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100%の集中モード  作者: WE/9
変数の出現

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41/59

41.来るべき時が来た

三月の第一月曜日。早朝の空気は依然として冷たさを帯びていたが、街路樹の桜の枝先には、かすかにピンク色の蕾が顔を覗かせていた。それは久しぶりの登校であり、CC(凛)にとって、もはや自分を黒い影の中に押し込めようとしない、人生で初めての航海でもあった。


「悠人、私……変じゃないかしら?」 校門の前で、CCは足を止めた。整った制服の上からオーバーサイズの紺色のパーカーを羽織り、そして何より目を引くのは、陽光を浴びて淡く光る真新しい白い帽子だった。 「変じゃないよ」 悠人は彼女を見つめ、励ますように言った。「今の君は、どんな精密機器よりも輝いて見える」


二人が教室に入った瞬間、騒がしかったクラスが静まり返った。 「おおおお! 葉山、氷室! 久しぶりじゃねーか!」 活気あふれる怒鳴り声が、気まずい沈黙を打ち砕いた。健太が熱血な仔牛のように突進してきた。朝のランニングを終えたばかりの熱気を放ちながら、白い歯を見せて笑う。 「氷室、その白い帽子、めちゃくちゃ熱血だな! 戦闘力が二倍くらい上がって見えるぜ!」


「健太、声が大きすぎるわ。驚かせてどうするの」 佐藤が厚い眼鏡を押し上げ、連絡帳の束から顔を上げた。学級委員長として相変わらず生真面目な雰囲気を崩さないが、CCを見つめる瞳には明らかな安堵が混じっていた。「氷室さん、おかえりなさい。休んだ分、二週間分のノートは日付順に整理して君の机に置いてあるから」 「ありがとう、佐藤君」 CCは軽く会釈した。白い帽子のつばの下で、表情が柔らかく和らぐ。


そこへ、後ろのドアから零司と別の人物の話し声が聞こえてきた。 小野寺は首に高価な一眼レフを下げ、プロのような顔つきで零司と議論していたが、CCの姿を見つけるなり、その瞳は「アニメオタク」から「カメラマン」モードへと切り替わった。


「おやおや……この光、このコントラスト……」 小野寺は金縁の眼鏡を押し上げ、指先を無意識にシャッターボタンにかけた。オタク特有の興奮が語気に混じる。 「氷室、その白い帽子は絶妙なチョイスだ! まさに『クール系ヒロイン』の王道構図だよ。あの『転生したら帽子が白くなってた件』の名セリフを合わせれば……」 「小野寺、またアニメのセリフに繋げるな」 零司が隣で冷淡に突っ込んだが、その口角も微かに上がっていた。


小野寺はニヤリと笑うと、真面目な顔に戻った。 「悠人、実は今日、君たちに相談があるんだ。卒業アルバムの『日常の風景』枠がまだ足りなくてね。先生は僕の腕を頼っているけど、一人じゃ撮りきれない。氷室、君は以前、うちの部の目的は『学園の奇跡を観測すること』だと言っていたよね?」 彼は一眼レフをCCの前に差し出した。瞳には同好の士への熱意が宿っている。 「卒業写真チームに入ってほしいんだ。データの観測のためじゃなく、オタクですら涙を流す『卒業の遺憾ノスタルジー』という名の光と影を切り取るために。……どうかな?」


CCは機械美に溢れるカメラを見つめ、それから悠人を見た。 「……やってみなよ」悠人が優しく背中を押す。「今度は、自分自身のためにシャッターを切るんだ」 CCは手を伸ばし、カメラを受け取った。レンズ越しにみんなを見た時、ノイズだらけだった世界に「温度」という名のピントが合った気がした。


カメラを手に取ってからの数日間、CCは校園で最も特別な風景となった。 もはや彼女は隅っこにうずくまって機械的に周波数を記録する観測者ではなかった。白い帽子を被り、体育館の裏口、部室棟の廊下、桜が咲き始めた校門など、静かに、しかし確かに存在していた。


「シャッターを切る瞬間、データは永久に固定される」CCは旧校舎の屋上に立ち、レンズ越しに第二ボタンを交換する男女を見つめ、独り言を漏らした。「これが小野寺の言う……『遺憾の彩度』なの?」


しかし、他人の物語を切り取る一方で、CCの鋭い感覚は自分自身の「座標」のズレを感知していた。 「悠人の心拍安定度が15%低下。私と一緒に過ごす時間は先週より42%減少している」 CCはカメラを収め、廊下の向こうを眺めた。そこにはカバンを手に、足早に校門へ向かう悠人の姿があった。何より気になったのは、校門の角で咲良がミステリアスな様子で悠人に手招きし、二人がひそひそと話した後、急いでどこかへ向かったことだ。


それはCCの知っている「秘密行動」の気配だった。だが今回、彼女はその協議から外されていた。 「佐藤君」CCは図書室で蔵書整理をしていた学級委員長の背後に歩み寄った。声は冷静だが、かすかな動揺が混じっている。 「悠人に最近……何か特別なクラスの任務はあるかしら?」 佐藤は眼鏡を押し上げ、真面目に手帳をめくった。「葉山君かい? 最近の当番はないし、追試もないよ。ただ、昨日図書室で『機械構造と美学の歴史』という古い雑誌を調べていたな。ひどく緊張した様子で」 「緊張?」CCの眉が微かに動く。 「ああ。試験直前に受験票を忘れたことに気づいたような、そんな顔をしていたよ」


佐藤の極めて具体的な比喩を背に、CCは図書室を出た。そこでカメラを手にした小野寺と出くわした。 「おやおや、氷室。ピントが狂っているよ」 小野寺はCCの瞳の中の迷いを見抜き、眼鏡を光らせた。「もし悠人のことなら、『観測』で解決しようとするのはお勧めしないな。ドラマチックな展開には、サプライズという名の包装が必要だからね」


「サプライズ?」CCは首を傾げた。白い帽子のつばが揺れる。「でも、私の論理では、異常な行動はリスクを意味するわ。彼は最近、咲良と親密すぎる。もしかして……」 「もしかして何だい? 『幼馴染の逆転劇』みたいなテンプレ展開でも想像しているのか?」小野寺は苦笑して首を振った。「いいかい。三月には卒業の他にもう一つの重要な座標がある。忘れたのか?」


CCはハッとした。脳内メモリを高速検索し、ある日付で停止する。 「三月十六日……悠人の誕生日」彼女は呟いた。


「その通り。彼の偏差率を計算するより、君を守り続けてくれた彼のために、どんなシャッターを切れるか考えるんだ」小野寺はカメラを叩いた。「それがカメラマンとしての覚悟ってものだよ」 CCはカメラを強く握りしめた。夕焼けが彼女の白い帽子をオレンジ色に染めていく。悠人が「秘密」を準備しているなら、自分も自分なりのやり方で、三月十六日が来る前に、不合理で、けれど最高に温かい「補完計画」を完成させようと決心した。


三月初旬、校内の空気は変わった。掲示板には卒業式のプログラムが貼り出され、教室の後ろのカウントダウンカレンダーは残り十数枚となっていた。 高校生活の終わり。チャイムの音一つ一つが、共有していた座標の解体を意味していた。


「卒業したら……本当にみんなバラバラになるんだな」 健太が珍しく静かになり、グラウンド脇のベンチで、汗を流す後輩たちを眺めていた。彼は隣の佐藤に顔を向けた。「委員長、お前の行く大学は北の方だろ? 運動しろってうるさく言う奴がいなくなって、ヒョロヒョロのオヤジみたいになるなよ」 「君こそ、スポーツ推薦だからって単位を落とさないことだね」 佐藤は眼鏡を押し上げた。語調は相変わらずだが、三年間綴り続けた学級日誌を握る手は強く、その瞳には一抹の寂しさが宿っていた。


その頃、CCは旧校舎の屋上に立ち、カメラのピントを調整していた。 レンズの中には、花壇のそばで桜の第一号を接写しようと屈み込む小野寺の姿があった。 「氷室、見てごらん」小野寺は振り返らずに、CCの気配を察した。「この花たちは、卒業式の日に合わせて散るために一生懸命咲いている。この『別れのために存在する満開』……美学を感じないかい?」


「別れのために存在する……」CCは白い帽子の下で小さく繰り返した。 彼女のレンズは校門へと向けられた。そこには、悠人の姿があった。 悠人は咲良と掲示板の前で何かを話し合っていた。咲良が笑って悠人の後頭部を軽く叩き、手書きのリストを渡す。悠人は少し困ったようにそれを受け取ってポケットにしまい、二人は家とは逆の方向へ歩いて行った。


それはCCがこれまで経験したことのない感覚――胸が締め付けられるような、コードでは解析不能な「ノイズ」だった。 「私の観測によれば、悠人が咲良と二人きりで行動するのは今週で三度目……。卒業を控えた社交論理から推測すれば、これは……私の関与できない未来の計画があるということ?」


「考えすぎると写真がボケるよ」小野寺が立ち上がり、ズボンの砂を払った。「『遠隔観測者』でいるより、相手の座標に介入しなよ。氷室、君はこの卒業ドラマのヒロインなんだ。背景の一部になるな」 CCはカメラを収め、小野寺に深く頷いた。 「……分かったわ。私の『核心データ』を確認しに行く」


その夜、葉山家。 悠人は相変わらず作業場に籠もり、ドアの隙間から微かな明かりと金属が擦れる音が漏れていた。CCはリビングで白い帽子を手に取った。この帽子が悠人からもらった「再生」であることを思い出し、四人で過ごした時間を想った。卒業式、そして三月十六日の悠人の誕生日。彼に、決して「デリート」できない記憶を贈りたい。


彼女はスマホを取り出し、咲良にメッセージを送った。 『「サプライズの構造」について。あなたの技術支援を要請する。』


三月の深夜、空気は依然として冷たい。だがCCは知っていた。卒業までのこの最後の時間が、こうした「不透明な秘密」によって、何物にも代えがたい宝物へと変わっていくことを。

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