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39.平和な日々

二月中旬の東京。大学や高校の入試が近づき、街には張り詰めたような緊張感が漂っていた。しかし在校生にとって、この時期は「入試休み」と呼ばれる特別な休暇だ。校舎を試験会場として開放するため、学校は二週間の休校を告げていた。


しかし、氷室家にとってこの二週間は休暇ではなく、徹底的な「大掃除」の期間だった。 律の事件は余波が広く、氷室教授は警察のデータ清査に協力する傍ら、娘への深い悔恨から、あの「実験室のような冷光」と「監視設備」に満ちたマンションを徹底的にリフォームすることを決めた。彼は律が残した痕跡をすべて消し去り、凛に本当の「家」を返したいと願ったのだ。


「ホテルの環境は閉鎖的すぎて、凛の心の回復には良くないわ」 凛の母親は電話越しに、沈痛かつ誠実な声で悠人に告げた。「悠人君、唐突なのは承知しているけれど……改装の間、凛を君のそばにいさせてくれないかしら? 彼女は、あなたをとても信頼しているから」


そして奇遇なことに、氷室家に居候していた蛍も、小学校のインフルエンザによる学級閉鎖で休みになっていた。 「私は技術顧問として、一時的に滞在させてもらうわ」と蛍。 咲良は胸を叩いて教授に保証した。「任せてください教授! 悠人がCCちゃんに失礼なことをしないか見張っておくし、二人をお腹いっぱいにするのも私の役目ですから!」


こうして、「教授の悔恨」「蛍の警戒」「咲良の情熱」そして「悠人の守護」によって編まれた臨時協定が発効した。 可哀想な悠人は思いもしなかった。自分の家の、二十坪にも満たない古い本だらけのリビングが、ある日突然、個性の強い三人の少女たちに占領されることになろうとは。


「悠人、この角度のセンサーは監視カメラの死角になるわ……じゃなくて、靴下を干す動線の邪魔になるわ」 CCは小さな椅子の上に立ち、洗いたての靴下の束を手に、ベランダの空間と真剣に「対話」していた。 「CC、それは君が靴下を色の濃淡と繊維密度で並べようとするからだよ。スペースの無駄だって!」 咲良はキャンディを咥え、ラウンジチェアにどっしりと座って最新のファッション誌をめくっている。 部屋の隅のPCデスクでは、蛍がオーバーイヤーヘッドホンを装着し、残像が見えるほどの速さでタイピングしていた。 「悠人、この家のWi-Fiルーターは石器時代のもの? お姉様への電話をブロックしようとしただけで、三回も回線が落ちたわ」


エプロン姿の悠人が、おたまを手にキッチンから困り顔で現れた。 「うちは男一人の生活なんだから、Wi-Fiなんて繋がればいいんだよ……あと、咲良、そこは親父の指定席だ。お菓子のクズを隙間に落とすと掃除が大変なんだから」


これがCCが葉山家に来た最初の日の午後だった。律の監視もなく、秒単位のデータ要求もない。そこにあるのは、人間らしい騒がしさと混乱だけだった。


夕暮れ時。急な引っ越しだったため、CCはほとんど荷物を持ってこられなかった。 「とりあえず、僕の服を着てなよ」悠人はクローゼットから紺色のパーカーとスウェットパンツを取り出した。


着替えたCCが部屋から出てきた時、時計の文字盤を整理していた悠人は、危うく高価なゼンマイを飛ばしそうになった。 悠人にはジャストサイズのパーカーも、華奢なCCが着るとまるでロングドレスのようで、長い袖の先から白い指先がわずかに覗いている。少し緩い襟元からは美しい鎖骨が露出し、風呂上がりの湿り気を帯びた黒髪と相まって、彼女はかつてないほどの柔らかい雰囲気を纏っていた。


「悠人、この服はサイズが少し大きいわ。それに……」 CCはうつむき、広い袖で顔を隠しながら、くぐもった声で言った。「……あなたの匂いがする。これも一種の『マーキング』なの?」


「それは柔軟剤の匂いだよ!」悠人は耳の根まで真っ赤になり、慌てて本を読みふけるフリをした。 「へぇー、そうなの?」 いつの間にか後ろに現れた咲良が、キツネのような笑みを浮かべて悠人の肩に手を置いた。「私には油と古本の匂いしかしないけど? CCちゃん、君のセンサーは悠人にだけ特別加算ボーナスがついてるんじゃない?」 「咲良、からかうなよ!」悠人が抗議する。


「私のデータ観測によれば」蛍が無表情にタブレットを手に通り過ぎた。 「悠人の心拍数から推測して、彼の体温は毎分0.5度のペースで上昇しているわ。お姉様、その格好を維持することをお勧めするわ。ある人物の心臓負荷実験には非常に有効よ」


深夜、騒がしい二人がようやく静まった後、悠人の狭い寝室で二人は向かい合っていた。 過去と決別するために、悠人は2008年のチケットを取り出し、CCはあの黒い帽子を脱いだ。 二人は、それぞれの「過ぎ去った美しい過去」の象徴を小さな木箱の中へと収めた。蓋がゆっくりと閉じられるのと同時に、彼らの記憶の深淵にあった窓が、静かに閉ざされた。


「……これでお別れね」 CCの言葉には、わずかな名残惜しさが混じっていた。悠人はそれを見て笑った。 「そうだね。でも、CCが帽子を被っていないのは、なんだか不思議な感じがするよ」


CCが肯定の言葉を返す前に、悠人は部屋の隅から新しい箱を取り出した。 「開けてみて」


言われるままにCCが蓋を外すと、そこには雪のように真っ白な、新品のキャップが収められていた。CCが満足げにそれを手に取り、隅々まで眺める。 「少し早いけど、誕生日プレゼントだ。白は『再生』を象徴する色だと思ってね。気に入ってくれるといいんだけど」


言葉はもう必要なかった。CCは鏡の前で新しい帽子を被り、つばの位置を調整すると、少しいたずらっぽく、微笑みながら悠人に問いかけた。 「……似合うかしら?」 「もちろんだよ」


凍てつく二月の深夜。葉山家は狭く、混乱し、非論理的だったが、CCにとってそこは、生まれて初めて住まう、世界で最も安全で温かな場所だった。

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