第9話 お客様
フォリア・アンティークスへやって来るのは多種多様なお客様。
旅の記念にこの街らしいお土産を買いにくる観光客は、
「これ! ロドぴがアップしてたやつ!!」
「可愛い~~~!! 何色にする!?」
最近は流行りのSNSに投稿されバズっていたとユーリが話していた、千年前のガラスの指輪を前に若い女性が楽しそうに品定めをしていた。
(ロドピ……?)
それがインフルエンサーの名前ということをメルディはその日の晩に知るのだが、その場ではそんなこと少しも悟らせず接客に入る。なんせ千年前は彼女の得意分野だ。
「それ大人気なんですよ~! 千年前はお守り代わりに持ってる人が多かったので数はあるんですが、ここに置いてるのは状態もいいし、なんならもう一回付与魔法いけちゃいそうなくらいいいものですよ!」
「それ思ったー! うちの友達が買ってたやつこれよりぼろかったし!」
「これ持ってたら魔法使いに魔法かけてもらうのワンチャンあったりして~!」
そのままのテンションでしっかりお買い上げをいただき、メルディは得意顔だ。
「ずいぶんうまく言ったもんだなぁ。いやしかし、本人達の知らぬ間に大魔法使いの弟子お墨付きのグッズを買えるなんて……彼女らも幸運だ」
雇い主も満足そうに、在庫を取りに店の奥へと向かった。
次にやって来たのは、最近よくこの店にやって来る大学生。大きな眼鏡をかけ、いつも少しそわそわとショーケースの前でお目当ての品を見つめていた。
「ついに買えるんです!」
バイト代貯まりました! と、この日は勢いよく店に入って来た。
「わぁ~! おめでとうございます!」
それはユニコーンと美しい神話の女神が向き合ったシェル・カメオだった。月光貝で彫られたその小さな品物は、裏から光を当ててみると、まるで夜明け色のような青白い輝きによって図案を幻想的に浮かび上がらせる。
「メルディさんが毎回取り出して見せてくれるんですもん。その……特別な力で。いつ売り切れちゃうかヒヤヒヤしましたよ」
嬉しさを隠しきれず、その女子大生ははにかんだ笑みをこぼしていた。
実はメルディ。教えてもらったばかりのこのカメオの鑑定方法が気に入って、自分の指先に魔法で灯りをつけ、透かして層を確認していた。つまり、このお客の前でもやったのだ。この眼鏡の大学生が叫び声を上げる一歩手前だったのは言うまでもない。
「あはは! でもメルディ。お客さん以外には一切そんな接客はしなかったんだ」
「だって! このカメオ、絶対にメリナさんに買って欲しかったんですもん」
ダルクにバラされてメルディも少し照れるように笑った。イレーネは頬を染め恐縮するように肩をすくめ指先をいじっている。
「あ、よかったら……よかったらなんですけど! メルディさん、今度是非うちのカフェに遊びに来てください……! 休日はいつもいるのでご馳走します! いやでもあのホント、よかったらなんですけど……!」
「嬉しい! ありがとうございます!」
綺麗に包まれたカメオを手に幸せそうに店を出て行くイレーネを、ダルクとメルディは同じ顔をして見送った。
「それにしても、国際法ってやっぱり皆がビビっちゃうもんなんだなぁ」
そんな強力な力の下に自分がいるなんて、メルディはなんだか信じられない気分だった。少し前までは自分の身は自分で守れと言われて過ごしてきた。魔法使いをバイト先へ誘うのも恐々と、イレーネは押し付けにならないよう言葉を選ぶ必要性を感じているように彼女には見えたのだ。
「それでも誘ってくれたんだからよっぽどメルディと仲良くなりたいんだねぇ」
そのダルクの言葉に今度はメルディが嬉しそうにくねくねと体を揺らした。
重厚な木のカウンターの奥に真鍮製のレジスターが鎮座している。だが最近はめっきり出番が減ったのだとメルディはユーリとエリオに聞いていた。
『カード払いが多いんだよね』
『メルディは……作れんのかな?』
レジスターだけでもメルディには驚きだったが、それすらすでに過去のものになりつつある世界のスピードに目が回りそうだった。
「千年後の世界に追いつけるかな~」
「そんなこと言って~もうすでにうちの店の戦力だよメルディは!」
あっはっはとダルクが笑っているのは、メルディがレジスターの隣に置いてあるノートパソコンの前に違和感なく座っているからだ。
この街には『魔法アイテム』を求めて世界各国からマニアが訪れる。その街のアンティーク店などは必ず彼らが訪れるスポットとなっているのだが、近年ではメールでの問い合わせも多くなっていた。
「イガサキさんからまたメール来てますよ。十六世紀の星図と十五世紀前後の標本瓶探している人がいるらしいです」
「彼も忙しいなぁ」
骨董ディーラーからの問い合わせも多くある。
「いやぁしかし。メルディが来てくれて大助かりだよ! 千年前の魔法グッズは偽物も多くって僕でも見極めるのに苦労するし」
しかも偽物自体の歴史も長い。魔法が廃れれば廃れるほど、憧れを抱く人間は増えていった。
「一度でも魔力が通ってるとすぐにわかりますからね~」
見習い魔法使いからするとたいした見極め方法ではないのだが、それだけで少なくとも魔法グッズかどうかは判別できる。だからこそメルディは一瞬で鑑定できるのだ。
メルディのお昼休憩は母屋の食堂でいつも過ごしていた。そこで最近はパソコンのタイピングの練習をしている。アンティーク店の問い合わせメールの返信をするためには、一刻も早くタイピング能力を上げる必要があるのだ、という風に表向きはしているが……。
(このタイピングゲーム面白~~~い!)
と、夢中で画面に向かっていた。
「まーたそれやってんのか」
「好きだねぇ~」
「大魔法使いの一番弟子の趣味がタイピングゲームか」
「いいじゃん! 楽しいんだもん!」
ユーリとエリオもメルディの熱中ぶりに驚いていた。なんせ最近はいつ見てもパソコンの前にいるのだ。彼らの中で、メルディにスマートフォンとゲーム機を与えるのは様子を見てからにしよう、と話が進んでいることを彼女は知らない。
(私が一番弟子か……師匠が聞いたら大爆笑して家の二、三軒吹き飛ばしてるかも……)
メルディの方はそんな師匠を想像して苦笑いしていた。




