表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100%の集中モード  作者: WE/9
大学セクション

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/69

8.本当の目的

長野の山から戻った週末、悠人は荷物を抱えて凜を寮まで送り届けた。 ドアを開けると、高級アロマの香りが鼻をくすぐる。ソファでは、沙也加がゆったりとしたシルクのガウンを羽織り、ドリンクを片手に最新のファッション誌をめくりながら、裸足の足を心地よさそうに揺らしていた。


「おや、山の原始人たちがご帰還?」沙也加は顔も上げず、揶揄うような口調で言った。「山の上は電波が途切れがちだって聞いたけど、二人の周波数はバッチリ合ってたみたいね。画面越しでも伝わってきたわよ、その『オーバーロード』気味のキラキラ感が」


「沙也加……どうしてまだここにいるの? 実家に帰ったんじゃなかったの?」凜はドアを閉めながら、平静を装おうとした。しかし、山で悠人の肩に寄りかかったことを思い出し、耳の付け根が赤く染まっていく。


「もちろん、課題の準備と、あんたたちの様子を見るためよ」沙也加はマグカップを置き、凜の前まで歩み寄った。「六本木で高木先生の巡回展が始まったわ。テーマは『気づかれない光影』。行ってみたら? 何か『面白いデータ』が見られるかもしれないわよ」


翌日、悠人と凜は六本木のアートギャラリーを訪れた。 ここは長野の山頂とは正反対の世界だった。ミニマリズムな白い壁、22度に設定された空調、そして一枚一枚の写真に向けられた正確な照明。凜は展示室を歩きながら、慣れ親しんだ「秩序」を再確認していた。しかし、彼女の手は無意識に悠人の服の裾を掴んでいた。


「どうしたの? 綺麗すぎて落ち着かない?」悠人が優しく尋ねる。 「いいえ……ただ、ここの光は正確だけれど、山の上の温もりがない気がして」凜は小さく答えた。


彼らは高木の作品を一点ずつ眺めていった。嵐の前の雲、極限環境下の植物――どの写真も圧倒的な生命力に満ちていた。 そして、展示の最後、独立した壁に掛けられた唯一の「大判カラー写真」の前で、二人の足は同時に止まった。


その構図は衝撃的だった。 手前には、すべてを飲み込むような銀灰色の濃霧。遠くには微かな朝焼け。そして画面の中央には、古びた観測所のテラスに座る二人の後ろ姿があった。 悠人は愛おしそうに俯き、凜の白い帽子の露を指先で拭っている。その動作は、まるで稀世の宝物を愛でるかのように優しい。凜は顔を背けているが、彼女の肩は悠人の肩にぴったりと重なっていた。その重なり合う小さな領域が、灰色の世界の中で最も安定した「支柱」のように見えた。


作品のタイトルの横には、こう記されていた。 《守護についての現像》


ギャラリーの中は静まり返っていたが、二人の鼓動の音だけが耳を突き抜けるほど大きく響いていた。


「これ……いつ撮られたの……」 凜の論理システムは一瞬でダウンした。顔がみるみるうちに赤く染まり、彼女は白い帽子をぐいっと深く下げて、顔全体を隠そうとした。 悠人も気まずさに狼狽し、頭を掻きながら視線を泳がせた。「高木先生……これを出したのか。しかもタイトルがこんな……」


周囲の観客から囁き声が聞こえてくる。 「わあ、この写真、すごく温かい雰囲気ね」 「この二人、絶対的な信頼関係がある感じがするわ」 「見て、あの子の帽子、写真と同じじゃない!」


それを聞いた凜は、その場で石化したように固まり、呼吸の頻度さえ乱してしまった。かつての彼女なら、データが公開されることは当然だと思っていた。しかし今、自分の「魂の座標」が、これほどまでに優しく、気恥ずかしい形で公にされたことに、戸惑いを隠せないでいた。


悠人は、今にもショートしそうな凜を見つめた。自分も同じように恥ずかしかったが、彼はそっと手を伸ばし、ギャラリーの影で、凜の震える手を強く握りしめた。


「気まずいけど……でも、すごくいい写真だ」悠人は耳元で囁いた。「だって、僕が見てきた中で、君が一番リラックスしている姿だから」


六本木の精緻な光の下、凜は帽子のつばを下げたまま、今度は悠人の手を振り払わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ