1.朝の光の中の精密さ
朝。それは、一日のうちで唯一、完全に私だけのものとなる時間。
突発的な事態も、予想外の出来事もない。あるのは、私と、私が定めた**絶対の秩序**だけ。
浴室に響く、規則正しいリズム。
蛇口から流れ落ちる水音が、クリアに聞こえてくる。
少女は冷水をそっと両手に掬い上げ、顔に打ち付けた。氷のような水滴が、彼女の**精巧な線を描く顎**を伝って滑り落ちる。顔を上げ、鏡に映る、化粧気のない、その清澄な瞳と向き合う。
「私の名前は、氷室 凜。コードネームは『CC』。他人から見れば、永遠にクールで、ノートは完璧、ミスなんて絶対に犯さない優等生。
精密機械だって? 違う。私は、単純に『**混沌**』が心底嫌いなだけ。」
凜はタオルを手に取り、顔の水分を優しく、しかし規律正しく押し当てる。
「この世界は、制御不能な要素で溢れすぎている。天気は変わり、試験問題は変わり、人の心なんて、予測不可能な変数の塊だ。だから、私は**掌握できるすべて**を支配しなきゃいけない。そして……」
凜はクローゼットを開く。制服は前夜のうちに完璧にアイロンがけされ、定位置に掛かっている。
彼女は校服を身に纏い、ボタンを一番下から一つずつ、丁寧に留めていく。それは、襟元の一番上の一粒まで。
「そして、私がこの世界に見せる**外面**もだ。」
スカートを穿き、ファスナーを上げ、裾のシワを伸ばす。続いてベッドサイドに腰掛け、黒いハイソックスを引き上げた。その高さは、**寸分違わず**膝下の位置で固定される。
「こんな生活、息苦しいと誰かは言う。だが、私にとっては**何よりも安心できるシェルター**だ。」
「完璧な準備さえすれば、傷つくことはない。誰かの迷惑になることもない。それが、私の**絶対の生存戦略**。」
立ち上がり、全身鏡の前で最終チェック。制服は塵一つなく、ネクタイは端正に決まっている。
最後に、彼女の視線はデスクの上へと吸い寄せられる——そこには、一丁の黒い野球帽。
今日という、少しばかり騒がしい世界を迎える**準備**は整った。
両手で帽子を掴み、そっと頭に被る。ツバをわずかに押し下げて、朝の柔らかな光を遮ることで、その眼差しは一瞬にして**研ぎ澄まされ、鋭利**なものへと変わった。
「**完了**。」
軽く玄関の扉を押し開け、凜は軽快な足取りで歩道を進む。ディープブルーの手帳を取り出し、今日のスケジュールを一瞥、そして満足げに閉じた。
その時、前方の交差点に見慣れた、優しい笑顔を浮かべた人影が現れた。藤原 咲良だ。
「CC!おっはよー!」咲良は手を振り、快活な声で呼びかけた。
凜は足を止め、礼儀正しく頷き返す。「おはよう、咲良。いつもより五分早く家を出たようね。」
咲良はにこにこと笑いながら近づき、凜と並んで歩き始めた。「だって、今日はすごく天気がいいから、早めに出て散歩しようと思って。まさか凜に会えるなんて、これって**運命**じゃない?」
「うーん……私たちの家の距離と、それぞれの歩行速度を考慮すると、この交差点で遭遇する確率は決して低くはないわ。でも、あなたに会えたことで、今日は良いスタートが切れそうな**予感**はある。」
咲良は思わず吹き出した。「もう、凜ってば。『運命』まで分析しようとするんだから。」
彼女は凜に顔を近づけて見る。「でも、帽子も結び目も完璧に決まってるね。今日の凜は**絶好調**みたい?」
凜は無意識に帽子のツバに触れ、少しだけ口調を緩めた。「これはただの基本的な礼儀よ。それより咲良、その髪の編み方……新しく覚えたもの? とてもよく似合っている。」
咲良は驚いたように髪に触れる。「わあ! CCはやっぱりよく見てる! 昨日の夜、雑誌を見て練習してみたんだ。気分転換にね。」
彼女は優しく凜を見つめた。「凜はいつもそう。口では確率だの分析だの言ってるけど、本当は誰よりも周りの人のことを気にかけてるんだから。」
凜の頬が微かに朱に染まり、帽子のツバを押し下げた。「たまたま……目に入っただけよ。行きましょう。じゃないと、一限の予習の時間がなくなってしまうわ。」
咲良は笑いながら後に続いた。「はいはい、優等生様!」
二人は並んで、清々しい朝の光の中を歩いていく。
私の足取りは規則正しく、揺るがない。対して咲良は軽やかで気ままだ。私がすべてを掌握しようとしていると口では言っても、彼女はまだ知らない。今日、**葉山 悠人**という名の**『変数』**が、私の綿密に計画された世界に、そっとノックをすることになるなんて。




