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100%の集中モード  作者: WE/9
変数の出現

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19/59

19.強襲の悪意

古い家の居間では、夕陽が千切れた雲の隙間から差し込み、畳の上にオレンジ色の残光を投げかけていた。四人はその錆びついたクッキー缶を囲み、息を呑んで見守っていた。


「ギィ……ィィ……」


乾いた金属の摩擦音とともに、悠人が錆びた蓋を力任せにこじ開けた。十年間封じ込められていた、古い機械油と乾燥した空気が混ざり合った匂いが広がった。


缶の中には、予想していた大量のネガではなく、極めて不釣り合いな二つの物が入っていた。 「これ、何?」咲良が身を乗り出し、缶の底を覗き込んだ。


悠人はその中から、手のひらほどの大きさの、奇妙な形をした銅製のハンドルを取り出した。一方の端には精巧な彫刻が施されたノブがあり、もう一方の端は複雑な歯車状のゼンマイ差し込み口になっている。わずかに緑青ろくしょうが吹いているが、構造自体は極めて堅牢だ。


そしてハンドルの下に押し込まれていたのは、丁寧に折り畳まれた、端の黄ばんだ地図だった。 「ゼンマイのハンドルと……町の手書き地図?」小野寺が眼鏡を押し上げ、眉をひそめた。「悠人、これが本当にお父さんの遺した『奇蹟』なのか?」


「分からない……」 悠人の指先がその銅製のパーツをなぞる。瞳には困惑が満ちていた。「何かの古い機械の起動キーみたいだけど、実家でこんなの見たことないぞ。」


隣に座るCCの瞳が、その瞬間、極めて深い光を宿した。彼女はすぐには口を開かず、その地図を手に取ると、夕陽の光の下に広げた。地図は驚くほど精緻に描かれ、大磯浜の路地裏まで正確に記されていた。だが、町のはずれ、海に突き出した岩場の一角にだけ、赤いマジックで目立つ円が描かれていた。


「そこは、旧灯台だ。」悠人がその円を見て、低く呟いた。


「ただの地図じゃないわ。」CCは地図の端に記された、文字化けのような小さな数字の羅列を指差した。「これは物理座標とタイムスタンプの組み合わせ。この数字が表しているのは、『光の屈折角』よ。」


CCの眉が微かに動く。彼女が高頻度演算モードに入った兆候だ。彼女は手の中のハンドルを見つめ、冷淡だが確信に満ちた口調で言った。「これは普通のハンドルじゃない。歯車の噛み合わせの角度から推測するに、これは8ミリ手回し映写機の起動クランクよ。それも、特注品ね。」


「映写機?」咲良が驚きの声を上げる。


「もしこの地図が本物なら、悠人のお父様は私たちに奇蹟を『掘り起こさせたい』わけじゃない。」 CCは立ち上がった。オレンジ色の光の中で黒い長髪が揺れる。 「お父様は、特定の時間、特定の場所で、特定の道具を使わなければ開かない『映像のカプセル』を設計したのよ。そしてこのハンドルが、すべてを起動させる唯一のデータロック(鍵)だわ。」


悠人は手の中のハンドルを見つめた。この謎解きはまだ始まったばかりなのだと、彼は直感した。そしてCCは、この錆びついた遺物の中から、すでに尋常ならざる気配を感じ取っているようだった。


地図の端に記された「光の屈折角」に関する数値を検証するため、CCは夕食前に一人で葉山家を出た。彼女の推算によれば、大磯浜の旧灯台のレンズ設計は極めて特殊であり、旧商店街のいくつかの建物の影の長さを比較しなければ、父親が隠した「保管箱」の具体的な次元を特定できないからだ。


町の黄昏は瞬く間に過ぎ去り、代わって粘り気のある重苦しい闇が訪れた。 CCは旧商店街の路地裏を縫うように歩いていた。かつては町で最も賑わった場所だが、今は両側の店舗がすべて錆びついたシャッターを下ろしている。空気には湿った海風と、廃屋特有の苦い匂いが漂っていた。


「データ収集進度:85%。」 彼女は下を向いてスマートフォンのインターフェースを操作していた。黒いキャップのつばが視界を遮っていたが、古い街灯が一つだけ灯る行き止まりに差し掛かった瞬間、強烈な違和感が彼女の背筋に冷たい戦慄を走らせた。


静かすぎる。 自分の足音以外に、背後から微かに二、三人の乱れた摩擦音が聞こえる。CCの瞳が冷たく凍りついた。彼女は振り返らず、歩を速めた。脳内で脱出ルートを計算し始める。『左折200メートルで幹線道路。人口密度から推測して、通行人に遭遇する確率は……』


しかし、路地の出口へ差し掛かろうとしたその時、鋭い白光が正面から炸裂した。 改造バイクの高輝度ハイビームだ。狭い路地裏で視界を奪われ、CCは目眩を覚えた。彼女は反射的に腕を上げて目を覆った。耳を裂くようなエンジンの轟音が止むと、闇の中から三つの人影が歩み寄ってきた。


それは、だぼだぼのパーカーを着て、濁った瞳をした地元の不良たちだった。プロの犯罪者ではない。だがそれゆえに、目的のない悪意と軽薄な笑い声が、死に絶えた通りでより一層不快に響いた。


「へぇ、誰かと思えば。東京から来たお嬢ちゃんか?」リーダー格の男がガムを噛みながらバタフライナイフを弄んでいる。刃が残光の中で冷たく光った。「その格好、この町の埃っぽさには似合わないなぁ。」


CCは自らを強制的に冷静にさせた。論理的な防壁を再起動しようと試みる。 「道路交通管理法に基づき、あなたたちの行為は他人の行動の自由を制限するものであり、かつ――」 「こいつ何言ってんだ? 法律の授業かよ?」もう一人の痩せた男が耳障りな嘲笑を上げ、一歩踏み出すと、乱暴な手つきでCCの黒いキャップを払い落とした。


その瞬間、滝のように長い黒髪がこぼれ落ち、CCの瞳孔が激しく収縮した。 「いい顔してんじゃねえか。」男の指が髪を伝って彼女の頬へと滑る。煙草臭い吐息が鼻先まで迫った。「いい匂いだ。久しぶりだぜ、若い女の匂いなんて。お前のその理屈はここでは通用しねえ。大磯浜じゃ、俺たちがロジックなんだよ。」


CCの手のひらに冷や汗が滲んだ。無数の反撃プランを計算したが、導き出される結論は常に一つだった。『物理的強度の差が大きすぎる。勝算は0%』。 一人が彼女の手首を掴み、より暗い陰へと引きずり込もうとした時、CCは心臓が凍りつくのを感じた。普段、すべてを見透かすと自負していたその瞳は、今、自らの崩壊していく運命しか捉えられなかった。華奢な体は寒風の中で激しく震え、助けを呼ぶ声さえ出せなかった。


闇の中で、悪意が粘り気のある液体のように広がっていく。 「肌が白すぎるぜ。太陽に当たったことないのか?」 リーダー格の男がニヤつきながら、CCのダウンコートの裾を乱暴に掴んで上に捲り上げた。冷たい海風が一瞬にして入り込み、CCの華奢で無防備な腰が冷気にさらされた。大理石のように蒼白な肌の上に、恐怖で粟立つ鳥肌がはっきりと見て取れた。


コートが捲り上げられた拍子に、ポケットに入っていた財布が落ちた。 「ほお、私立青藤高校……氷室 凜。」 男の一人が財布から学生証を抜き取った。 「東京の私立かよ。家は金持ちに違いねえ。先にこいつで遊んでから、親を脅すのも悪くないな。」 リーダーの男が卑猥な口調で凜を凝視しながら言い放った。


もう一人が近づき、吐き気を催すような視線で彼女の全身をなめ回すように眺め、鋭い指笛を鳴らした。「へぇ、胸のラインまで『精緻』にできてやがる。まるで出来のいい人形だぜ。」


CCの両手は壁に押さえつけられ、爪が掌に深く食い込んでいた。彼女はうつむき、長い髪が砕け散った視界を覆っていた。脳内では狂ったように演算を続け、逃げ出すための方程式を探していたが、得られる結論は回を追うごとに絶望的なものになった。相手の粗野な指が腰の皮膚に触れた瞬間、CCは固く目を閉じた。一筋の涙が、ついに頬を伝ってこぼれ落ちた。


――これが、「無力」という感覚。


「服をひん剥いちまえ!」


悪意が制御不能になろうとしたその刹那、路地の反対側で、第二の光が炸裂した。 バイクの揺れる黄色い光ではない。安定的で威厳に満ち、赤と青が交互に明滅する強い光。狭い壁の間を突き抜けるようなパトカーのサイレンの音が、その汚らわしい犯罪を一瞬で粉砕した。


「警察だ! 全員伏せろ! 手を上げろ!」 老警官の威厳ある怒号が路地に響き渡り、それに続いて、急ぎ足だが確かな足音が近づいてきた。


「凜!」


その声は、停止しかけていたCCの意識の中に巨大なうねりを引き起こした。 悠人はあの濃紺のウールコートを羽織り、顔色は恐ろしいほど蒼白だったが、その瞳には人を焼き尽くさんばかりの怒りが燃えていた。彼は警察が不良たちを完全に取り押さえるのも待たず、人混みをかき分けて突進してきた。


衣服を乱され、壁際で震えながらうずくまるCCの姿を見た瞬間、悠人の心臓は重槌で殴られたような衝撃を受けた。彼は素早くコートを脱ぎ捨てた。その動作にはいつもの優雅さも余裕もなく、ただ狂おしいほどの焦燥に駆られ、CCを固く、包み込むように抱き寄せた。


「ごめん……ごめん、遅くなって。」悠人の声は掠れ、安堵と恐怖で両手は激しく震えていた。


その瞬間、普段は絶対的な理性を求め、一センチの距離さえも計算するCCが、人生で最も論理的ではない行動を取った。 彼女は迷うことなく、分析もせず、悠人の胸の中に飛び込んだ。華奢な指で彼のセーターを死に物狂いで掴み、力いっぱい、まるで自分を彼の体に埋め込もうとするかのように。彼女は悠人の胸に顔を深く埋め、か細く、途切れ途切れの嗚咽を漏らした。


「悠人……悠人……」


彼女を支え続けていた氷の論理の壁が、悠人の広く温かな抱擁の中で、跡形もなく崩れ去り、粉々になった。


悠人は彼女を抱きしめ、砕けそうなほど震えるその体を感じながら、瞳は次第に冷徹で深い光を帯びていった。彼は優しく彼女の背中を叩き、その耳元で、小さく、けれどこの上なく力強い声で囁いた。


「もう大丈夫だ。僕がここにいる。北極星は消えたりしない。」


遠くでパトカーの赤と青の光が明滅する中、CCは初めて気づいた。 この「誤差」に満ちた世界で、この人の体温だけが、計算などしなくても確かめられる唯一の真実なのだと。

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