のシャツを着ている。彼の指が静かにレリーズに触れ、鼓動は講堂のパイプオルガンと同期していた。 「お前のフォーカスは、もうあっちに固定されているんだろう? ここの儀式なんて、お前にとっては背景ノイズでしかない」輝が淡々と言った。 悠人は否定せず、ただ自信に満ちた笑みを浮かべた。
T大の歴史ある安田講堂内。 沙也加は、ガウンの下にエンジ色のフーディーという優雅で型破りな格好で座っていた。隣には凜の両親と、高校の制服を着てどこか居心地が悪そうな蛍がいる。 「あなたが凜のルームメイトさん?」凜の母親が小声で尋ねた。 「はい、こんにちは。沙也加です」沙也加は精一杯の礼儀正しさを見せた。「ほら蛍、ちゃんと座りなさい。あなたは氷室家の顔なんだから」 「分かってるってば……」蛍は小さく呟き、視線を壇上の卒業生代表席に釘付けにしていた。
そこには、背筋を真っ直ぐに伸ばした凜が座っていた。 黒いガウンは彼女のラインを完璧に隠していたが、裾から覗く足元だけは――相変わらずの白いスニーカーだった。革靴やハイヒールが並ぶ中、彼女は未来から来た異質なプラグインのように見えた。
「卒業生総代、理学部、氷室凜。壇上へ」 その名が講堂に響き渡ると、凜は立ち上がった。白いベースボールキャップを深く被り、大理石の床に照らされた彼女の表情を読み取ることは誰にもできない。 彼女は歩き出した。一歩一歩が定規で測ったように正確だった。 「あれが最後の武装ね」沙也加は凜の背中を見つめ、静かに感嘆した。「彼女は四年間で築いたすべての防御システムを携えて、世界への通行証を受け取りに行くのよ」
凜が証書を受け取り、客席に向かって一礼した時、彼女は学長を見ることもメディアのカメラを見ることもなかった。彼女の視線は人混みを突き抜け、講堂の最後方、重い扉を押し開けて汗だくで飛び込んできた人影を、正確に捉えた。 悠人と輝が扉の枠を掴んで肩で息をしていた。しかし、その手にあるカメラはすでにしっかりと構えられていた。 開いた扉の隙間から桜の花びらが舞い込み、黄金色の陽光の中で踊った。キャップの庇の下、凜の口元がわずか0.5度だけ、上へと弧を描いた。 二つの大学を跨ぎ、無数のデータとレンズを越えた「最終対焦」だった。
式典後の夕暮れ、新宿の隠れ家的な居酒屋。 工大のシャツ、T大のガウン、そして高校の制服。あらゆる座標がここで重なり合っていた。 「おい健太! さっきの式の挨拶、熱すぎだろ!」健二が生ビールを煽りながら、旧友である健太の肩を叩いた。 「あれは真情吐露だよ、健二! 先週の俺のシュート見たか? あれはさ……」 二人は大学卒業生になっても、バスケの話になると熱血漢の子供に戻る。隣では咲良と沙也加がベルリンのファッションについて話し込んでおり、意外にも気が合うようだった。
別のテーブルでは、佐藤と輝という冷静な二人が、枝豆を前に「動的キャプチャ」について深い議論を交わしていた。 「公務員になるつもりだが、写真には興味があるんだ」佐藤が二人の撮った写真を比較して言った。「君のシャッターは、いつも最も不安定な瞬間を捉えるな」 「消えゆくものしか撮らないからだ」輝が淡々と答え、二人はグラスを合わせた。それは強者同士の共鳴だった。
蛍は悠人と凜の隣に座り、警戒心の強い仔猫のように、向かいに座る零司を見つめていた。零司は高校時代、悠人にプレッシャーを与えた男だ。 「それで、あいつらをそのままベルリンへ行かせるつもりか?」零司は烏龍茶を啜り、蛍を越えて悠人を直視した。 「行かせるんじゃない。僕が彼女を連れて行くんだ」悠人は零司の視線を受け止め、静かだが揺るぎない力強さで言った。「あっちでも、彼女のデータには僕の現像が必要だし、僕の現像には彼女の光が必要なんだ」 零司は沈黙の後、極めて微かな笑みを浮かべ、凜に向き直った。 「氷室、あっちでこの男が周波数を見失ったら、いつでも信号を送ってこい。俺たち『旧座標』は、いつでもここにいる」
凜は相変わらず白い帽子を被っていたが、旧友たちの前では少しリラックスしているようだった。彼女は温かい食べ物を見つめ、白い靴下の下で微かに揺れる足先を眺めながら、静かに口を開いた。 「私の計算によれば、この部屋のエネルギー総和は、東京のどの物理ラボをも上回っているわ。こんな非合理な集まりが、私の演算速度を遅くさせている」 「遅くなって正解よ」沙也加が後ろから凜と蛍を抱きしめた。「今は演算なんていらない。ただ『感じる』だけでいいの」
蛍は沙也加の懐で、悠人と凜が見つめ合う姿を見て、ようやく一日中の緊張が解けた。これは単なる別れの宴ではない。これから旅立つ座標に、全員の祝福とエネルギーを注入する「校正の儀式」なのだ。
「蛍ちゃん! 久しぶり! 大きくなったね、でも相変わらず可愛い!」 久しぶりに会った咲良に、蛍は逃げることなく抱きしめられるままになった。「この冷たくて柔らかい感触、初めて会った時と同じだわ」 「あなたこそ、少しは成長したの?」蛍は力なくツッコんだ。
「よし!」健二が立ち上がり、グラスを掲げて叫んだ。「ベルリンでノロける予定のバカカップルに、乾杯!」 「乾杯――!」
グラスの触れ合う清らかな音の中、窓の外の東京の夜景には星が瞬いていた。その喧騒の中で、悠人はテーブルの下で凜の手をそっと握った。 この瞬間、彼は彼女に、静かで温かなエネルギーを分け与えていた。




