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25/68

25.FADEWAY

青藤高校、体育館


ただの「部活動の拠点争い」だったはずの練習試合は、CCの参戦と御堂零司による裏での煽りによって、全校生徒が注視する一大イベントへと変貌していた。観客席は立錐の余地もなく、咲良が連れてきた「女子グループ」がピンクの応援スティックを手に、凄まじい歓声を上げている。


コートの中央、CCは体にフィットした紺色のスポーツウェアを纏っていた。白皙の太腿が眩しいほどに輝いている。彼女はベンチに座り、落ち着いた様子でサポーターを装着すると、バッグからあの**「赤いヘッドバンド」**を取り出した。


悠人が歩み寄り、自然な動作でそれを受け取ると、彼女の背後に立って丁寧に結びあげた。 「準備はいいか?」 「コンディションは最高。心拍数も安定しているわ。」 CCは額に感じるバンドの締め付けを確かめ、その瞳をかつてなく鋭く研ぎ澄ませた。 「小野寺、フォーカスは絞り込めた?」 「バッチリだ。」 小野寺はぶかぶかのユニフォーム姿で手首を回しながら、鷹のような目で対戦相手であるバスケ部二軍をロックオンしていた。「あいつらのドリブルの周期、俺の目には今、スライドショーみたいに見えてるぜ。」


「ピィーーッ!」 健太が審判服に身を包み、厳粛な笛を鳴らした。彼は親友としての心配と、アスリートとしての敬意が混ざった複雑な視線を悠人に送る。 「両チーム整列! ルールは3on3、11点先取で勝利とする!」


バスケ部二軍の三人は体格が良く、身体能力は悠人たちを遥かに凌駕している。副主将はコートサイドで嘲笑を浮かべた。 「氷室さん、後悔するなら今だぞ。俺の専属アシスタントになったら『特別可愛がって』やるからな。コートで泣き面を見せるなよ。」 CCは一瞥もくれず、スリーポイントラインの頂点に立った。赤いヘッドバンドの下の瞳が、僅かに細められる。


第一ラウンド、バスケ部の攻撃。 相手のガードがパワーで強行突破を図る。しかし、彼がドリブルで一歩踏み出した瞬間、CCの声が響いた。 「悠人、右を塞いで!」 悠人はあらかじめ座標を知っていたかのように、相手の進路を先回りして阻んだ。焦った相手がパスに切り替えるが、そこには小野寺が幽霊のように立ちはだかっていた。まるでパスが来る時間を予知していたかのような、完璧なポジショニング。


「パシッ!」 ボールは小野寺の手によって鮮やかにカットされた。 「なっ、何だと?!」副主将が立ち上がる。 「観測完了。」 CCがフロントコートへ駆け出す。赤いヘッドバンドが風に舞う。 「逆方向連動戦術カウンター・ランを開始するわ。」


悠人がボールを受け、ダブルチームを仕掛けられるが、彼は強行突破せず、CCが指し示した「空白の地点」――誰もいないコーナーへボールを放り出した。そこへ防衛を振り切ったCCが猛スピードで滑り込む。


「パシッ!」 キャッチした瞬間、CCは目の前の空間と、今さら追いつこうとするディフェンダーを冷徹に見定め、ボールを放った。 「シュッ!」 ボールはリングを一切叩かずに吸い込まれた。1対0。 体育館は一瞬の静寂に包まれ、直後に咲良たちの絶叫に近い歓声が爆発した。観客席の隅、闇に紛れていた御堂零司がタブレットのデータを見つめ、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「怯むな! 当たれ! 体をぶつけて吹き飛ばせ!」 副主將の怒号が響き、コートの圧力が変わった。バスケ部員たちは身長と筋肉を武器に、悠人とCCへ激しいボディコンタクトを仕掛けてきた。これは優雅なシュートゲームではない。肉と肉がぶつかり合う消耗戦だ。


「悠人、プランBに移行。」 二人は高頻度のクロスオーバーを開始した。CCがボールを持つと、極めて短いドリブルと精密なパスで、針の穴を通すように相手の守備網を切り裂く。包囲されれば、悠人が即座にポイントガード(PG)として機能する。


健太の特訓で培われた悠人のバランス感覚は、強烈なチャージを受けてもボールを失わない。彼は味方を見ずとも、足音だけでCCの座標を感知していた。 「拓海、ベースライン!」 悠人のビハインド・ザ・バックパスが、空いたスペースに走り込んだ小野寺を捉える。普段は怠惰な小野寺だが、この瞬間、彼の「シャッターチャンスを逃さない」直覚が極限まで発揮された。ディフェンスの重心がわずか0.1秒ズレた隙を突き、レイアップを決める。


しかし、体育会系の意地は甘くない。CCをマークしていた部員が、意図的に体重を乗せた強引な体当たりを仕掛けてきた。 「ドンッ!」 CCの肩が激しく衝突し、彼女はバランスを崩す。完全に空いたゴール下で、相手部員は挑発的なワンハンドダンクを叩き込んだ。 「くっ……」 CCは床に激しく叩きつけられ、手のひらを擦りむいた。赤いヘッドバンドが少し歪む。


「CC!」悠人が真っ先に駆け寄り、彼女を支え起こした。その瞳から穏やかさが消えた。 次のポゼッション。小野寺からのパスを受けた悠人は、CCの指示を待たず、独力でスリーポイントラインの45度付近まで運んだ。そして、マークを真っ向から受けながらシュートを放つ。 天文部が「戦術」を捨てたのかと全校生徒が疑った瞬間、ボールはネットを揺らした。悠人は挑発的な視線をコートサイドの御堂へ向けた。


試合は白熱し、天文部の体力は限界に近づいていた。悠人のシュート精度が落ち、CCの高速思考も疲労に阻まれ、小野寺は足が止まりかけている。バスケ部のジャンプシュートが決まり、スコアは6対8。 天文部は二点のリードを許した。


「終わりだ、お前たちのデータ神話もここまでだ!」 副主將が叫ぶ。 CCの額のヘッドバンドは汗で色を変え、整っていた黒髪は乱れていた。彼女と悠人は視線を交わした。その瞬間、二人はあの大磯浜の、互いの呼吸を頼りにしなければならなかった嵐の夜へと立ち返った。


悠人がボールを運ぶ。巨体二人が鉄壁のように彼を囲む。CCも右サイドで封じ込められた。パスコースすら消えた極限の状態。


(CCの内心独白) ――予測不能な引力グラビティを作り出す。 「悠人! 遠日点アフェリオン戦術!」


CCが突然、死に物狂いのダッシュで底線ベースラインへ走り込んだ。その動きに釣られ、相手のディフェンダー二人が一瞬だけ彼女を追った。守備網に0.5秒の亀裂が走る。 「受け取れ!」 悠人は包囲網の隙間から、地を這うようなバウンドパスをCCへ送る。しかしCCはシュートを打たない。予測していたかのように、迫りくるディフェンダーを背負いながらビハインド・ザ・バックでボールを戻した。


パスが向かった先は、スリーポイントラインからさらに二メートル以上離れた「超遠距離」の悠人の手元。 相手ディフェンダーは、そこから打つはずがないと判断し、詰め寄るのを一瞬遅らせた。 「あんな場所から……正気か?!」御堂が立ち上がった。


悠人はそこに立ち、赤い基準線越しに、CCが教えてくれた全ての放物線公式を思い描いた。ジャンプ、滞空、リリース。その動作は流麗な芸術のようだった。 「シュッ!」 ボールは極めて高い弧線を描き、静寂を切り裂いてリングの中へ。10対10。 全校が沸き立った。咲良のグループですら叫ぶのを忘れ、ただ呆然とその光景を見つめていた。


ラストプレイ。 CCと小野寺が決死のディフェンスで相手のミスを誘い、悠人が運命のボールを奪い取った。 彼はミドルレンジへ切り込む。相手のセンターが体当たりで悠人を押し潰そうとする。悠人はパスを選ばなかった。ディフェンダーを背負い、相手の重心を肩で感じ取る。――CCに教わった通り、「抵抗」の方向を読み取る。


左へフェイク。相手の押し返す力を利用し、一瞬で右にターン。そのまま後方へ高く跳んだ。 究極のフェイダウェイ・ジャンプシュート。 ディフェンダーの指先と、わずか10センチの空間。時間が止まったかのようだった。悠人の目には、リングと、観客席で輝くあの赤いヘッドバンドしか映っていない。


「さよなら、僕たちの部室。」


指先を離れたボールは、完璧なバックスピンを伴い、最後の奇跡を描いた。 「ザシュッ!」 11対10。


試合終了のホイッスル。体育館を支配した死のような静寂の後、屋根を吹き飛ばさんばかりの歓声が爆発した! 小野寺は床に大の字になり、天井に向けて勝利の「Vサイン」を掲げた。 「おい、小デブ。今のカット、すごかったぜ。どうだ、御堂の代わりにうちのデータ分析官にならないか?」 健太が小野寺を引き起こしながら、勧誘を始めていた。


だが、二人の主役は、ひっそりと人混みから抜け出していた。 体育館の窓から差し込む夕陽が、二人の影を長く伸ばす。悠人とCCは肩を並べ、ゆっくりとベンチへと歩いた。ウェアは汗で張り付き、呼吸はまだ激しいままだ。


悠人は自動販売機へ行き、小銭を投じた。重い金属音が二回響き、彼は冷えた炭酸水のボトルを二本持って戻ってきた。 「ほら、MVP。」 悠人は笑って、CCの頬にボトルを押し当てた。その冷たさに、彼女の体が小さく跳ねる。 CCはベンチに腰を下ろし、湿った赤いヘッドバンドを解いた。白かった頬は運動による紅潮で染まり、手のひらの擦り傷が夕陽に照らされている。 悠人は彼女の隣に座った。距離は相変わらず「一メートル」……いや、疲れのせいか、二人の防衛線はわずかに縮まっていた。


「はぁ……。」悠人は炭酸水を一口飲み、喉に弾ける泡を感じた。「CC、何か……この感じ、前の体育の授業の後と似てないか?」


ボトルのキャップを開けようとしたCCの手が止まった。彼女は手の中の赤い布を見つめ、そして隣にいる、大磯浜とこのコートで自分を守り抜いた少年を見つめた。 「……そうね。あれも、夏のことだったわ。」 CCが静かに口を開く。その声は少し掠れていた。 「同じ炭酸水、同じ体力の消耗。……唯一の違いは、今回の相手が前回より300%強く、あなたのデータパフォーマンスも、あの時より500%向上していることね。」


「変わったのは、データだけかな?」 悠人が顔を向け、真っ直ぐに彼女を見た。何か答えを期待するように。 CCは視線を逸らし、自分の掌を見つめた。 「それと……」 彼女の声は、隣の悠人にしか聞こえないほど小さかった。 「あの時は、あなたはただ私を『見ていただけ』だったわ。」 「でも今は……言葉を交わさなくても、あなたの心が繋がっているのを感じた。あのスリーポイントのように、私たちは完璧に同期していた。」


「言っただろ。君の魔術のようなパスは、僕が必ず受け止めるって。」 悠人は手を伸ばし、指先を空中で一瞬迷わせた後、彼女の手の傷をそっと指し示した。 「引っ越しの前に、保健室へ行こう。君の手が動かないと、新しい拠点のデータは誰が計算するんだ?」


「それはあなたの仕事よ。数学の復習を兼ねてね。」 CCは立ち上がった。疲労困憊のはずだが、その背筋は折れない基準線のように真っ直ぐに伸びていた。 彼女は赤いヘッドバンドをポケットに仕舞い、片付けを始めた小野寺と咲良に目を向けると、この試合で初めての、計算ではない心からの微笑みを悠人に向けた。


「行きましょう。私たちの、『新しい教室』へ。」

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