45.THE LAST GAME
卒業式が始まる前の昼下がり、陽光が体育館の木の床を金白色に染め上げていた。これは公式な試合ではない。健太が提案し、卒業生たちが自発的に集まった「最後の親善試合」だ。 悠人は少し色褪せたユニフォームに着替え、センターラインに立っていた。対面には健太、佐藤、零司。そして隣には小野寺がいる。
「悠人、あの三対三以来、一度もコートでシュートを打ってなかっただろ?」 健太がボールを突きながら言う。その瞳に競技の殺気はなく、あるのは男同士の思いやりだけだ。 「今日、すべての借りを返そうぜ」
試合は笑いと汗の中で進んだ。CCは真っ白な帽子を被り、ベンチに座って悠人から贈られたカメラを構えていた。レンズは常に、かつてのように精密な機械ではなく、より「人間味」のある動きでコートを駆ける背中を追い続けていた。 CCがシャッターを切るたび、悠人の鮮やかなスリーポイント、健太の豪快すぎるダンク、零司が小野寺をマークして体格差で吹き飛ぶ姿、そして佐藤の教科書通りで地味なレイアップが記録されていく。
試合が終盤に差し掛かった頃、スコアはもう重要ではなくなっていた。 最後のポゼッション、残り時間は13秒。 コート上の仲間たちは皆、何かに気づいたようだった。激しかった動きが止まり、健太はゴール下で柔和に笑い、佐藤は眼鏡を押し上げて悠人に頷いた。皆が握手をし、肩を叩き合う。まるで青春の劇が、一足先に幕を下ろしたかのように。
「悠人、任せたぞ」 零司がバックコートの悠人にボールを優しくパスした。 悠人はボールを受け取り、ゆっくりとドリブルを始めた。 センターラインを越える――そこは、高一の頃に意気揚々としていた自分の座標。
佐藤の横を通り過ぎる――生真面目で極度の近視だった学級委員長を思い出す。
健太の横を通る――三年間絶えることのなかった、彼の不器用で熱い情熱を感じる。
小野寺を通り過ぎる――語り合ったアニメのこと、転校してきた日のあの爆発的な自己紹介を思い出す。
彼は、かつての「完璧で、優しく、強い」高一の悠人が道端で微笑んでいるのを見た気がした。そして、その幻影が無数の破片となって砕け散った。 超ロングスリーポイントのラインに到達し、悠人は立ち止まった。深く息を吸い、タイマーがゼロになる直前、ありったけの力を込めてボールを放った。 ボールは空中に長い弧を描いた。
「ガシャン――!」
ボールは無情にもリングの前縁を叩き、高く跳ね上がり、そのまま床を転がっていった。 ――外れた。 同時に、試合終了を告げる長いブザーが体育館に響き渡った。
「……終わった」 悠人の両手はまだシュートのフォームを維持していた。転がるボールを見つめる彼の視界が、突然歪んだ。 「ヒーローと父親の区別もつかなかった自分」を。病院で、無力にも倒れるヒーローを見つめるしかなかった自分を思い出した。
「う……うわあああああ!」 悠人の膝から力が抜け、木の床に激しく崩れ落ちた。彼はもう抑えきれず、肩を激しく震わせ、崩壊に近い。慟哭を上げた。それはシュートを外した悔しさではなく、十二年前から偽り続けてきた自分を捨て、「失敗する権利」を取り戻した少年の、魂の叫びだった。 「僕は……僕はここにいる……っ! これが……僕なんだ……!」
温かい手が彼の肩に置かれた。続いて、二本、三本。 健太、佐藤、小野寺、零司が彼を囲んでいた。彼らは慰めの言葉をかけず、ただ黙って手を差し出し、床に膝をつく悠人を全員で引き上げた。 「おかえり、悠人」健太が力いっぱい彼の背中を叩いた。「ひっどいシュートだったけど、最高にカッコよかったぜ!」
CCはコート脇でその光景をレンズ越しに見ていた。だが、彼女はシャッターを切るのをやめ、カメラを置いた。この「真実の脆弱さ」は記録する必要などない。それはすでに、全員の魂の座標に刻まれていたからだ。 彼女は歩み寄り、夕映えの中で、泣きじゃくりながらもようやく「完成」した少年を、優しく抱きしめた。
試合が終わった後の喧騒が残る中、校舎の屋上では、咲良が腰に手を当て、白い帽子のCC(凛)の前に立っていた。 「バカ男子たちが汗で別れを告げたなら、女子だって負けてられないわよ!」 咲良は背後の箱から色とりどりのチョークとスプレーを取り出し、小悪魔のように笑った。 「CCちゃん、自分の過去には色がないって言ってたわよね? 今日、私たちはこの学校を卒業する前に、世界で一番カラフルな色で染め上げるのよ!」 これこそが女子たちの終点イベント――「色彩奪還計画」。
「ええっ! この可愛い子は誰!?」遠くで騒ぎが起きた。 「へへっ! 楽しいことはシェアしなきゃ!」 咲良とCCが驚いて振り向くと、帰ったはずの蛍が立っていた。「お父様が私の同居生活の話を聞いて、特別に戻るのを許してくれたのよ。ありがたく思いなさい!」 蛍の言葉には、心からの喜びが滲んでいた。
彼女たちは、かつて生徒会がメインの配線を管理するために使っていた「立ち入り禁止」の灰白色の外壁へと向かった。 「ここは、かつて固定されたデータだった」CCは鮮やかなブルーのスプレーを手に取り、その指先はもう震えていなかった。「今は、私のキャンバスよ」
CCは真っ先に壁に巨大な、笑顔のカメラのマークを吹き付けた。咲良がすかさずその隣にド派手なピンクのハートと「悠人はバカ」という文字を書き込み、皆の爆笑を誘った。 「これが私たちの卒業証書よ!」咲良が叫び、残りのカラーパウダーを空中に放り投げた。
三月の微風の中で、ピンク、スカイブルー、イエローの粉末が桜の花びらと混ざり合い、CCの白い帽子に、そして彼女たちの制服に降り注いだ。この瞬間、彼女たちは規則に縛られた淑女でも、データで定義された道具でもなかった。ただ大声で笑い、自由に落書きし、無限の可能性を持つ少女たちだった。
「凛お姉様」蛍は彩り豊かな煙の中でCCを見つめた。「今のあなたのプロセッサの中に、まだ影は残っている?」 CCは目を閉じ、まぶたに当たる陽光の温かさと、隣にいる咲良の活気ある心音を感じた。そして、ゆっくりと首を振った。 「律が残したものは、ただの0と1。でも今私が感じているのは、無限大の満足よ」
CCは壁際まで歩き、最後のスプレーで自分の名前を記した――。 「凛(RIN)」 CCというコードネームでもなく、実験体でもなく。氷室教授の娘であり、悠人の守る対象であり、そして「自分自身」である名前を。 これこそが女子たちの終着点。色彩と混沌を通じて、自己定義の権利を完全に取り戻したのだ。
彩粉まみれになり、息を切らして階段を駆け下りた三人が、体育館から出てきたばかりの、泣き腫らしながらも晴れやかに笑う男子たちと合流したとき。 この「青春のノイズ・マップ」は、ついに完成した。




