33.逆(ぎゃく)に突撃(とつげき)されました
火曜日の午後、青藤高校の昇降口はいつもより賑わっていた。数台のエリート小学校の校章が入ったスクールバスが校門に停まり、小学生とは思えないほど鋭い眼差しをした制服姿の子供たちが、タブレット端末を手に様々なデータを記録していた。
「お姉様の部活座標……東校舎、旧実験室。方位角270、到着予定時刻まであと45秒」
蛍は虚構の眼鏡を押し上げるような仕草を見せ、小さな足で廊下に規則正しく、冷静なリズムを刻んだ。彼女の後ろには、同じく無表情な引率の同級生二人が続き、さながら縮小版の特務部隊といった趣だ。
その頃、旧実験室ではCCがパソコンの画面を凝視していたが、突如として背筋に冷たいものが走った。
「馴染みのある論理波動を検知……距離10メートル」 CCはガバッと顔を上げ、黒い瞳に驚愕の色を浮かべた。 「この、すべてを見下すような音圧……蛍だわ」
「蛍? あの毒舌な従妹ちゃん?」悠人がコップを置いた瞬間、実験室の重厚な木製ドアが「バン!」と勢いよく開け放たれた。
蛍が入り口に立ち、腕を組んで、乱雑な部室をスキャナーのように一掃した。彼女の視線は悠人の上で0.5秒止まり、その後CCへと注がれた。
「お姉様。入室前10秒間の環境モニタリングによれば、ここの酸素濃度は正常ですが、『知能指数濃度』は明らかに氷室家の平均値を下回っていますわ」 蛍は優雅な足取りでテーブルまで歩み寄り、嫌悪感を隠さず指先で天板をなぞった。 「このような埃と低効率な感情に満ちた場所にいて、お姉様の演算コアは錆び付いてしまわないのかしら?」
「蛍、これは正式な校外学習訪問よ。言葉遣いに注意して……」 CCが言い切る前に、廊下の奥から論理を粉砕せんばかりの叫び声が響いた。
「――いたあぁぁ!! 部室の前に超絶かわいい生き物が現れたって聞いたよー!!」
再びドアが跳ね飛ばされ、病気から全快してスタミナ200%状態の咲良が、ピンク色の旋風となってカオスな気流を巻き起こしながら蛍へと突っ込んでいった。
「キケン物接近! 退避――」 蛍の論理演算はその瞬間ピークに達した。左後方へ1.2メートル退避すれば衝突を回避できると正確に弾き出した。しかし、彼女は一つ計算違いをしていた。佐々木咲良には物理法則が通用しないということを。
「つかまえたぁ!!」
咲良はスライディング気味に飛び込み、正確に蛍を丸ごと抱きしめた。冷酷なまでに冷静だった蛍の小さな顔が、咲良の柔らかい胸元にムギュッと押し付けられる。
「むぐ……むぐぐ!! この……無礼者! 離し……離しなさい!」蛍の短い足が空中で虚しくバタバタと動き、ソファーに落ちたタブレットには「エラー:不明な干渉」というコードが点滅していた。
「わあぁ! この感触! この冷え冷えとした目つき! まさにCCちゃんのミニチュア版じゃん!」咲良は狂ったように蛍に頬ずりをした。 「悠人! どこからこんなハイクオリティな縮小版CCを見つけてきたの? これ量産できる? お家に連れて帰って飼ってもいいかな!?」
「それは従妹だ、グッズじゃないぞ、咲良」 悠人は額を押さえ、白目を剥き始めている蛍に同情の視線を向けた。
傍らでは小野寺が黙々とカメラを構え、シャッター音を「カシャ、カシャ」と響かせている。 「タイトルは決まった。『氷室家の天才、ワーテルローに散る:論理が野生に出会う時』。この写真は高く売れそうだ」
「小野寺……直ちにデータを削除しなさい……」CCは威厳を保とうとしたが、蛍の整えられた髪が咲良にぐしゃぐしゃにされるのを見て、口角がわずかに震えた。――必死で笑いを堪えている証拠だ。
混乱は10分間続いた。最終的に悠人の仲裁で、魂が抜けかかった蛍はようやく解放されたが、咲良は依然として彼女の隣にピタリと張り付き、ポケットから「咲良特製ストロベリーソフトキャンディ」を取り出した。
「はい、いい子ね。お姉さんからのプレゼントだよ」咲良はニシシと笑いながら袋を開け、一粒直接蛍の口に放り込んだ。
蛍は本能的に吐き出そうとしたが、濃厚な甘みが舌の上で弾けた瞬間、0.8秒間だけ瞳孔が激しく揺れ動いた。
「……成分分析によれば、糖分過多。不必要な着色料も添加されていますわ」 蛍はもぐもぐと咀嚼しながら、毒舌はそのままに、しかし噛む速度は次第に上がっていった。「……認めざるを得ませんが、悪くないお味ですわね」
「へへー、私のキャンディを拒絶できる人はいないんだから!」咲良はその隙に「ピンクの猫耳カチューシャ」を取り出し、甘みに夢中になっている蛍の頭に電光石火の速さで装着した。
蛍は固まった。窓ガラスに映る自分を見る。完璧な制服姿なのに、頭にはふわふわのピンクの猫耳。
「お姉様……」蛍は顔を向けた。その瞳には極度の羞恥と、少しばかりの甘えが滲んでいた。「この学校のセキュリティ格付けは……マイナスですわね?」
CCは歩み寄り、大人を演じようとするこの従妹の頭に手を伸ばすと、少し歪んだ猫耳を優しく直してやった。 「蛍。ここのデータはめちゃくちゃだけど……」 CCは隣で大笑いしている咲良と、それを温かく見守る悠人に目を向けた。 「たまには脳をフリーズさせるのも、悪くないわよ。……そうでしょう?」
蛍は呆然とお姉様を見つめた。今の彼女の瞳は、氷のようなスクリーンセーバーではなく、今まで見たこともないような「生き生きとした」光を宿していた。
参訪が終わると、蛍は校門の前で制服を整え、冷酷な態度を取り戻した。 「葉山悠人」蛍は送りに来た悠人を呼び止めた。口調は傲慢なままだが、その手には咲良からもらった食べかけのキャンディの袋がしっかりと握られていた。 「あなた……まあ、及第点の『緩衝装置』として認めてあげますわ。お姉様をしっかり守りなさい。もし彼女の知能指数が本当にボーダーライン以下まで落ちたら、私、弁護士軍団を連れて戻ってきますから」
スクールバスに乗り込む蛍の小さな背中を見送り、悠人は思わず笑った。 「CC、君の従妹、実はここが結構気に入ったんじゃないかな?」
「……恐らく、そうなんでしょうね」CCはキャップを深く被り、校舎へと背を向けた。「でも、もし次に来ることがあれば、その時は必ず佐々木咲良を体育館に閉じ込めておいてちょうだい」




