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100%の集中モード  作者: WE/9
変数の出現

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27/59

27.何かを捨てなければならない

「提出締め切りまで:23時間42分。」


CCは旧実験室の中央にある巨大なチーク材のテーブルに座っていた。キャップのつばを深く下げ、顔の大半を隠している。その瞳だけが、タブレットの画面から放たれる光を反射し、寒星のように鋭く瞬いていた。細い指がキーボードの上を猛スピードで叩き、画面には滝のような速さで校内の電力分布図が流れていく。


「全校42の部活動、18の運動施設。御堂零司の『実績向上計画』によって、すべての設備の稼働効率は強制的に120%まで引き上げられているわ。」CCの声には抑揚がないが、そこには拭いきれない緊迫感が漂っていた。 「あの狂信者は効率のみを追求し、回路の疲弊を無視している。悠人、さっきのデータを出して。」


「これだろ!」 悠人は対面に座り、行政棟の廊下で回収してきたばかりの計測デバイスを差し出した。 「さっき備品室の横を通った時、壁の温度が明らかに平均値より高かったんだ。CC、君はあそこで何かが起きると疑ってるのか?」


「疑いじゃないわ。必然よ。」 CCは冷ややかに言い放ち、顔を上げて悠人を見据えた。 「エントロピー増大の法則に従えば、過剰な秩序は必ず構造的な崩壊を招く。今日の全校集会で、生徒会がプレゼンのためにホログラム投影と音響をフル稼働させれば、電力負荷は限界点クリティカル・ポイントに達するわ。私たちが介入しなければ、この集会は電気火災の現場へと変わる。」


「火災?!」 傍らでコーヒーミルの手入れをしていた佐々木咲良が悲鳴を上げた。「それってみんな危ないじゃない! 今すぐ学校に知らせるべきだよ!」


「無駄だよ、咲良。」 隅でピンセットを使いカメラのシャッターを調整していた小野寺拓海が、髪をかき上げながら気だるげに口を開いた。 「御堂の野郎にとって、CCの予測なんて『未発生の仮説』に過ぎない。証拠がなけりゃ、秩序を乱す嫌がらせだとしか思われないさ。だろ、社長?」


「正解よ。」 CCは画面を消し、膝の上で両手を組んだ。 「御堂零司は、既に発生したデータしか信じない。だから、私たちは停電を阻止するのではなく、電力が崩壊するその0.1秒の隙間に、校内の秩序を『ジャック』するの。」


「これこそが、我が『奇跡観測部』の最初の重大な貢献よ。」 CCは立ち上がった。黒い長髪がその動きに合わせて微かに揺れる。彼女は挑戦的な視線を悠人に向けた。 「悠人、これには集会場での最も危険な『手動介入』が必要になるわ。もしあなたが0.5秒遅れれば、配電盤と一緒に消し炭になる。シミュレーションじゃないわ。……行ける?」


悠人はCCの深い黒瞳を見つめ、かつてない圧力を感じた。しかし、彼の口角は無意識にわずかな弧を描いていた。 「君が計算し尽くした『奇跡』なんだろ。なら、僕に断る選択肢なんてあるわけないじゃないか。」


「いいわ。距離基準線一メートル。……最終シミュレーションを開始する。」 CCはキャップを深く被り直した。声は冷たいままだが、この狭くも志の高い実験室には、反撃の火種が静かに灯っていた。


大講堂内の空気は、窒息しそうなほど重苦しかった。 御堂零司の演説は、予定時間をすでに15分も超過していた。本来なら各部活の成果を示す場であるはずの「部活動合同発表会」は、今や彼個人の効率主義を宣揚する説教の場と化していた。


「時間は有限のリソースだ。凡庸な部活動はその価値を食いつぶすに過ぎない。」 スポットライトの下、御堂は冷淡な語気で告げる。 「よって生徒会は、後半の『実質的なデータ産出』を伴わないすべての発表を中止することに決定した。これこそが、全校生徒の時間に対する最大の尊重である。」


舞台に上がるはずだった生徒たちは顔を歪めるが、御堂の威圧感の前で声を上げる者は誰もいなかった。


「……五、四、三……」 葉山悠人のイヤホンに、CCのカウントダウンが正確に響いた。彼女は今、講堂最後方のコントロールタワーに立ち、キャップを深く被ったまま、メインパネルの裏側に指を滑らせている。


「舞台を譲る気がないのなら、物理層レイヤーから直接『ジャック』してあげる。……悠人、やって。」


「了解!」 悠人は配電室の予備回路ブレーカーを一気に引き下げた。次の瞬間、大講堂のスピーカーが低い呻き声を上げ、御堂零司の手元のマイクが沈黙した。


「どうした?」御堂は顔を伏せ、機材を確認しようとする。


「小野寺、信号切り替え!」 二階席の小野寺拓海がエンターキーを叩いた。口角にはオタク特有の自信に満ちた笑みが浮かぶ。「会長さん、データは嘘をつかないが、遮断することはできるぜ。……さあ、俺たちの発表時間だ。」


「ドンッ!」 凄まじい音と共に、舞台上部を覆っていた暗幕が、佐々木咲良のリモコン操作によって強制的に引き開けられた。真っ暗だった巨大スクリーンが点灯し、そこに映し出されたのは生徒会の円グラフではなく、「奇跡観測部」という力強い五文字だった。


「皆さん!」 悠人の声が、携帯用メガホンを通じて会場中に響き渡った。彼は舞台の端へと大股で歩み寄り、驚愕する御堂零司の正面に立った。 「データだけが校内のすべてじゃない! もし『可能性』まで抹殺されるなら、この学校はただの壊れた機械だ!」


スクリーンが明滅し、小野寺が捉えた「奇跡の瞬間」が流れ始めた。旧実験室で汗を流して荷物を運ぶ仲間たち、隅で忘れられながらも回り続ける歯車、そして大磯浜の夜空に瞬く群星。


「これは僕たちの最初の発表です。会長、演説が大幅に時間を過ぎていたので、主導権はこちらで奪わせてもらいました。」


CCもマイクを手に舞台裏から姿を現し、悠人の隣に並んで演壇に立った。 「これが私たちの発表よ。」 悠人が後方の輝かしい星空の映像を指差した。 「あなたにとって冗長で、取るに足らないとされる『奇蹟』の観測。御堂会長、あなたの演説時間は……すでに終了しました。」


全校生徒の沈黙はささやきへと変わり、やがてパラパラとした拍手が起こり、最終的には地響きのような歓声へと変わった。高圧的な統治による閉塞感が、この「非合法」な発表によって鮮やかに引き裂かれた。


CCは講堂の影から、舞台の上で輝いている葉山悠人を見つめた。彼女はキャップのつばを軽く押し下げ、論理では説明できない目元の微笑みを隠した。


歓声の中で発表映像が終わり、講堂の照明が戻った。御堂零司は無表情で舞台中央に立ち、コントロールタワーから降りてきたCCを射抜くような目で見つめていた。 「……演説の超過はこちらのミスだ。次の部活動発表へ移る。」 今の情勢が自分に不利であることを察し、データ至上主義の彼でさえ、ここは非を認めるしかなかった。


全校集会終了後、生徒会室。 息が詰まるほどの低気圧が漂う中、CCがドアを押し開けた。後ろには、ずっしりと重い書面報告書を抱えた悠人が続いている。


「これが『奇跡観測部』の実質的な貢献報告書よ。」 CCの合図で、悠人は御堂の汚れなきデスクの上に報告書を置いた。 御堂はそれを見向きもせず、恐ろしく冷徹な声で言った。「葉山君、君は外へ。これからの話は君には無関係だ。」


悠人が反論しようとしたが、CCは軽く頷いて彼を下がらせた。室内が二人きりになると、CCは静かに口を開いた。


「御堂会長。その報告書の14ページに、あなたが最も興味を持つデータがあるわ。」 彼女の細い指が表紙を指した。 「今日の集会場における電力システムの『瀕死の記録』よ。あなたの演説が超過した12分目、配電盤の導線温度は210度に達していた。もし物理的な干渉(停電)を行わなければ、今頃全校生徒が処理していたのは部活動の申請書ではなく、火災後の遺体確認だったわ。」


御堂零司の指が微かに震えた。彼は報告書を開き、秒単位で記録された熱線グラフと電流分流データを見つめた。顔色が蒼白になり、そしてまた鋼のような冷酷さへと戻った。


「……発表時間を強奪したのは、分流冷却のための時間稼ぎだったというのか?」 御堂は鼻で笑い、報告書をデスクに放り投げた。 「火災を防いだところで、君たちの部活動に『長期的な産出価値』がない事実に変わりはない。この報告書を不合格にすることなど、いつでもできる。」


「ええ、できるわね。」 CCは顔を上げ、深い黒瞳で御堂を直視した。 「けれど手続き上、私は『奇跡観測部』が校内の崩壊点を予測し、修正する能力があることを証明した。もしあなたが今この報告書を否定すれば、明日には全校生徒が知ることになるわ。生徒会長の『効率主義』が講堂を焼き払いかけたこと。そして……私たちが登壇した時の歓声が、あなたに向けられた密かなブーイングと正比例していたこともね。」


御堂零司は長い沈黙に陥った。室内には時計の秒針の音だけが響く。やがて、彼は万年筆を取り、申請書の上に力強く署名した。


「部活動の合法化を承認する。あの旧実験室は、当面の間、君たちのものだ。」


CCは書類を受け取り、背を向けた。ドアを開けようとした瞬間、背後から御堂の声が届いた。そこには、彼が今まで決して見せなかった当惑の色が混じっていた。


「氷室。」御堂は立ち上がり、彼女の背中を凝視した。 「君らしくないな。僕の目には、君は絶対的な論理を追求するために、凡庸な者が脱落するのを平然と見過ごせる人間だと思っていた。だが……去年の終わり頃から、君は変わった。教えてくれ。いつから、生徒会と対立する道を選んだ? 君の今までの計算結果とは、全く整合性が取れないはずだ。」


CCは足を止め、ドアノブを握る手にわずかに力がこもった。彼女は振り返らなかったが、キャップの下で口角が極めてかすかに上がっていた。


「零司、あなたの言う通りよ。データ上、あなたに抗うのは最も非効率な選択だわ。」 声は冷たいが、そこには覚醒した者の強さがあった。 「けれど、計算外の出来事をいくつも経験するうちに……このデータの外側にこそ、体験すべき価値があると感じるようになったの。……あなたの『変化』も、期待しているわよ。零司。」


ドアが閉まり、御堂零司は薄暗いオフィスに一人残された。


旧実験室の入り口に、悠人によって「奇跡観測部」の看板が厳かに掲げられた。外の風はまだ冷たいが、青藤高校の片隅で、この五文字は、微かながらも決して消えることのない光を放ち始めていた。


残照が沈み、旧実験室に明かりが灯る。少年たちの影が、積もった歴史の塵の上に投影された。未来は依然として変数に満ちているが、彼らの観測計画は、今この瞬間、本当の意味で幕を開けたのだ。

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